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『ドラッカー 365の金言』 ―― The Daily Drucker ――
(P・ドラッカー著、J・マチャレロ編、上田惇生訳、ダイヤモンド社、
2005年12月1日発行、1刷、406ページ、2,800円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):3月号

 この本の巻末に長年ドラッカーの日本語訳を担当された上田惇生氏が、「巨星墜つ」と訳者あとがきに書いている。2005年11月11日に96歳の誕生日を目前にして、経営の神様、現代社会最高の哲人、マネジメントの父とも言われたピーター・ドラッカーが逝った。今回紹介の本が出版されたのは12月1日なので、この時既に著者はお亡くなりになっていた。それから暫くして、何冊かの著者の本が出版された。「ドラッカーの遺言」(ドラッカー著、窪田恭子訳、講談社、2006年1月19日発行)と「ドラッカー わが奇跡 ―知の巨人に秘められた交流―」(ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社、2006年1月29日発行)である。前者は、著者が亡くなる4ヶ月前にインタビューしたものを纏めた本(A new era)であるが、当初の題名から「ドラッカーの遺言」となった。次の本は、30年前に出版された「傍観者の時代(Adventures of a Bystander)」(風間禎三郎訳、1979年発行、)を上田氏が新訳本として出されたものだ。上田氏と言えばドラッカーの翻訳者として知られているが、最初に手掛けられたのは1974年からである。その後、再販時に上田氏が訳を担当され、現在ではドラッカーの著書の殆んど上田氏のものである。その関係からか、今回も新たな訳本として出版された。副題にもある通り、ドラッカーの幼少時代から教授として活躍されるまでの間に出会った人のことが書かれてある。著者70歳に出された本である。

 著者以外の点に関して幾つか触れて置きたい。編者のジョセフ・マチャレロであるが、巻末の紹介には、著者の長年の友人で同じクレアモント大学院の教授であると書いてある。訳者の上田氏は先にも触れた通り、ドラッカー著書の翻訳を殆んど手掛けている。著者と氏との出会いは、氏が経団連の仕事をしている時に通訳を務めた時からで40年以上の付き合いがあり、著者から最も親しい友人で日本での分身とも言われている。更に、週刊ダイヤモンドで「3分間で分かるドラッカー、経営学の巨人の名言・至言」を2003年から連載している。この連載は130回以上も続いているが、氏のホームページからも読むことができる。今回紹介の本の原型となるような文体で潔明瞭にドラッカー哲学を紹介している。

金言集の活用例(その1)      ―― 日めくりマネジメントの勉強 ――
 いよいよ本題であるが、題名の通りこの本は、一年365日をドラッカー哲学で埋め尽くされている。だから毎日日めくりで課題を勉強することがでる。だがこの本は、従来の日めくり標語のカレンダーと違って、経営哲学を本格的に勉強する工夫が成されている。そのポイントについて紹介してみよう。先ず、月毎に項目の一覧表がある。11月を例にとると、1日「集中力が鍵」、2日「外部についての情報システム」等々、1月から12月まで毎月の初めにこの一覧表が一ページに纏められてある。だから項目からも適宜必要な内容の確認が出来るようになっている。そこで著者の命日となってしまった11月11日を見てみると、「事業売却のコツ」が項目で、表題は『娘の嫁ぎ先を探すならば、娘の最高の妻となる男でなければならない』とある。この表題は、項目と本文を接続する標語的な短文で、本文の纏め的な意味があり、この本のエッセンスでもある。次が、その本文であるが、過去の著者の本からの引用である。この日は「事業売却は、販売の問題ではなくマーケティングの問題である。考えるべきは、何を幾らで売りたいかではなく、この事業は誰にとって幾らの価値があるかである(以下、省略)」(マネジメント――課題、責任、実践)である。

 そして最後にACTION POINTとして、読者が取るべき行動を示唆している。その日の場合、「あなたの組織にとって不可欠でない事業を探してください。その事業を不可欠にする組織を探してください」であった。この話は、GE(General Electronics)のJ・ウェルチ氏が事業方針として示した「ナンバーワン・ナンバーツー戦略」に通じている。このように毎日、一日一項目を勉強することでドラッカー経営哲学を身に付ける「日めくりマネジメントの勉強」として活用出来る。更に、プロジェクト・マネジメント(PM)としても日めくり勉強として活用できる。一例をあげると、「リーダーシップは責任」の項目で、表題は『リーダーは権限を委譲する。だが、範となるべきことについては自ら率先して行う』である。本文では「成果をあげるリーダーは、リーダーシップを知っている。リーダーシップにとって大事なことは成果であり、地位、特権、称号、富の類でなく責任である。(中略)リーダーは権限を委譲する。だが、範となるべきことについては委譲しない。自ら率先して行う」(プロフェッショナルの条件他)。そしてACTION POINTは、「何もかも委譲してしまったら、敬意は期待できません」と結んでいる。PMはプロジェクトの結果が全てで、当初予算の範囲でケジュールと契約機能通り完結しなければならない。そのためにリーダーは、スタッフに機能分担(権限委譲)をしてプロジェクトを実施するが、その結果の全ての責任を負うことも含めて範を示さなければならない。

金言集の活用例(その2)      ―― 著書の項目事例からの勉強 ――
 著者は生涯46冊の著書(日本で翻訳公開されたものは37冊)と数え切れないほどの論文と記事を発表してきたと日経の「私の履歴書」(2005年7月、「ドラッカー、20世紀を生きて」)で書いている。従って、この本で紹介されている著書は37冊の中からであるが、著者自ら内容項目を分類していて、主に@経営と組織、A社会と経済、Bリーダーシップその他になるという。そこで筆者の独断と偏見で、今回紹介の「365の金言」を先の3分類にすると@経営と組織=190、A社会と経済=138、Bリーダーシップその他=37となる。経営の神様、現代社会最高の哲人と言われる所以は、この金言集の分類からも理解出来る。項目別に活用する場合、幾つかの方法が考えられる。この本をそのまま使うなら、月別の一覧項目から必要な事項を探す形となる。この方法だと、毎回12ヶ月分のページを括らなければならない手間が掛かる。もう少し効率的に活用するには、ひと工夫する必要である。全項目をExcelに入力(項目、日付、ページ等)して、あいうえお順か独自項目(経営、組織、社会等)を付加して並べ替えて一覧表にして置くと一層活用し易くなると思うが、如何であろうか。更に著書別項目を追加して、項目から著書を読み直す方法も考えられる。著者の本は、どれも名著であるが「現代の経営」(日本版1956年、自由国民社)、「経営者の条件」(1966年、ダイヤモンド社)、「断絶の時代、いま起こっていることの本質」(1969年、ダイヤモンド社)、○「マネジメント―課題、責任、実践」(1974年、ダイヤモンド社)、「マネジメント・フロンティア―明日の行動指針」(1986年、ダイヤモンド社)、「非営利組織の経営―原理と実践」(1991年、ダイヤモンド社)、○「明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命」(1999年、ダイヤモンド社)、○「ネクスト・ソサエティ―歴史がみたこともない未来がはじまる」(2002年、ダイヤモンド社)等があるが、このオンラインジャーナルでも、今回紹介の本を入れて4冊(○印分含む)を既に紹介している。

 項目「企業の3つの側面」の事例では、表題が『株主主権のモデルは行き詰まった。それは好天用のモデルにすぎなかった』である。本文は「ネクスト・ソサエティにおいては、企業の三つの側面、即ち経済機関、人間機関、社会機関としての側面をバランスさせなければならない。この50年間に、これら三つの側面をそれぞれ重視するモデルが個別に発展した。ドイツの社会主義的市場経済のモデルは、社会的側面を重視した。日本の会社主義モデルは、人間的側面を重視した。アメリカの株主主権のモデルは、経済的側面を重視した。三つのモデルはいずれも不完全だった。ドイツ型モデルは経済の成長と安定をもたらしたが、失業率の上昇と労働市場の硬直性をもたらした。日本型モデルも長年に亘って成功を収めたが、1990年代の不況から容易に脱しえない原因となった。アメリカ型の株主主権モデルも行き詰まった。それは好天用のモデルであって、経済が好調な時にしか機能しなかった(後略)」(ネクスト・ソサエティ)。だからACTION POINTが問題となる。ここでは「あなたの組織を経済機関、人間機関、社会機関として評価し、それぞれについて問題点を5つあげてください。そしてそれを解決するためのプランを示してください」とある。著者は歴史の流れを冷静に見て、全体としての潮流とその国の独自性をキチンと捉えている。その視点の中心は「知識労働者が働く人たちの中核となったからには、企業が成功するには雇用主としての魅力ある存在でなければならい」と人間尊重を貫いている。

金言集の活用例(その3)   ―― 優良企業マネジメント事例からの勉強 ――
 この本で最も多く引用された著書は、eラーニング教材(知識労働者の生産性他)と「明日を支配するもの」「マネジメント―課題、責任、実践」「イノベーションと企業家精神」「ネクスト・ソサエティ」で、全体の53%を占める。更に、この本でとり上げられた企業は、40社あるが、一番多く登場した会社がGM(General Motor)とGE(General Electronics)とIBMである。これには確たる理由がある。1943年(著者34歳)に「産業人の未来」(日本版、1965年、未来社)を読んだドナルドソン・ブラウン(当時、GM副会長)が、GMの経営方針や構造について第三者調査を依頼した。以来、著者とGMの長い付き合いが始まる。この調査を元に「会社という概念」(日本版、1966年、東洋経済社)を書いている。そして1990年(著者、80歳)に、アルフレッド・スローン著「GMとともに」が再出版され、そこに「なぜGMとともには必読書なのか」の序文を書いている。50年以上の歴史である。GEとは、1981年にジャック・ウェルチ(当時、GE最高経営責任者)のコンサルタントを引き受けたことに始まり、5年間「ウェルチ革命」の指南役となった。そこで現在でも有名な「ナンバーワン・ナンバーツー戦略」の経営方針を生み出していている。実は、「ウェルチ革命」の裏に著者がいたのだ。次に、IBMであるが、1950年代に創業者の二代目のトーマス・ワトソン・ジュニアーのコンサルタントをしていた。そこで著者は「企業の最も重要な資源は知識労働者である」とか「労働力はコストでなく資源である」といったことを著書に残している。これらはIBMと長く関係していたので出た発想だと言われている。

 次にこの本には、先のドナルドソン・ブラウン(GM副会長)やトーマス・ワトソン・ジュニアー(IBM二代目会長)等の著名人が31人登場する。その中でもウィンストン・チャーチル、アルフレッド・スローン、ヘンリー・フォードが3回以上も出てくる。それだけお互いの影響力があったのであろうか。日本人では、ソニーの創業者である盛田昭夫氏がいる。チャーチル首相の場合は、項目「リーダーシップと危機」で、表題が『いかなる組織でも危機に襲われる。その時がリーダーに頼るときである』とある。本文では「20世紀最高のリーダーがウィンストン・チャーチルだった。しかし、1928年から40年のダンケルク撤退までの12年間、チャーチルは閑職にあって、殆んど無視されていた。(中略)そして危機に襲われた時、ありがたいことに彼がいた。幸か不幸か、いかなる組織も危機に襲われる。必ず襲われる。その時がリーダーに頼るときである。リーダーにとって最も重要な仕事は、危機の到来を予期することである。回避するためでなく備えるためである(後略)」(非営利組織の経営)。そしてACTION POINTは、「あなたの組織が直面する重大な問題を列記してください。問題の本質について率直に論議してください。対策をまとめてください」である。危機に直面して対処するのが、リーダーの責務である。その時リーダーの真価が問われる。PMに於いても全く同じである。常に危機管理を想定してプロジェクト対応が成されていれば、そんなにバタバタしなくてもスムーズに対処される。著者は、チャーチルに対して個人的な恩義を感じている。1939年に処女作「経済人の終わり」(日本版、1963年、東洋経済社)を出版した際、英国タイムズ社の書評にチャーチルが高く評価した結果、英米でベストセラーとなった。その後の著者活躍のスタートポイントになっている。こうしていろいろな角度からこの本を紐解き、日々見ていくと面白い発見がある。
(以上)