『見える化』  ―― 強い企業をつくる「見える」仕組み ――
(遠藤功著、東洋経済新報社発行、2005年11月11日、3刷、200ページ、1,600円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド)

 この本を手にして閃いたのは、「図解の久恒氏」と「マインドマップ」とトヨタ自動車の「アンドン・システム」で、これらの共通点は、情報の「可視化」である。参考までにインターネットで「情報の可視化」を検索したら、129万件もヒットした。その中で面白いものがあったので、幾つか紹介しよう。遺伝子情報の可視化はDNA解析で、これは最近色々とメディアで取り上げられ身近なものとなっている。感性可視化プログラミングというのがあったが、中身は定かでない。他に取調室の可視化(録音・記録化)というのがあった。警察と検察と裁判、加害者と被害者等との立場から情報の可視化という観点で世界的に論議されているようだ。更に、可視化情報学会というのが目にとまった。これは日本エム・イー(Medical Engineering)学会という医学・生物学と理工学の中間領域を研究する団体(1962年設立)の下部機構である。主に情報の可視化に重点を置き、「ビジアリゼーション・カンファレンス」を通じた活動を行っているとある。もう少し学問的に極めたい方は、今回紹介の本を読まれてから、こちらの学会を調べると面白い専門情報が得られる。

 図解の久恒氏に関しては、ここで3回も取り上げたので過去の資料を参照頂きたい(2003年1月号「図で考える人は仕事ができる」、2004年6月号「図解で実践タイムマネジメント」、2005年10月号「合意術、深堀り型問題解決」)。久恒氏は、可視化=図解の第一人者である。「マインドマップ」は30年前に考案されたもので、脳の可能性を引き出すグラフィックテクニックである。言葉、イメージ、数、論理、色、空間的知覚等をこのグラフィック化で、大脳新皮質を最大限に活用できると紹介されている。強力な情報の可視化ツールである。トヨタ自動車のアンドン・システムは、前回の「ウイニング 勝利の経営」でリーダーシップと危機管理の中で少し紹介した。これは自動車の生産ラインでトラブルが発生した時に使われるシステムで、現在でも使用されている。機能はいたって簡単で、トラブルが発生したことを上司や関係者にいち早く伝える表示装置で、どこで・何が・どうなった等が一目で分かる仕組みである。これも生産ラインという流れ作業での問題点を可視化して、関係者の注意を促し情報を共有化して、それぞれの対処が迅速にできる有効なシステムである。プロジェクトマネジメント(PM)においても、PMBOKやP2Mでの各開発フェーズで情報の可視化と共有化が図れる仕組みがシステム化されている。この本から改めて「見える化」(可視化)の意味することの重要性を認識して、PMと対比して読んで頂きたい。

見える化(基礎編)      ―― 問題の発見 ――
 この本で「見える化」を取り上げているポイントは、「見える化」の本質が見えていない(理解されていな)ということと、「見える化」することで問題解決されたと誤解している点を指摘している。そこで著者は、「見える化とは、安全や品質を管理する現場だけでなく、収益や新たな価値を生み出す企業活動を見える仕組みにする」と定義している。従って、具体的な「見える化」の方策は、各現場によって各職階層によってそれぞれ異なるものである。しかし、その共通ファクターはそれぞれの時点での問題点の把握にある。この問題点の認識こそ「見える化」の原点である。然らば、問題とは何か。この問題を2つに分けて考えている。一つは「通常の問題」である。標準や基準等の一般的なことに対して現状にギャップがある場合である。もう一つは「高次元の問題」で、あるべき姿(理想像)と現状にあるギャップである。これらのギャップがあるのかないのか等、問題認識することが「見える化」のはじまりである。PMでの開発スケジュールや当初予算に対して、計画通りなのか差異があるのか等々、状況(問題)を可視化して早く対処する方策を講じる。従って、プロジェクト(事業活動も含めて)は、早く、正確に、誰でも、いつでも、どんなことでも「見える化」の仕組みが機能しなければならない。

 次に「見える化」すると問題解決されるという誤解について、著者は4つの共通点を指摘している。どこの会社も情報の「見える化」(可視化)には、何らかの形で取り組んでいる。しかし、見えていないにもかかわらず、見えていると勘違いしている。先にもある通り本質が理解されていないと本当の「見える化」は実現されない。その一番目が「悪い情報が見えていない」点である。一般的に手柄情報や都合のいい情報は、直ぐ報告される。しかし、「悪い情報」=トラブル、事故、クレーム、営業の失注、開発スケジュールの遅れ等は、言いにくいので報告されない。「見せたくない、言いたくない情報」は、放っておくと見えない。だが、この「悪い情報」を早く発見・共有化すれば、手遅れにならず対処策は講じられる。こうして「悪い情報」こそ「見える化」しなければならない。二番目が「組織として見えていない」ものがある。一部の当事者だけが見えていても、組織=責任者(必ずしも経営者ではない)として見えていないと、その「悪い情報」が会社としての問題解決に繋がらない。三番目が「タイムリーに見えていない」ケースが多い。どんな情報でも「見える化」されていればいいとは限らない。即時性、タイミングは企業活動において重要な要素である。情報には「鮮度」がある。鮮度の落ちた(タイミングを失した)情報には価値がない。最後が「伝聞情報しか見えていない」こともある。「見える化」情報の内容と質の問題である。ここでは質として、本当に見えた(確認された)生の情報が必要である。何々と言われているとか、あったらしいといった二次情報には、事実関係や背景は憶測に過ぎない。情報内容の正確度も新鮮度も重要な要素で、情報の共有化によって「見える化」が実現する。見えていると思い込むのではなく、「見えていない」「まだまだ見えていない」と考えることから「見える化」がスタートすると著者は力説する。これを企業活動の中心に据えて収益を向上させて、年々企業進化・発展しているのがトヨタ自動車である。

見える化(中級編)      ―― 情報の共有化 ――
 「見える化」は問題点を発見して、情報を共有化する必要があると書いている。問題点の「見える化」は先の説明の通りであるが、どうして「情報の共有化」が必要なのであろうか。著者は、「問題を見える化」するために4つのカテゴリーがあるという。カテゴリー1が、「状況の見える化」である。この状況とは、企業活動の考え方や運営ルールが現場に徹底されているか、経営資源が適切に機能しているか等々、計画に対する実態がタイムリーに掌握できる仕組みでなければならない。企業内部の状況把握がポイントである。次のカテゴリーが「顧客の見える化」である。企業活動が、お客さまへの価値の増大でなければならない点から、「顧客の声の見える化」は必要不可欠な要素である。更に、企業から顧客を見るだけでなく、「顧客にとっての見える化」も必要である。産地情報、製品素材情報、有効期限等々の情報開示は、顧客の安全・安心を保障する「見える化」の仕組みで、双方の信頼関係を構築する大切なものである。カテゴリー3が「知恵の見える化」である。この知恵は問題解決の手段として、個人的なものから組織的なものも含まれるが、一般的には暗黙知である。これを形式知にして、会社全体の情報として共有することである。その結果、多くの人が問題解決のノウハウを身に付け、知恵が経験として生かされて組織進化する。以上の集大成された「見える化」は、「経営の見える化」のためである。更に、経営は体外的に、株主、取引先、地域社会やあらゆるステークホルダーに適切に情報公開する「見える化」の説明責任を持っている。こうした情報は、「共有化」されて組織として機能する。「見える化」は、「情報の共有化」によって組織や個人が進化・成長するのである。

 「見える化」が組織と個人を進化・成長させるという点に関して、著者は以下の視点から詳細説明している。「見える化」は、新たな事象や事実を知って人間的な「気づき」を発見する。この「気づき」が刺激となって、人間の思考回路が働きだす。一般的に新たな認識や疑問は、「考える」刺激を誘う。ここでの「思考」は、事実や事象から誘発されたもので抽象的・観念的ではなく、より具体的である。このプロセスは、人間本来の「思考」を育み成長を促進するものである。この「見える化」の情報共有から、新たな事実や事象を皆が知り、組織内の共通認識となる。その結果から、組織、職種、階層、世代等の会社内の壁を越えた「対話」が促進させる。更に、先の思考や対話から、新たな人間としての発想や知恵が湧いてくる。そして次に自分たちは何をしなければならないか考え、お互いに話し合って方向性や仮設を立てる。その結果は、実行して結果を確認したいという欲求を持ち、具体的な「行動」をもたらすのだ。「見える化」は、「気づき、思考、対話、行動」という一連の連鎖行動をもたらして問題解決につながることになる。「見える化」は、人間本来の意識と行動を変える重要な要素である。だから「見える化」は「情報の共有」を促進し、個人を育み組織を育み、最終的には企業・社会の発展に繋がるのである。

見える化(上級編)      ―― 問題の解決 ――
 著者は、「見える化」が組織や個人(人)を育み、結果として会社の成長・発展を促進すると指摘している。この点は、トヨタ自動車の事例が分かりやすい。いくら経営のトップが「見える化」を叫んでも、現場で実践されなければ何の効果も出ない。現場が必要だからこそ実践される「風土」が重要なポイントである。それを「自立的問題解決型組織」と呼んでいる。この組織を機能させる原点が「見える化」なのである。この「見える化」を実践した34の企業実例が、それぞれ異なる事象(問題、状況、顧客、知恵、経営の「見える化」)について紹介されている。参考になるので、幾つか紹介して見よう。先ず、若者に人気のある外食産業「和民(ワタミ)」の「店頭品質の見える化」である。現在455店舗の事業展開をして、介護や農業への多角化も進めている。その「和民」では、10年前から顧客アンケートからサービスレベルの向上を目指している。この種の話は、どの企業でも行われている。一般的には、担当者がアンケートの現物を読んで、要約や抜粋して集計した結果を論議するケースが多い。しかし「和民」の例は、毎週1000通近いアンケートを業務改善会議が現場でどう対処したかの現物(集約等加工しないアンケート用紙)を全員で確認している点にある。しかも現場統括者に「いつ誰が、どんな接客をしたか全て固有名詞で確認させる」指示を出している。従って、現場での接客対応が正確に伝わる仕組みである。このアンケートは、会社として気絶するほど重く受け止めなければならないとして「気絶のアンケート」と呼ばれている。こうした顧客の声を「見える化」してサービス向上に努める「和民」は、若者から支持されるサービルを続けながら発展している。

 次は、大手設備機器メーカーL社の「営業失注の見える化」の事例である。この商談の失注ケースを「見える化」に取り組んでいる会社は多々あると思う。これも一般的には、失注原因の犯人探しに終止して、中々次なる商談に生かせるケースが少ない。多くの営業は、組織でなく個人に委ねられる仕組み(売り上げノルマが営業マンの個人成績であり、それが収入にリンクされている等)となっているので、個人の判断で失注しても次の商談で挽回してプロセス情報が開示されない。こうした背景から、営業での特に失注情報は「見える化」を難しくしている。L社の場合は、営業活動を営業だけに限定しないで、設備機器の保守サービスマンとの連携を図り、顧客の動きやニーズ情報の把握を迅速にする仕組みを作った。一方営業サイドでも、失注報告を価格、性能、納期、機能等の要素だけでなく、「商談プロセス」についても詳細解析できる情報を追加した。提案の質やタイミング、顧客キーマンの取り込み、組織対応の問題点がどうか等々、「商談敗因理由の見える化」の仕組みを構築した。その結果、営業プロセスに問題があって失注したケースが4割もあることが判明した。従来、失注の大半の理由が価格、性能、納期等と理解されていたが、実は別な理由であった。その後L社は、失注勉強会を開催して失注の「見える化」から、新たな強い営業に変身している。「見える化」による問題の発見と、情報の共有化で組織と個人を成長させる仕組みは、どの企業にも、PMにも適用される強力なツールである。
(以上)