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プロマネの色眼鏡(5):4Gヒマラヤプロジェクト

加畑 長昭:2月号

 ヒマラヤに行って、エベレストを見てきた。
 昨年(2005年)11月、友人4人で11日間のヒマラヤでのトレッキングを楽しんできた。メンバー4人は、昭和15年と16年生まれの65歳と64歳の「4人の爺さん」、“4G”である。それにガイド、サブガイド、ポーター3人の総勢9人のプライベートキャラバンであった。
 カトマンドゥから19人乗りの双発機で空路ルクラ(2804m)に入り、そこからトレッキングを開始した。シェルパの故郷ナムチェ(3440m)で二日間高度順応を行い、チベット街道をスタートし、ターメ(3850m)から街道を離れレンジョ峠を目指した。一日の標高差500m〜600mほど高度をあげて、6日目に5000mを越え、レンジョ峠(5345m)に到達、そこからエベレストとヒマラヤの巨峰を仰ぎ、宿営地のあるゴーキョ(4750m)へ至った。翌日7日目に今回のトレッキングの最高地点であるゴーキョピーク(5360m)に登頂し、再びエベレストとヒマラヤの峰峯を仰ぎ感激に浸ることができた。当初の目標、“標高5300m以上のレンジョ峠及びゴーキョピークに登り、エベレストの眺望を仰ぐ”ことを達成したから、我々の“4Gヒマラヤプロジェクト”は成功したといえる。

 さて、メンバーが皆65歳、64歳の“もと壮年”であるという事で、同世代の何人かには勇気を与えることが出来たようであり、冒険心と挑戦に好意的な賛辞をもらい喜びを感じている。そこでこの成功が何処にあったかを少し考えてみた。

 安全な、楽しい登山をするためには
・ 「基礎体力:最も基本的な要件でこれが前提条件である」
・ 「基礎技術:歩行法、水分補給知識、気象知識など」
・ 「余裕を持ったスケジュール」
・ 「適切な装備:対象とする山、季節に応じた装備計画」
・ 「コースに対する知識・情報」
に配慮する必要がある。
 上記を考慮し周到な準備をするなら、山登りプロジェクトは失敗しないと言うことは一般論である。私は富士山(3778m)や北岳(3192m)など、日本の高山のベスト5は登っているが、今回の様な5000mを越える山の経験は勿論無い。国内の夏山であるなら、初めての山でも、コース、山小屋などの情報が記載されている登山地図があるので、その時の体調と天候に注意するなら、今までの経験から楽しい登山を行うことが出来る。しかしトレッキングといえども、富士山以上の標高で更に未経験の5300mを目指すということは、自分の予想できないリスクに対する不安があった。
 トレッキングにおいては、ガイドが未知に対するアドバイザーの役を果たしてくれるから、その指示に従えば大部分は解決するであろう。ガイドの資質については、自分の意思で決められない事である。しかし、現地でガイドの指示・アドバイスを、トレッカーとして受け入れ、“質の高いトレッキングとする”ためには、現地の状況を想像しリスクを想定できる情報を、事前にできるだけ収集することが重要であろうと考えた。
 そのため、先ず書店でヒマラヤトレッキングに関するガイドブックを探した。ガイドブックはネパール全体の観光案内が主であり、少し記載されているトレッキングについてはコースが主体であり、未経験者へのトレッカーに対してのハウツーの情報等は十分とはいず、トレッキングのイメージがなかなか沸かなかった。また今回のチベット街道からレンジョ峠を目指すコースはトレッキングのサブコースで、日本語のガイドブックではまだ紹介されていないし、地図も手に入らなかった。そこで東京八重洲口の旅の情報を集めた日本交通公社「旅の図書館」(注)に出向き、情報収集を行った。幸いここにはヒマラヤ地域の地図があり、コースの基本情報を得ることができた。また今は絶版となっている写真集にコース途中のターメまでの記事を見つけたし、また様々な写真によりヒマラヤの高地の様子を心に描くことができた。
 次にもう一つの情報収集手段として、あるツアーエージェントが開催するヒマラヤトレッキングツアーの説明会にもぐりこみ、トレッキングに添乗するツアーコンダクターから、ガイドブックでは得られない生の情報、ロッジの設備(シャワーはあるが寒くて使えない)、食事・水分補給事情(ミネラルウォーターが容易に手に入る)、服装のスペア(洗濯情報:水は貴重、洗剤は使用しない、洗っても乾かない)等に関する情報を聞くことができた。一番の懸念である高山病についても、上記水分補給情報のほか予防薬などガイドブックには記載されていない貴重な情報も入手した。
 ガイドは、リーダーのNさんが、前回のトレッキングで知り合ったシェルパを通して紹介されたシェルパ・ガイドであり、事前のメールのやり取りができたため、我々が指定する日時内で余裕のあるスケジュールを計画してもらうことができた。なお、ガイドの良し悪しが、トレッキングのクオリティーを上げる重要な要因であるが、これについては省略するが今回はおおよそ満足の行くものであった。

 かくして上記情報をもとに、マイルストーン(宿泊ロッジの場所)、標高・標高差と歩行時間が想定可能となり、自己流でルートと工程表を明示化することができた。また写真による仮想体験により、心の準備ができ、大きな戸惑いは無くなった。天候に関しては、乾季でトレッキングのベストシーズンであったので特に心配はしなかった。(地図についてはトレッキングの出発地ルクラでいの一番に手に入れた。)
 その結果、懸念事項の高山病については対策がうまく行き、無事初期の目的を果たす事ができたわけである。具体的には余裕を持ったスケジュールでの高度順応、ゆっくりペースの歩行と呼吸、意識的な十分な水分補給と休養、脱水症状を引き起こすため禁酒を守ったことである。また高山病予防薬も準備し一度予防のためにお世話になった。なお、三人が一日ないし二日、ひどい下痢に悩まされたし、一人が二日間極端な食欲不振に陥った。疲労蓄積、寒さ、食事などを考えると、高山におけるトレッキングではよく有るようで、潜在的なリスクと考えてよいだろう。トレッキング期間中何人かのトレッカーが、高山病に悩まされ、ロッジで休まなければならない状況を眼にしたし、高山病のトレッカーを輸送するヘリコプターがしばしばヒマラヤの空を飛行するのに遭遇した。
 プロジェクトは目標を達したが、“天気の神様のおかげ”であったことも付記しなければならない。標高5345m、標高差1000mのレンジョ峠越えでは、一人に体力と気力の低下が見られ、一時は歩行が困難な状況に陥った。二、三日前の残雪があったが、天候が不順であったなら、峠越えは厳しい状況となったかもしれない。幸い無事ゴーキョへ到達することができ、その後も支障が無かった。この原因は「基礎体力はあったが、一部で技術の未熟さが露呈した」ためであるが、詳細についてはプロジェクトの反省としてまたの機会とする。

 未経験の事において成功と言う結果を手にするためには、基本要件を備え、かつ未知に対応できる能力を備えることが必要である。未知に対応できる能力とは、想像できる仮説の精度を高めることであり、想像ためには経験と知識が必要である。経験は身に着いた知恵であり、それに知識・情報と技術が相俟って未知のリスクに対応できる能力が育てられる。そして大きなリスクが想定されるイベントでは、事前の生きた情報が、リスクに遭遇した時の心の準備、安心感を与えてくれるのではなかろうか。

(注)日本交通公社「旅の図書館」:第二鉄鋼ビル地下一階(東京都千代田区丸の内1-8-2、電話03(3214)6051)