|
けんぐゎい
(朝倉 かすみ著、(株)光文社、2026年7月30日発行、第3刷、309ページ、1,800円+税)
デニマルさん : 10月号
今回紹介の本は、第175回(2026年上半期)直木賞を受賞している。今年7月15日に新聞発表され、8月21日に贈呈式が行われた。記者会見で直木賞選考委員を代表して辻村深月さんが選考経過を説明している。最初の投票で『けんぐゎい』(朝倉かすみ著)と『見えるか保己一(ほきいち)』(蝉谷(せみたに)めぐ実著)に絞られ、決選投票で『けんぐゎい』が満票だった。受賞作は、時代小説でありながら不思議な読み心地で「世界観が完成されている」と評価。「社会で虐げられる女性たち」という、現代にも普遍的なテーマを取り上げ、「技巧を超えて、虐げられ、どうにもならなかったものに対してあらがい、圧倒したいと願うパワーがあった」と述べた。これに対して盲目の学者・塙(はなわ)保己一が主人公の蝉谷作品は「大変な野心作。評伝にせず、保己一の視点と晴眼者との間(あわい:微妙な空間)をキチンと描いていた」と高く評価した。ただ、学問の研究に関する描写が足らないとの指摘もあり、ダブル受賞とはならなかった」と述べている。その結果、朝倉氏が受賞に輝いたが、65歳での直木賞受賞は女性の最年長記録であったという。(男性の最年長受賞記録は、第102回(1989年)の受賞作『小伝抄』で、星川清司氏は68歳)。ご参考までに芥川賞受賞は、『ゾンビ回収婦』(小砂川チト著)で、朝倉氏と同様3度目の候補入りでの受賞である。
さて今回紹介の主人公・ふゆは、醜い痘痕(あばた)に引け目を感じて生きているが利発な子女とある。幼い頃に父を亡くしたが、その後手習いの師匠のもとに手伝いに出される。そこで養子の宗三郎と出会ってからの物語である。昨今は痘痕という言葉に触れる事が殆どないので、少し痘痕について調べてみた。先ず痘痕と言う字を筆者は恥ずかしながら読めなかった。辞書には『あばた【痘痕】(梵語〉arbudaの転)痘瘡(とうそう)が治った後に残るあと。また、それに似たもの。→あぶた』(広辞苑、第五版)とあった。またインターネットには『痘痕は(とほこ)とも呼ばれ、主に天然痘(てんねんとう)によってできた痕、すなわち肌に残った小さな瘢痕(はんこん)を指します。漢字は「痘(あばた)」と「痕(あと)」から成り立っている。歴史的には天然痘が流行した時代に広く使われていた』とある。従って、病後に痘痕が残った人は女性に限らず一生負い目を負った(差別を感じる)生き方を強いられる人生となるか。本書のストーリィ概要と「けんぐゎい」については後述します。
著者をご紹介しましょう。1960年の北海道小樽市生まれ。北海道武蔵女子短期大学を卒業。卒業後はさまざま仕事を経験し、30歳で小説を書き始め39歳で結婚し、40歳で作家デビューする。2003年『コマドリさんのこと』で第37回北海道新聞文学賞。2004年『肝、焼ける』で第72回小説現代新人賞を受賞。2009年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。2019年『平場の月』で第32回山本周五郎賞を受賞し、映画化(監督:土井裕泰、主演:堺雅人)されて話題となる。2024年『よむよむかたる』が第172回直木賞候補となり、今回の第175回で直木賞を受賞。他に『にぎやかな落日』『棺桶も花もいらない』など。
けんぐゎい(その1) 「けんぐゎい」とは?
本書の題名が「けんぐゎい」とあり一見どんな意味かと訝る。そこが著者の狙いなのか。先ず本書の舞台は江戸後期(文政期)の時代小説である。著者は文章表現も江戸風を意識して書いたという。「けんぐゎい」を漢字にすると「圏外」である。この点に関して『西の方の発音が「けんぐゎい」で、東で使うとチョットかっこつけた言い回しになると感じたので使用した』と語っている。更に、著者が敬愛する作家(桐野夏生さん)の作品『OUT』(1997年、講談社)を意識して本書を書いたともいう。もう少し「けんぐゎい」を探り、著者の意図を見てみたい。先に紹介した主人公・ふゆや登場人物が、社会の「圏外」に置かれた状況で生きる様子が描かれている。例えば、痘痕や社会的な制約によって差別や疎外を受けた女性たちが「けんぐゎい」に押しやられ自らの生き方や尊厳を模索する場面も描かれている。このように単なる物理的な外側ではなく、社会的・心理的な境界を超えた存在を表す言葉として使われている。この状況は江戸から現代に代えても余り変わっていない様にも見て来る。具体的には「容姿によって人の価値を決めるルッキズム」、「女性の人生を家や男性が決める家父長制」、「性暴力と被害を受けた女性の尊厳」、「社会の中心から外された人の居場所」等々。現在にも残る差別や生きづらさに関して、我々に問いかける作品としても読む事が出来る。
けんぐゎい(その2) ガストホイスを目指す?
本書は前半部分で「けんぐゎい」に置かれた人の虐げられた状況を克明に描き、後半部分は「けんぐゎい」から脱却しようとして光明を感じさせる物語である。主人公・ふゆの置かれた環境や人間関係から「けんぐゎい」の実態が見えて来る。母親・おはつは、早くに亭主を亡くし女手で二人の娘を育て、借金返済を際どく凌ぐ生活に追われている。妹・りよは、器量は良いが「逆上(のぼせ)癖(自律神経失調)」があり、その後、奉公先の船宿主人の妾になる。また、ふゆの仲間で女中・こつるも、手習い師匠の宗三郎に弄ばれる。こうした環境で、主人公・ふゆも手籠めにされ、痘痕を理由に「けんぐゎい」と罵られる。やがて妊娠が分かると、堕胎する条件で金を渡され産科医へ追い出される結果となる。この時点からが後半部分となり、事態が大きく動き出す。そのサブタイトルが「りんぼ」と「ガストホイス」と「かわぃぶつ」の三章に亘って書かれてある。詳細はお読み頂きたいが、余り聞き慣れない「ガストホイス」について本書の文中から拾ってみましょう。「同国中に『ガストホイス』という府あり、明人病院(みぃうじんびょういん)と訳す。(中略)病者は、貴賤となくここに居しむ。医師、看病人、寝具、病架にいたるまで備え置く」(「紅毛雑話」森島中良著の阿蘭陀の話)から、現在の“病院”のことである。その病院の責任者で産科医に助けられる。主人公・ふゆは、過去に虐げられた仲間を集めて病院で「けんぐゎい」の人々を助ける活動を始める。「けんぐぁい」が普通の人を助けるのだが、詳しくは読んでのお楽しみである。
|