先号   次号

PMRコーナー
PMR資格者からのメッセージ

内田淳二:4月号

1. はじめに
 PMAJオンラインジャーナルにPMRメンバーのメッセージの公開ページを作っていただきました。前号では、西尾さんが「物作り分野」でのP2M資格者の奮起を促してくださいましたので、今号では、私自身の経歴を振り返ることで「物作り分野」でのP2Mの意義について考えてみることにしました。会社の宣伝も交えてご紹介します。ご笑覧ください。

2. これまで
 筆者は、エンジニアリング業界に身をおき30年近くを過ごして来た者です。エンジニアリング業界と言うのは、プラント輸出と呼ばれたビジネスモデルで成長を遂げた業界です。このビジネスモデルは、日米欧の石油精製、石油化学製品の製造プラントの建設操業に必要な基本技術に日本の卓越した“ものづくり技術”加えて作られたもので、世界経済の発展に大きく貢献した理想的ビジネスモデルでありました。
 私が、この業界に身を投じた1979年当時は、エンジニアリング産業は日本の強みを生かした成功モデルとして世界経済の発展に貢献し日本経済成長の牽引車として、最も、もてはやされた時期でした。私自身もインドネシアでの化学肥料プラントの建設プロジェクトや中国での高機能石油化学製品プラントの設計協力プロジェクトなどを担当させてもらい、大いに仕事をエンジョイする事ができました。

 その後1980年代後半からは、円高が定着しかつてのビジネスモデルでの競争は激化し、エンジニアリング産業はこれまでのような高収益を見込めない時代になりました。そうした中でIT(インフォーメーションテクノロジー)をモノつくりに取り入れるビジネスで活路を見出そうという機運が盛り上がり1987年に、国内製造業向けに最適生産技術の導入を提案し、これを実施するソリューションビジネスを推進する部門が作られました。
私は、中国から帰国後すぐ、その部門へ配属の辞令を受け取りました。部門発足から半年遅れでの配属で、当初は、戸惑いもありましたが、10年間ほどの間に、日本各地の製造業さんの工場を訪問させて頂き、直接に工場長さんを始めとする工場運営のプロの方たちと共に、次代の工場はどうあるべきかを考える機会を与えられました。この時代の経験は、P2Mの真骨頂であるプロファイリングマネジメントの勉強にスムーズに入って行けた下地になっていたように思います。CIM工場建設とかFA工場の建設に投資が集中し、日本の“ものつくり”そのものが価値を生み出せた時代であったと思います。ジャパン アズ ナンバーワンの時代でした。

 しかし、エンジニアリングビジネスの環境は思っていた以上に激変してしまいました。東西冷戦が終わり、今も続いているIT革命が起こりました。世界経済が一つの仕組みの中で動く時代を迎えてしまったのです。日本の工場で日本人が、最先端の技術を駆使して作り出すものは、確かに世界中を豊かにすることに貢献しましたが、わが国産業の安定的発展の姿ではなかったのはご存知の通りです。このような時代背景の下、2001年4月に(株)エンバイロメンタルエンジニアリングが誕生しました。荏原製作所の優れた環境技術と千代田化工・東洋エンジニアリングのプロジェクトマネジメント技術を融合し、世界の環境問題の解決に役立てようと言う大きなビジョンを持って生まれた会社です。環境ビジネスは、今世紀のビジネスと言われています。ビジネスの発展には、多くのステークホルダーとの共存共栄の仕組みづくりが欠かせません。P2Mが重要視しているスキームモデル・システムモデル・サービスモデルの三位一体の戦略が欠かせない分野であり、プロジェクト制による事業展開で活路を開くことが求められていました。この新会社への出向を命じられた時、私は喜んでこれに応じました。IT系の新会社への打診もありましたが、「ものつくり」分野に、こだわり決断した事を思い出します。
 新会社発足の年と軌を一にしてP2M資格制度も発足しました。私は、私の求めていたものがここにあると直感し、PMS資格、PMR資格に挑戦し資格を得ることが出来ました。P2M資格は、弊害の多い許認可行政が作ったものではなく、これからの日本の産業界において自らの道を切り拓いて行く“勇気と志”を持った者に与えられる資格だと思っています。

3. これから
 現在、(株)エンバイロメンタルエンジニアリングは5年を経過し、出身母体の異なるメンバー間の融合も進み、現在は全社をあげて世界の環境ビジネスのリーダーにならんとして日夜研鑽を続けているところです。つい最近も、インドに行ってきましたが、エンジニアリングの世界でインドの存在感は大変大きくなっており、世界中のコントラクターが、われ先と拠点強化を図っていることが伺い知れました。インドで一流のエンジニアリング会社を起用してプロジェクトを推進するための下準備をしていますが、一分野の専門知識だけでは、相手の欲するモノを理解し、こちらの欲するものを手に入れるというビジネスマナーを磨くことは困難です。P2Mの言うところの“高い視点と広い視野”で交渉する力が試されているところです。
 インドで感じた事は、世界で日本人が果たさなければならない役割は、まだまだあるという事です。世界でも稀に見る平和で争いのない豊かな社会を築き上げた日本が、このまま衰退して行くとは世界は見ていません。従来の枠組みでは、出来ないことに取り組む勇気と志が本当に必要な時代だと思います。P2Mは、新しい時代に相応しい新しい仕組みを作り上げるための実践知識体系としてその発展が期待されています。筆者は、統合されたPMAJの場を活用してPMSやPMRの皆さんと共に新しい仕組みつくりに参画したいと思い、P2M研究部会のメンバー募集に手を上げました。より多くの方々との交流を通じてP2M普及発展に貢献したいと思っています。どうぞ、これからもよろしくお願い致します。

内田淳二 経歴 内田淳二
1979年 京都大学 交通土木工学科(現 地球環境工学科)卒業
同年 東洋エンジニアリング株式会社 入社
海外プロジェクト事業、国内産業システム事業、医薬プロジェクト事業などで主として空間設計業務を担当
2001年 (株)エンバイロメンタルエンジニアリングに出向。ISO9000取得プロジェクト等に参画し環境プラントの海外建設事業の推進体制の確立に貢献。現在、エンジニアリング本部要素設計部 兼 調達本部検査部 参事