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まい ぷろじぇくと(9) プロ野球日本シリーズ

 2005年プロ野球日本シリーズは千葉ロッテマリーンズの4連勝という圧倒的な勝利で終りました。阪神タイガースファンの一人である私としてはとても残念な結果です。
しかし、このような結果になるであろうことは私なりに想定内でした。くやしまぎれに後付けで言っている部分もほんの少しはありますが、シリーズの開始寸前にプロジェクトマネジメントの切り口から両チームの状況を見たときに、二、三の気がかりな点があったからです。それは阪神タイガースの勝利を期待するには不向きなものばかりでした。

 一つめは、マラソンにたとえるならば、セントラル・コースの40km地点までに競争相手のすべてが脱落して勝利が確定した縦縞シャツのランナーが、規定にしたがって残りの2.195kmを完走すべくパ・リーグのランナーの到着を競技場ゲート前の合流地点で寝転がってTVを見ながら待っている、そこに42.195kmを一挙に走りきるつもりの肉体的・精神的ペースを保ち続けたランナーが到着して、心身ともにクールダウンしきった状態の待機ランナーと同時スタートで残り2.195kmを競り合うといった異質の競合条件設定。

 二つめは、このような競合環境下でのマネジメントの違いです。結論からいえばロッテマリーンズのバレンタイン監督はプロジェクトマネジメント風のセンスで戦いに臨み、阪神タイガースの岡田監督は定常業務のマネジメントで臨んだということです。
 両チームはレギュラーシーズン途中のセ・パ交流試合でほぼ互角の戦いをしました。チームの総合戦力とか選手個人の力量に大差はないはずです。両チームとも頻繁にリーグ優勝を重ねる「剛の者」ということでもなく、日本一にも縁遠い存在でした。そんなドングリの背比べみたいな日本シリーズでこれだけの大差はなぜ? 勝手に言わせてもらうならば「マネジメントの質の違い」これに尽きます。
 レギュラーシーズン146試合の内の85〜90勝するためのマネジメントと、短期間に7戦して先に4勝しなくてはならないマネジメントとの戦略面での質の違いを、岡田監督とそのスタッフはもっとクールに戦略的に考慮する必要がありました。
 レギュラーシーズンならば146試合を分母にして優勝の勝率を計算しながらのマネジメントが基本になり、シーズンを通して50程度の負け試合を容認しながらの試合運びが可能です。ポートフォリオ風のマネジメントとでもいうのでしょうか。しかしながら、7試合を前提とした日本シリーズの戦い方は先に4勝を勝ち取るマネジメントが不可欠となります。7試合を分母として全体を考える余裕はなく、分母は4試合ということになります。1勝ごとに25パーセントづつ勝率を重ね、相手より早く勝率100パーセントの獲得を競うプロジェクトです。契約による外販プロジェクトのように一つひとつを着実に成功させて適性利益を確保しない限り企業経営が成り立たないのと同じような考え方です。
 プロジェクトの開始に先立つキックオフ・ミーティングになぞらえるならば、ロッテのバレンタイン監督は「どんなに戦っても7戦勝負、その時点で調子を高めている者を中心にスターティングメンバーを組む。日替わりもあり得る」、一方タイガースの岡田監督は「レギュラーシーズン通りのメンバーを主体に考える。これでリーグ優勝を勝ち取ったのだからその調子でがんばっていこう」、まあこんな調子で戦いの場に臨んだのでしょう。

 三つめは、二つめとも関連しますが、投手の先発予告です。バレンタイン監督のデータ重視野球からすれば人の良い岡田監督の予告容認は「まってました」といわんばかりだったでしょう。だれが先発投手かは戦略面で大きな意味があるのにもかかわらず相手のデータ収集・分析能力を見過ごした岡田監督指揮下の阪神タイガースは、戦う前にすでに相手の思う壺にはまってしまったということです。
そしてシリーズの流れを決める大切な第1戦に岡田監督はレギュラーシーズンのローテーションにしたがって井川投手を先発させました。これがタイガースにとっては2005年日本シリーズプロジェクトのフロントエンドにおける手違いです。
 井川投手のレギュラーシーズンの成績は13勝9敗、短期決戦が前提のプロジェクトマネジメントで評価するならば、せいぜい4勝程度のフツウの投手です。関わったプロジェクトの内の13には成功したが9は失敗したということ。もちろん野球はチームプレーですから敗戦の責任を先発投手だけに帰するのは過酷というものですが、この敗戦の多さは短期決選での勝ち試合の可能性をきわめて低下させることに通じます。このように見るならば下柳は12勝投手(15勝3敗)、安藤でさえ6勝投手(11勝5敗)です。4勝程度の投手を初戦にもってきたことで案の定ロッテ打線にメッタ打ちに遭い、「タイガースのエースってこんなもの?」とロッテ若手を乗せてしまったということです。レギュラーシーズンの結果からしても、井川投手へのチームメンバーの信頼感が希薄であったことは容易に想像できます。「やっぱり」といった雰囲気が初戦からすでにチーム内に広がり意気を消沈させたとも考えられます。

 パ・リーグのプレーオフ制度にも大いに疑問がありますが、ここで私がとやかく言ってもはじまりません。米国のような数時間もの時差のある広大な地域で、特定地域をフランチャイズにして多数の球団が地域ファンのサポートのもとに存在する、このような環境下での地域別プレーオフ、リーグ別プレーオフそして最終的にワールドシリーズで覇者を決める、かかる制度には納得できます。日本のように狭い国土に12の球団がひしめき、しかも人気チームは地域にとらわれずファンが全国展開しています。このような状況のもとでのプレーオフというのは、どう考えてもいかがなものかといったところです。

 いずれにしても、岡田阪神にはプロジェクトマネジメントのセンスをも会得して日本一になってもらい、そして私に認知症の症状が現れないうちに、六甲颪の大合唱が響き渡る御堂筋に晴れて堂々のパレードを繰り広げるそんな光景をぜひ見せてほしいものです。