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プロジェクト・コミュニケーション・文化(第十回)

板倉 稔:1月号

  日本が強かった時の1990年に出版されたデマルコとリスターの本「Software state-of-the-art: Selected Papers」(Tom DeMarco and Timothy Lister, 1990, DORSET HOUSE PUBLISHING CO., INC.)の75ページに次の様に書いてある。
 「It was so huge and so fast and so functional. It was, in fact, the very online teller system that our largest bank were still trying and failing to build almost a full decade later.
 Lately, we have begun to take it for granted that there is much to learn from Japan about software. 」
 「意訳: バンキングオンラインシステムは、巨大で即時処理が必要で機能が沢山ある。実際、米国では、最大の銀行でも、未だに取りかかっては失敗している。日本に対してほとんど10年は遅れている。
 最近、ソフトウェアに関して、日本から学ぶことが沢山あるのではないかと思う様になった」。
 もう一つ2004年に出たクスマノ先生の本、「ソフトウェア企業の競争戦略」(ダイヤモンド社 2004年)では、日本のソフトウェア産業の作るソフトウェアの品質は、桁違いに良く、生産性も世界のトップ水準である。しかし、斬新な製品がでて来ない、グローバル化、標準化、サービスの効率化などビジネスのスケールメリットを創出することが苦手なため、売り上げの急成長と高い利益率の確保をなかなか実現できないと報告されている。 上の2つの話は、虫の視点で説明できる。
 まず、デマルコとリスターが述べていることについて考えてみる。虫の視点から見ると、行く手のルートに山(障害)が見えるとしよう。しかし、その山の奥にどのような障害があるかは見えない。多分、次々と障害が現れるであろうが、最初の山を登るのと同様に克服できると考えてスタートを切ることができるのではなかろうか。事実、1968年ころに、私も、リアルタイムについても、バンキングやプロジェクトについても、ほとんどなにも分からない状況でプロジェクトを開始して、なんとかゴールにたどり着けた。もし、ルート上の障害が全て見えてしまうと、第一歩を踏み出せなくなるのではなかろうか。勿論、神の視点から先のことが見通せるわけてではないが、この視点の違いがD ;YWK 影響をしていると考えている。
 第二に、歩き始めて途中で障害にぶつかったときに、虫の視点で奥行き方向にものを考える考え方が、解にたどり着きやすそうだ。新しい問題にぶちあたったときは、虫の視点が強い。対象が決まった時には、必要な情報を手に入れ、トコトン考える。つまり、奥行き方向に考えることで解がえられる。これに対し、既障害やそこからヒントをもらうのは、神の視点の方が上手そうである。
 次にテーマ、クスマノ先生の話に進もう。これは、自分のまわりだけ見て、チマチマし奥行き方向に詰めて生産性や品質を高めるが、横に広がらないと言う虫の視点そのもののように思える。
 数年前、フィンランドで「欧州ソフトウェア品質会議」(EOQ)が開かれた。フィンランドのあるベンチャー企業を訪問した時、実にビックリした。ビックリしたか中身は、2つあった。第一に、この程度の機能のものを世界にだしているのかと言うこと。第二に、このベンチャーは自国(フィンランド)など初めから相手にせず、世界に売ることだけを考えている。結果は、第一ユーザが米国、第二ユーザが日本と言うことであった。彼らは、大学をでた後、米独に留学やアルバイトで鍛えてきた。初めから世界にでる為に努力をしている。
 この程度の機能と言ったが、その機能とは、携帯に質問を出し、携帯から答を得ると言うものである。
 日本には、この程度のソフトは山ほどある。しかし、ほとんど全てが特定顧客向きに作られ、世界を視野に入れていない。これは、虫の視点の欠点であり、加えて日本経済が大きいので、外にでる必要性が薄かったからだと考える。
 日本には、世界商品になる可能性の高い製品は沢山ありそうだ。虫の視点で作ったエレガントで気配りの行き届いた製品を、神の視点で世界に売ると言う風にいきたいね。

 
板倉稔
「スーパーSE 板倉稔のホームページ」
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