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まい ぷろじぇくと (11)  「買い」のむずかしさ

石原 信男:2月号

 「買い」は「売り」よりもきびしい決断をせまられることがあります。売りは売り手が不利と感じたら他にビジネスチャンスを見出す余地がいくらかは残るものの、走り出したプロジェクトの買い物をするということは、買い手をして何がなんでも買わなくてはならないという状態にまで至らしめます。買わない限りプロジェクトは完成しないからです。
 日常私たちは自分が得たい物を価格との折り合いで買いもとめ、とくに気にもせず対価を支払っています。ここで「買いのむずかしさ」を感じることは皆無といっても過言ではないでしょう。たとえ「しまった」と思えるような買い物をしてしまっても、次はその店で買わないか、複数の選択肢の中から納得できるような買い方をすることで一時の不満を解消できるからです。
 しかし、今回の耐震強度偽装事件のように、マイホームを買う、ホテル経営に投資するというような場合は、資金力によほどの余裕がないかぎり、この種のプロジェクトオーナー(買い手)にとっては「買い直せばすむこと」では到底すまされないビッグプロジェクトといえます。健全な市場メカニズムのなかでの健全な商取引を前提とした「買い」であるはずなのに、建築基準法にそぐわない躯体構造上の欠陥を内在する品質であることが契約後に判明し、それに多額の対価を支払ってしまった方々の無念さはいかばかりかと思います。中には数十万円もの出費を惜しまずに対象物件の事前調査につとめた方もおられたとか。それでも欠陥を見出せない今回のようなプロジェクトスキームを、関係する省庁、機関、業界をあげて早急に根本から見直して再発防止につとめてもらいたいものです。

 私もいくつかのマイホーム購入を繰り返してきましたが、その都度生涯プロジェクトを手がけるように思えたものです。さいわいにも長期にわたる不動産価格上昇気流の中にあったことから初回以降は資金的にはムリのない形で過ごせたものの、「買い」のためのマネジメントにはずいぶんと注力したつもりです。プラントの建設工事に関連する技術的な知識を少しばかりかじっていたからかも知れません。
 たとえば、鉄筋コンクリート工事では打設したコンクリートに養生期間というものが欠かせない(工期短縮には限度がある)、計算強度を確保するために構造・形状によっては断面剥離層が生じないような連続コンクリート注入が不可欠(施工上の品質)、鉄筋同士の固定の手抜きはコンクリート注入時に鉄筋がズレて図面通りに仕上がらない(施工上の瑕疵:コンクリートの“かぶり”が薄くなると爆裂が生じやすくなるとか)、強度低下を無視した必要以上に加水したコンクリート打ち(横着な施工による品質手抜き)、重要な部分のコンクリートはかならずサンプルを採って長期保管する(品質確認)、などシロウトなりの知識です。

 そんなことから、最初に買ったのはプレキャスト鉄筋コンクリートのマンションでした。3室南面のその当時としては画期的な空間デザイン、眼下に大阪湾や淡路島が眺望できるという垂涎ものの物件でした。資金的にはかなりきつかったものの、責任施工が大手ゼネコンと販売がその直轄の会社であること、プレキャスト鉄筋コンクリートパネルの使用実績に不安を感じなかったこと、これらに自分自身が納得したので購入契約をしました。
 造成地に建つ戸建住宅の購入の際には、目指す場所が切り土部分か盛り土部分かに注意しました。地盤に不安があるとそれほど頑丈な家屋ではないので歪の出るおそれがあるからです。購入後にわかったことですが、近傍の地下を山陽新幹線のトンネルが通っているとか。重要事項の事前説明にはなかったのですが、新幹線を通すほどに安定した地盤上の物件であると割り切りました。
 土地を購入してその上に住宅を新築する際には、足しげく住宅展示場に通いました。ハウジングメーカを2社にしぼって詳細な検討に入りましたが、そこにいたる過程で展示場物件のイメージと出来上がった実際の住宅とにかなりの質的な差が感じられました。最終的にはプレハブパネル構造のスタンダードモデルを選定したのですが、そのモデルで実際に生活しているお宅を訪問させていただき住み心地や利便性などをうかがいながら、できるだけ自分の目で見きわめ肌で感じるように努めました。
 このようにして、スタンダードモデルであることとあいまって、建物に関する心配は払拭できましたが、問題は建屋の基礎工事です。上屋がかぶってしまうと基礎の状態が見えなくなってしまいます。そこで基礎工事の期間中は時間の許せるかぎり現場に出向いて工事状況を見たり撮影したりしました。ブランドの確立したハウジングメーカだったせいか推薦してくれた土建業者と工務店がともに良心的な仕事をしてくれたのは幸いでした。
 現在は「終の棲家」になるかも知れない阪神間の中古マンションを購入して住んでいますが、その地域ではブランド物マンションの評判が高かったこともあり何の不安ももたずに購入しました。幸いなことに阪神・淡路大震災の際にも、外壁の一部に浅い小さなクラックが入った程度でおさまりました。

 いろいろと私事をならべましたが、私の場合購入物件の選択にあたってすべてのケースに共通するショートリスト条件として「市場価格」「相場」といったものがあげられます。ある地域に住居を構えようとしたとき、そのエリアでの販売物件をできるだけ自分の目でたしかめ u あたりの単価データを集めてみると、よほどのことがない限り一群の価格帯に納まります。異常データと思えるものは検討対象から外すことにします。価値と対価の等価交換が健全なビジネスの原点であると常々思っている私は、「市場価格」を大幅に下回る価格の物件価値に直感的に疑問をもつ習性が身についているからです。
 価値とは品質と納期であり、対価とは価値創造のための報酬です。対価が並外れて安いということは品質か納期のどちらかあるいはその両方に価値の欠陥要因が潜在する可能性がないとはいえません。このような「市場価格」を一つの目安としたマクロの初期選別手法も、経験則的な視点からまんざら捨てたものではないようです。
 売り手は商材となる価値の創出過程を知り得る立場にありますが、買い手は商品化された結果としての価値の評価しかできません。とくに今回の耐震強度偽装の対象になるようなマンションやホテルといった建造物ではなおさらのことです。マンション販売会社の社長が「自分も被害者だ」といったような発言をしましたがこれはとんでもないはなしで、このような意識の人間に物を売る資格などありません。噂によればこの会社はISO9000シリーズの認可を取得しているとか、そうだとしたらまったく“あいた口がふさがらない”とはこのようなことをいうのでしょう。

 私たち一般市民としても、自己防衛の意味合いを込めて「買い」のむずかしさを強く認識する必要に迫られているようです。プロジェクトマネジメントはけっして「売り手」だけのマネジメントではなく「買い手」にとっても重要なマネジメントであることを、あらためて認識させられるような今回の耐震強度偽装事件でした。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。