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まい ぷろじぇくと (12) トリノオリンピック

石原 信男:3月号

 トリノでの冬季オリンピックで、睡眠不足の日が続いています。開会式の構成・演出の見事さはイタリア大好きの私にはたまらないものでした。オノ ヨーコの平和へのメッセージ、真っ赤なフェラーリの轟音をあげての登場、ルチアーノ・パバロッティのドラマティックな歌唱、なにもかもが楽しませてくれるものでした。でもなんといっても白いコスチュームの人々が空間に描いた平和のシンボルの鳩には、そのアイデアの斬新さとおしゃれなセンスに目をうばわれました。きっちり左右対称にはならずに少し体形の崩れた鳩もまたイタリアらしくて?いいな、と贔屓目に見てしまったものです。

 回を追う度にオリンピックの開会式はショー的な色あいが濃くなりつつあるようです。それが大会の種目構成にも影響しているのか、中にはかなりショー的色彩の強い競技が見受けられます。スキーのモーグルや日本が惨敗したスノーボードなどでは、アクロバティックな演技が随所に見られます。マスコミの報道もその部分にスポットをあてて、やれ3Dエアーだ、メローターンだなどと煽ぎ立てることから、これら競技の採点方法に無知な私などは、競技のショー化を嘆いてしまったほどです。
 でも競技内容の構成と採点方法の解説を聞くにつれて、モーグルといえども、いかに巧みにターン(滑走)するか、最短タイムで滑るか、のあたりがやはり基本になっていることを知りました。
 モーグルの採点は30点満点のうちターン(滑走)に15点(50%)、エアに7.5点(25%)、タイムに7.5点(25%)の評価配分になっているとか。ターンが巧みであるということはスムーズな滑走をもたらして好タイムにつながることから、結局はいかに巧みに滑るかが評価の大部分を左右することになるようです。メダルを狙うならばターン・エア・タイムの3兎を追いたいところでしょうが、それがかなわずに1兎だけを追うのであれば当然ながら評価の50%を占めるターンを優先させるのが合理的といえるでしょう。
 女子モーグルには上村愛子選手が多くの日本人の期待を集めて出場しました。トリノでの金メダルを目指してエアを重点に技をみがき「コークスクリュー720」という高度の3Dエアを身につけたそうですが、結果はメダルにとどきませんでした。金メダルに輝いた米国選手の演技を見るかぎりシロウトの私にも滑る・飛ぶ・タイムの競技全体の見事なバランスが感じられました。エアだけの競技だったら上村愛子選手はメダル獲得がまちがいないところだったのでしょう。でもエアの評価が全体の25%であるかぎりにおいては、トリノに向けてエアの部分に重点をおいた強化策は、採点基準を見失ったネジメントの失敗といえるかも知れません。

 今大会で私がもっとも惹きつけられたのは日本からは女子が参加したカーリングです。技量を競うスポーツですが、頭脳的なプレーの組み立てとそれを実現させる強い精神力とチームワーク、フェアで高潔な競技態度、これらの総合からなるゲームマネジメントの緻密さに魅せられました。リリースしたストーンの動きにつれて次第に盛り上がってくる緊迫感、ヒットした際にストーンが発する荘厳ともいえる音の響き、神経を研ぎ澄ませた競技者の表情、長すぎず短すぎない試合時間の中での心地よい緊張とほどよいテンポのゲームマネジメントの展開に思わず惹き込まれてしまうのです。テレビ映像的にも全長45m、巾5mほどの競技エリアは、ゲームの全容とその流れそしてストーンの位置や選手の表情のアップをとらえるのに適しているようです。チームメンバーの皆さんの凛とした美しさと輝きが競技の進行につれて次第に増してくるように見えたのが、なにか不思議に思えたりもしました(もともと美しい要素をそなえた方々なのでしょうが)。

 あるウエブサイトによるカーリング解説は次の通りです。
 カーリングは1チーム4人構成で、相手チームと対抗する形で競技を行います。
 リンクに設けられた長さ約45メートル、幅約5メートルの細長いアイスシートの両端にあるハックと呼ばれる「けり台」と、ハウスと呼ばれる直径約3.66メートルの円に、1人あたり2個のストーンを相手チームと1個ずつ交互に投げあい、両チーム8人で計16個のストーンを投げ、得点を競います。16個のストーンを投げ終わった時点で、もっともハウスの中心に近いところにストーンのあるチームが勝ちです。勝ちチームは得点し、負けチームはいつも0点です。点数は、負けチームの一番中心に近いストーンより何個内側にあったかで決まります。
 16個投げて1エンドとします。次のエンドは勝った方が先攻となって次のエンドを投げますが、後攻をキープする方がそのエンドの勝敗を決める最後の1投を残すだけに有利な立場にあります。正式試合では10エンドを行い総得点の多いチームが勝ちとなります。
 氷の表面の状態により、投げたストーンの進み具合(距離)や曲がり具合が異なりますので、どのくらいの力でどの方向に投げるとか、スウィーピングといってブラシやブルームを使って氷上を掃くことによって、方向や距離を調節します。スウィーピングはかなりの体力を必要とします。自分の投げたストーンが少し弱く、チームメイトが全力でスウィープしてくれて指示の場所に到達したときには、心の底から「ありがとう」と思うものです。チームワークと体力・精神力のゲームです。
 また投石が進むにつれ、相手と味方のストーンが散在するようになりますので、1投ごとに相手チームの作戦を見抜いた上での駆け引きを行いながら作戦をたてることが要求されます。

 ここまでわかってくると、なにごともプロジェクトマネジメントの切り口から見たくなってしまう私のわるいクセが頭をもたげてきます。
 1投ごとに変化する状況に即した次の1投の最適化をはかるというのは、P・D・C・Aといったサイクリックアクションの一つのわかりやすい形では? ハウス内の自軍ストーンのコース上前方にさらに自ストーンを配置するのは、相手の投じるストーンによって自軍ストーンがハウスから押し出されるのを防ぐためのリスクマネジメントでは? 重要な局面でチームメンバー全員が集まって相談するのは緊急プロジェクト会議と同類のコミュニケーションの場では? 自軍ストーンを犠牲にしてでも相手ストーンをハウス外に押し出してそのエンドをドローにして後攻権利をキープする、あるいは最少得点差の負けにして後攻の権利を得て次エンドを有利なゲーム展開に導くなどといった策は、最終利益確保に不可欠ならばそれが予定外のリカバリーコストであっても途中出費を容認する、というコストマネジメントの真髄に相通ずるものがあるのでは? などなど、考え出したらキリがなく睡眠不足にさらに拍車がかかってしまうのです。

 この原稿の締め切り時点で日本勢はまだメダルがありません。この先も期待がもてないでしょう。でも培った力を出し切った人には素晴らしい笑顔が見られます。反面、メダルをとった際にTVカメラの前でかっこいいコメントや目立つパフォーマンスを意識しているのでは・・・と思えるような人の中には、惨敗でひしゃげた様子がうかがえます。
 地道でかつ合理的な努力の積み重ねの大切さみたいなものを再認識させられた今回のトリノ冬季オリンピックでした。
 また、カーリングチームの皆さん、準決勝進出は成らなかったものの、ゲームマネジメントの大切さや面白さそしてチームプレーの素晴らしさを、しっかりと私たちに示してくれました。ほんとうにありがとうございました。
 次回のバンクーバー冬季オリンピックではさらにスキルフルなチームマネジメントで私たちを睡眠不足に陥らせてください。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。