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プロマネの色眼鏡(6):データを考える〈さば再考〉

加畑 長昭:3月号

 昨年夏に勤務地が変わって、半年が経った。三年前新橋内幸町から愛宕に移り、そして今度はビジネスの中心地である大手町である。ここにくるとランチ事情も少し変わってきた。新橋、愛宕界隈では、ランチタイムの食事処、レストランは、すぐ通りに面した小さなビルのこじんまりとした店や、ちょっと小路に入ると10人ほどで満員となる様な昔からの地付の店など、そこでは店を切り盛りする女将さんやオヤジさんの顔が見える個人の営なむ店が多かった。メニューの書き方や店の構えで、この店は美味そうであるか否かの凡その見当もついた。しかし、ここ大手町はオフイスビルばかりで、食事処もそのビルの中、多くの場合は地下階にあり地上からは見つけ難い。ビルの案内を見てやっとレストラン街が有ると解るが、何処が旨そうか、何が美味そうかは、地下にもぐり店に入ってみなければ解らない。また、ビルの中の食事処は夜の営業が主とはいえ、ランチでも昼間の短時間で費用を回収しなければならないだろうし、地代等の経費も高くつくから、経営もマス効果が必要である。必然的に大手経営の大規模な店や、チェーン店が多い。半年ほどビル群のレストラン街、食事処を歩いたが、昼時サラリーマンがのんびりと行き交う新橋界隈が懐かしくなった。

 新橋界隈のランチの話題を、四年前JPMFオンラインジャーナルに、「ランチプロジェクト」として7回連載した。その時良くランチ時にお世話になったランチ・ストリート約300mにある17軒の和食・食事処を対象に、“さば”の存在についてフィールドワークを試みた。その結果として、「さばを考える」を起こした。その雑文の一部を紹介する。

 《その結果10軒、約6割(59%)の店で毎日鯖の定食が出されていた。これに日替わりで一週間の何日か鯖の定食が出される店3軒を加えると13軒、17軒のうち13軒(76%強)の店で、鯖定食が味わえる事になる。・・(中略)・・それも鯖の塩焼きが圧倒的で、ちょっと手が掛かかり、生鯖から調理し、またおそらく店の個性が出る味噌煮は案外少なかった。珍しいところでは立田あげ・おろしポン酢添えであろう。
 と云う事でランチタイムの魚のチャンピオンは鯖で異論がないところでしょう。その理由は何なのであろう。初めは漠然と「鯖は安い魚だから」であろうと思っていたが、この値段を見ると一概にそうとは言えない。定食が800円となるとこの界隈では標準以上であるし、勿論小鉢などの一品も付いているが1,000円となると贅沢な部類であろう。・・・》

 新橋界隈のランチが懐かしく、その後これらの“さばのランチ事情”がどうなったか気になり、再び二日間フィールドワークを試みた。その結果、丸四年経過した現在の「ランチ通りの状況」は以下の通りであった。
  • 対象とした和食処17軒のうち12軒は健在であったが、三軒は閉店、二軒は代替りしていた。また、健在の12軒のうち一軒は場所が代わっていた。ランチサービスを中止している店も一軒あった。
  • ランチメニューのさば塩焼き定食のメニューの供給状況は、一軒を除き変化は無かったが、四軒に価格の変動がみられた。比較的高級な二軒は100円〜200円の値上げ、大衆定食屋、居酒屋の二軒はなんと50円の値下げであった。
  • さばの塩焼きをメニューとする新しい和食処も二軒増えていた。一軒は大型チェーン居酒屋、もう一軒も夜が主体の大きな和食・酒処である。
  • またランチ通りの全体として、街の整備が進み小さな建物がビルに建て替えられたためか、食事処の数が若干減少したと共に、昔ながらの地付けの店が少なくなった印象であった。

 総論として、食事処については17軒のうちの店をたたんだ三軒と代替わりした二軒、ランチを中止した一軒の六軒、約三分の一強に変化があった。更に和食中心の店として新たに二軒がオープンしていた。これは劇的とは言えないものの、やはり大きな変化ということが出来よう。全体としてメニューから窺い知れることは、サラリーマンのさばに対する好みには変化は見られないと推察できる。また、以下の各論からは、色々な人間模様も伺い見ることが出来る。

  • お袋と呼べるような叔母さん二人が切り盛りしていたアットホームな「百姓家」は、店の名前が代わり関西風お好み焼き屋に変っていた。恐らく高齢ゆえの代替わりであろう。
  • 地付けの店であった「ひらめ」は新しい小さなオフイスビルになっていた。美味しい店と記憶するが、後継者がいなく店をたたんでしまったのでなかろうかと想像した。またいわし料理の「まつお」、魚の旨い店「おかってや」も店をたたんだのか、移転したのか不明であるが、見つけることができなかった。
  • 小路にあった間口二間の「文次」は、その後本通りのビル地下に店を移転した。今回のサーベイでは名前が「味彩」という小奇麗な和食処に変わっていた。さば塩焼きが売り物であったのに、メニューにさばの塩焼きがなかったので、気になりランチを摂りながら聞いてみると、健康を損なって店をたたんだ様である。本通に移転し、主人の夢が一歩かなったと思っていたが残念なことである。
  • おかずと惣菜を選べる古くからの定食屋「まるきん」は、さば塩焼き定食600円を550円にして、また居酒屋「清龍」は650円を600円に値下げして頑張っている。他のメニューの値段が変わっていないことから、両方の店に言えることは、“招きさば”の効果(注)を考えての値下げではなかろうか。一方少々高級店である「田村屋」は100円、「むら田」は200円それぞれ値上げしていた。
  • 新しいランチ和食処、大型チェーン居酒屋「つぼ八」のさば塩焼き定食は600円、和食処「宇和海」の小鉢付き塩焼きセットは850円とこの界隈では妥当といえよう。

 また、一般論としてこの三年間の「サラリーマンの小遣い事情」と「さばの供給状況」を調べてみた。

  • サラリーマンのお小遣い事情は、新聞によると昨年(2005年)は一昨年より2,300円増え、二年ぶりに4万円台を回復、40,600円となったとはいえ、三年前(2002年)に比べ少々悪化したという。また、GEコンシューマー・ファイナンスの調査では、希望するお小遣いとの乖離は大きいと報告されている。サラリーマンにとってはどこかで節約しなければならないというのが現状であろう。
  • 漁業白書2005年版でデータを調べてみた。さばの漁獲高、さばの市場状況は余り変わらないが、国内水揚げ量の約1/4が生鮮食用として流通している。その内外食企業を対象に見ると、全体に対する出荷量は少ないが、さばはさんまに比べ7倍ほど多く出荷されている。また、さばの流通量全体を見てみると、3分の1が輸入でその90%がノルウェーからであった。(従って全体の3割がノルウェーからの輸入となる。)輸入の多くは、半身におろしたフィレ状である。これは塩さば焼きに適した状況である。もう一つのデータとして、魚の塩蔵品の状態でも、さばが秋刀魚の3倍あることも解った。おかずとして供給する側にとってもさばが容易なのかもしれない。
  • 前回「何故さばが魚定食のチャンピオンか?」について明確な答えは得られなかったが、サラリーマンがさば好きであるのは間違いないだろう。また同じ大衆魚の焼き魚である秋刀魚は旬であることを連想させるが、さばは季節を連想させないと言うところに四季を通じて親しみやすいさがあるのかもしれない。

 考えてみるとこのような推論と説明が出来るのも、四年前のフィールドワークのデータがあるからであろう。そしてデータは、ただ並べるだけでなく、時間軸を考える、要素に還元してみる、システム化し集合で捉えてみる、背景を考える等、座標軸と視点を変えてみると色々なことが分かる。また、色々な見方を意識することによって、初めて判ることもあるし、そしてちょっと見方を変えると面白い事実を語ってくれることにも気がついた。データの裏にあるものを読み取ると言う事であろう。しかしそれも事実に裏打ちされたデータで無ければ、その推察も誤った結果となる。データの捏造、改ざんが取りざたされている昨今、科学技術以外の分野においても、事実に裏打ちされたデータ、継続的データの重要性と、更に継続は力であることも改めて認識させられた。

 注)「招きさば」:“さば”は、多くの店で脇役であるが欠かせない存在となっている。“さば”と言う文字が目に付くから我々はその店に気楽に飛び込める。そして“さば”を食べなくてもその時何か旨そうなものが有ればそれを選ぶことも多いだろう。“さば”こそ“招きさば”であり、店の主人にとっては「さばさまさま」であろう。・・・前出・JPMFオンライン「ランチプロジェクト:さばを考える」より