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プロマネの色眼鏡(7):4Gヒマラヤプロジェクト =その2=

加畑 長昭:4月号

 先々月号で、ヒマラヤトレッキングの様子と、“トレッキングの質を高める”ために出発前に取った方策について記した。我々にとっては未経験のプロジェクトとはいえ、水先案内人としてガイドをつけたから、プロジェクト達成のための条件はそろった。後はガイドによるアドバイス、指示を吸収して、自己の行動に如何に融合するか、転化出来るかということである。それが上手く行った時には“質の高いトレッキング”となるのであろうし、準備不足や体調不良でアドバイス、指示を十分に吸収できない場合は、単に行ってきただけ、最悪の場合は高山病などになりトレッキングは中断、プロジェクトは失敗となる。今回は未経験のプロジェクトとして目標に達することが出来た要因について、「終結のフェーズ」として少し検証する。

 一般的に山登りにおいての基本的要件として、「基礎体力」、「歩行法などの基礎技術」、「余裕を持ったスケジュール」、「対象とする山、メンバー、季節に応じた適切な装備」、「事前のコースに対する知識」と前回説明した。
 今回のトレッキングを上記要件に従い考えるならば、私は現在も毎年3000m級の山に登っているから、「基礎体力」、「歩行法などの基礎技術」はクリアしている。「余裕を持ったスケジュール」については、事前にガイド・シェルパとインターネットでのメールのやり取りで、ビスタリー(ネパール語でゆっくり)なスケジュールとすることができた。「対象とする山、メンバー、季節に応じた適切な装備」については、初冬の山を想定し主要な装備は整えた。更にツアーエージェントのトレッキング説明会での情報を生かし、携帯用ウエットティッシュー、マスク(土ぼこりが凄い)、粉末スポーツドリンクなどの補足的な備品もそろえた。医薬品については、幸いホームドクターが山好きでネパールでトレッキングを楽しんだ経験があるので、高山病対応、感染症の抗生物質など一式を用意できた。「事前のコースに対する知識」については前号で記載した通り、「旅の図書館」でできるだけの情報を集めた。その結果として、質の高いトレッキングの実現のため、更に未経験のリスクへの対応について、「トレッキング期間中の主な留意事項」として具体的には以下の5項目に絞り込むことができた。

1) 詳細なルート情報
2) 高山病対策
3) ガイドとのコミュニケーション
4) 体力、脚力の維持
5) 必要な装備

1) 詳細なルート情報:
 ルクラ到着後、いの一番にマップを購入し、それをもとにガイドと確認した。
2)高山病対策:
 第一に、トレッキングにおける一日の高低差を600mほどとし、ゆっくり高度を上げていく事により高度順応すること。第二に、平地に比べ酸素濃度が3分の2ほどであるため呼吸回数が多くなり呼気による体内水分も吐き出す。また、空気が乾燥している。そのため水分補給が重要となり一日3リッター以上摂取する努力をした。トイレに行く頻度は多かったが、水分摂取の方がより重要と説明会で聞いていたので、そうしたわけである。その他、防寒、睡眠、ノンアルコールなども重要対応事項であったので、それも心がけた。高山病の多少の影響か、下痢などの症状はあったが、比較的対応がうまく行き、目標を達成し、かつ楽しいトレッキングをすることができた。ノンアルコールについては、毎日ナイトキャップのお世話になっている私にとっては辛いものであったが、その結果すばらしいご褒美をいただけたのだろうと思っている。
3)ガイドとのコミュニケーション:
 トレッキングの質は、ガイドの良し悪しに左右される。ガイドは、単に道案内だけではなく、ロッジの選定、食事の世話まで行ってくれる。ガイドによると、ただ道案内だけでロッジに着くと客であるトレッカーそこのけで酒を飲んだりする者もいるという。また“もぐり”のガイドも多いようだ。幸い我々のシェルパ・ガイドは、ネパール政府の公認を受けた公式ガイドであった。25歳と若いが、日本語での意思疎通ができ、また日本人の心を理解し、控えめで、信頼ができた。そのため我々は自己の体調管理など自分に関することだけに注力すればよく、精神的なストレスから開放された。それが、苦しい状況に打ち勝つ手助けとなり、楽しいトレッキングとなったと思う。たとえば現地では通信手段が発達していないからトレッキング中のロッジは予約できず、ロッジに到着した順番である。(日本の山小屋もそうである。)そのため我々のビスタリー(ゆっくり)4Gキャラバンでは、しばしばサブ・ガイドが先行して、良いロッジの良い部屋を確保してくれた。
4)トレッキング中の体力、脚力の維持:
標高5345m、標高差1000mのレンジョ峠越えでは、「メンバー全体の基礎体力はあったが、一部で技術の未熟さを露呈」した。メンバーの一人であるSさんは、日ごろからトレーニングジムで鍛えていたが、登山について初心者といってよかった。トレッキング前半の5日目までは、体力に任せ快調な歩みで、いつも先頭をポーターと楽しそうに歩いていた。しかし4000mを越える高地における歩行が少々早すぎたためと、ウェアリング(下着、ミドルウエア、上着を適切に組み合わせて着る:このような高地でかつ標高差が大きいから、温度変化も大きい)を誤まったためか、体温低下により急速な疲労蓄積となり、体力と気力の著しい低下が見られ一時は歩行が困難に陥った。レンジョ峠越えのその日は、私も未経験に対する緊張のため、自分の事で思考が一杯であり、残念ながら登山の経験の浅いSさんまで気が回らず、出発前の適切なアドバイス、気配りが出来なかった。またガイドの予想した体力と我々の現実の体力に乖離が有ったのかもしれないが、予定より2時間ほど余計に時間を費やし、11時間のハードなトレッキングとなってしまった。数日前の残雪があったから、天候が荒れたなら、かなり厳しい状況に遭遇したであろう。幸運の神様が手を差し伸べてくれなければ成功もおぼつかなかったことを反省している。なお同行のIさんも、サイクリングで鍛えた心肺機能は十分であったものの、トレッキング最終段階の下りでかなりの膝のダメージを受けていた。何とか終えたが、限界に近かったと話していた。
 私は三年前、膝を痛め半年ほど山歩きが出来なかった。3,4日の山行が続くと膝に違和感があったため、いつもは膝用のサポーターを利用しているが、今回は初めて下半身の筋肉をサポートするタイツを着用した。これが上手く機能したのであろう、11日間のトレッキングでは、膝の痛みも違和感も無く終えることができた。
5) 必要な装備:
 装備については、高山病予防薬や、4000m高地でのテント泊も想定しダウンジャケットも持参するなど、不都合は無かった。なお、トレッキングの間は、我々トレッカーはその日に必要なもの、防寒具、水筒、ヘッドライト、カメラ、若干の非常食・嗜好品など5、6kgほどを担げばよく、荷物の大部分である着替え、その他トレッキング中に必要な装備(25kgほどになる)はポーターが運んでくるシステムとなっている。

 ということで、事前準備が適切であったため、トレッキング中の諸々の未経験事項の対応も上手くいったと自己評価している。

 さて、一度経験すると、反省とともに今後も適切な対応が出来るから、再度の機会が有ればもっと楽しいトレッキングが出来る予感がする。また、今後計画する仲間に、事実に裏打ちされた適切な助言が出来るだろう。ガイドがおりガイドブックがあるとはいえ、自己にとっての未知に対応するためには、体験、経験がいかに大切かと言うことを改めて強調したい。
 今回トレッキングからの私の結論として、2000m級の山登りが出来る基礎体力があるならば、事前に更なる体力強化と基本的登山技術の習得を行えば、4000mを目指すトレッキングは可能であろう。但し、良いガイドと、トレッキングに対する事前の経験者によるアドバイスに基づく周到な準備(適切な装備、余裕のあるスケジュールと心構え)が必須条件である。それにより最大の問題である高山病も克服できるし、良いロッジでの休息、食事が可能となり、ストレスがたまらず、楽しいトレッキングが実現出来るだろう。

注)ネパールのトレッキングコースは、2000mクラスから、今回のように5000mを目指す(エベレストを見る添付写真)コースと、色々有ります。皆さんも計画的に体を鍛え、適切な準備を行い、トレッキングや、日本での山歩きを楽しまれることをお勧めします。