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「ルールはルール」

高根 宏士:1月号

 スケート競技の中で女子フィギュアは美しい。氷上で踊るバレーだが、バレーよりも滑らかさとスピードと華麗さがある。そして女性が最も美しく見える場のひとつである。この女子フィギュアで、最近の日本は非常に充実してきている。村主の優雅な舞、荒川の華麗なスケーティング、安藤のダイナミックな4回転、それぞれに個性的で素晴らしい。昔の日本にはなかったレベルの高さである。冬季オリンピックでメダルのチャンスは非常に高い。ロシアのスルツカヤ対日本選手という構図が現在の女子フィギュアの世界であろう。しかし現在の実績ではスルツカヤに一日の長がある。
 ところが今年のフィギュアGPのフランス大会で15歳の浅田真央が彗星のように現れ優勝をさらってしまった。そしてGPシリーズ上位選手によるGPファイナルでもスルツカヤ以下を抑え、堂々たる優勝を果たした。
 この浅田の優勝がいろいろな問題を提起した。発端は現在の世界トップになった浅田がオリンピックに出場できないことである。国際スケート連盟のルールではオリンピック開催前年の7月1日までに15歳になっていなければ出場できない。このルールは子供の健康のためである。浅田は9月25日に15歳になった。従って浅田には出場資格がない。先ず疑問に思うことはこのルールの趣旨からすると、GPに出場できて、オリンピックに出場できないことに矛盾がある。グランプリは毎年あるからルールを適用されてもそれほどの痛手はない。しかしオリンピックは4年待たなければならない。4年間トップの座を維持することはトップになることより数段困難なことである。
 またオリンピックの他の全ての競技にこのようなルールがあるかというとそうでもない。あるものもあるし、ないものもある。従ってオリンピックにおける基本のルールではない。
 次にルールとは何かということである。ルールは自然原理ではない。また神から与えられた戒律でもない。人間集団を維持するための約束事である。従ってそれは通常は守らなければならないが、ルールに問題があるときは現実を踏まえ、より妥当なルールに改善していく必要がある。トップの実績を持つものが出場できないという矛盾を孕んでいるルールは、浅田のケースをきちんと検討することによってルールを見直すチャンスになったはずである。ところがスケート連盟は動こうとしない。国際スケート連盟会長は「ルールはルール」といい、自らそれを改定する気はない宣言し、どうしてもそれを改定したいならば、日本から提起すべきだと言っている。日本はフィギュア強化部長の発言にあるように、国際スケート連盟に働きかけることは困難だとして動こうとしない。
 困難であっても、このようなことを事前に予想し、準備し、提起することが必要ではなかっただろうか。スポーツの世界ではルールの戦いと言われるほど、自国の選手が有利になるようルールの改定運動がなされている。例えば昔日本が圧倒的に強かった平泳ぎの潜水泳法を禁止する提案が欧米から出され、採用された。スキーのジャンプでの身長によるスキーの長さの制限もあった。これにより日本選手の力は相当制限されるようになった。欧米の役員は自国の選手が有利になるよう必死にルールを弄っている。それに対して、日本の役員は強化部長に象徴されるようにただルールを守るだけである。難しいといって、最初から働きかけることをあきらめている。これでは事務局を除けば役員は必要ないであろう。
 スポーツにおけるこのようなことはPMの世界でも頻繁に出てくることである。不可能な制約条件を与えられ、それが不可能だと判っていても、その変更をしようとしない。また上司からの命令に無理があっても、上司の命令と言うだけで反論しようとしない。それは客先を説得することが困難だとか、反論すると自分の身が危ないからという(自己保身)だけの理由である。最初から折衝することをあきらめている。そして失敗することに気づいていながら、それを無理に忘れようとし、プロジェクトメンバーを牛馬の如く使い、自分は仕事をしたと思っているマネジャーはいないであろうか。客先が分かってくれないのではなく、客先に分からせるだけのレベルで自分のプロジェクトを整理し、把握していないからである。折衝では困難と思われることでも、やってみれば半分は成功する。
 先ずはやってみることである。そうすれば成功することもあるし、失敗した場合でも自分のチームの結束に役立つのである。
 余談であるが、今年将棋界でフィギュアと反対の動きがあった。将棋の世界では25歳までに4段にならなければプロにはなれないという厳しいルールがある。このルールに一人のSE(瀬川昌司さん)が挑んだ。プロアマ対戦の実績を踏まえプロ資格を取れるように嘆願書を提出した。将棋連盟は特例として6人のプロと対戦し、3勝を挙げれば合格ということにした。彼は見事3勝し、プロになった。彼は偉かった。また将棋連盟も現実を見据え、これまで絶対のルールに特例を設けるという度量を示した。スケート連盟とは対照的である。