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幸せを感じる力

井上 多恵子 [プロフィール] :10月号

 最近、「幸せを感じる力」についてよく考えるようになった。今回この原稿を書くにあたり、最初は「幸せになる力」というタイトルを思いついたが、最終的に「幸せを感じる力」に変えた。というのも、「幸せになっている」と言えるかどうかは人によって定義が大きく異なるからだ。自分では幸せだと思っていても、他人から見れば「そうは見えない」と言われることもあるだろう。でも「幸せを感じるかどうか」は、その人自身の心の状態次第だ。そう考えると、幸せ“になる”よりも、幸せを“感じる”ほうが、ずっとハードルが低く、手に届きやすい気がした。
 きっかけは、数週間前に目にした和光の広告だった。アショカダイヤモンドをカメラのファインダーに見立てた「ASHOKA©FOCUS」というシリーズで、「自分の内面を照らし、輝く人生を手に入れるための華やかな光を、肌身離さず身に着けたい」と書かれていた。内面が輝いている人の人生は輝く。輝く人生を歩んでいる人は、きっと幸せなのだろう。そんな言葉に触れ、「幸せ」というテーマが心の中で動き始めた。
 その後聞いたメル・ロビンスのポッドキャストで、スタンフォード大学のケリー・マクウォンニガル博士が「人はどんな状況でも喜びを感じる力を持っており、喜びを感じる存在に値する」といったようなことを語っていた。博士が紹介していた方法の中で、私が最もシンプルだと思ったのは、「喜びを感じた瞬間を探すこと」、言い換えれば「幸せな瞬間を探すこと」だった。
 昨日、寝る前に「今日の幸せだった瞬間」を探してみたら、いくつも出てきた。夫が夕食の献立を考え、食材を準備し、美味しく料理してくれたこと。二人でワインを開けて乾杯したこと。その後、好きな映画を少しだけ一緒に見られたこと。午後、外出先からGoogleマップを使って迷わず帰れたこと。
 私は方向音痴で、Googleマップを使っても道に迷うことが多い。何度挑戦してもダメだったので、誰かと外出する際は、いつも相手に頼りきりだった。スマホの画面がすぐ暗くなる設定や、乱視気味で歩きながら画面を見ると気持ち悪くなることも、言い訳にしていた。しかし最近、スマホの設定を変えたことで画面が消えず、通信量も気にせず使えるようになった。昨日は時間に余裕があったこともあり、「迷っても運動になる」と思いながら、小さなチャレンジをしてみた。すると、はじめて問題なく家まで帰ることができた。他の人にとっては何でもないことかもしれない。でも私にとっては、大きな壁をひとつ乗り越えた経験だった。昨夜はその達成感を「幸せな気持ち」とともに、じっくり味わった。
 私は器用なタイプではない。でも、一つのことを掘り下げて得意にしていくことはできる。成功体験を丁寧に振り返ったことで、「Googleマップを使うこと」も、もしかしたら今後得意領域にしていけるかもしれない。
 昨日読んだ記事で、松本伊代さんが「料理が苦手」と公言していると知ったことも、私にとっては小さな幸せだった。私も料理が得意ではなく、それを恥ずかしいこととして、周囲にはあまり知られたくないと思っていた。でも隠そうとすることは、自分らしさから遠ざかることでもある。有名人が公言してくれることで、「別に知られたっていい。私には他にできることがあるのだから」と思えた。
 こうして点と点がつながるように、「幸せ」について考えていると、いろんな気づきが浮かんでくる。反対に、意識しなければ流れてしまい、「代わり映えのしない毎日」になってしまう。
 朝、元気に起きられることも小さな奇跡だ。災害で家を失った方々がいる中、私は日常生活を普通に送れている。その事実だけでも、もっと幸せを感じられるはずだ。
 博士は「自分が幸せを感じ、その幸せを周りに分け与えることで、幸せは連鎖する」と言っていた。確かに「あの人といると元気になる」と言われる人がいる。私もそんな存在になれたらと思う。
 一方で、私の課題は“気合が続かないこと”。何かがきっかけで、「やる気120%」になっても、しばらくすると、すぐに「眠い」「つまらない」とネガティブな言葉を口にしている。あるいは口に出さなくても、脳内で言葉を発し、だらだらとしてします。この原稿を書くことも、エネルギーがいることなので、ついつい後回しにしてしまい、〆切に間に合わず関係者の皆様に迷惑をしょっちゅうかけている。でも、書くことによって、自分の考えが整理されている。強制されないとさぼってしまう「振り返りの機会」をこの原稿を書くことで、毎月頂けている。こういった「振り返りの機会」や誰かの言葉などを通じて、下がった気持ちを上げ、上がったり下がったりを繰り替えしながらも、少しずつ上向きの曲線を描き、「幸せを感じられる」瞬間を自分自身も、そして周りに対しても増やせるよう、日々を過ごしていきたい。

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