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PMプロフェッショナルへの歩み―16
前月号でルピアの下落に伴う事業への影響について話をしました。
いずれにしてもルピアの低止まりは変わらなく、現状では企業努力だけではいかんともし難い状況となってしまいました。そのため、コンセッション契約の相手であるインドネシア電話公社(PTT)に他のPFI事業者と一緒になって、筆者も責任者の一人としてその会議に参加し、契約書上の義務やPTTとの利益配分についての見直しをかなり強い姿勢で要望を行ったりしました。
しかし、PTTもこのような状況の中、全く手の打ちようがないようで、各事業者はこのまま事業の継続をすることでこの会議は不調に終わりました。
我々の会社も嵐の中の小舟の如く翻弄されている状態であり、かつ事業の航路を決めるかじ取りもステークホルダーの利害が絡んで思うに任せず、結論を出せないまま時間が経過するばかりでした。
一方、このタイの金融危機から始まったアジア全域の経済的混乱はインドネシアをも直撃し、日本では想像もつかないようなショックに国中が震えるような状況でした。
我々日本人はドルまたは円ベースで給料は支払われていたので、物価が与える影響はさほどでもなかったが、インドネシア人には大きな衝撃になっていました。
例えば、買い物などをするとちょっと価格が張るようなものを買うとなるとルピアの束をもって買い物に行くようなことになります。
このような状況の中でインドネシアの経済の悪化も進み、インドネシア政府とIMFの確執が続き、ルピア安、それに伴う物価の上昇も続き、失業者も増加し、この先この国はどうなるかと、毎日心配するばかりでした。
この時点でも、我々の会社の工事進捗は一時ほどの大きな進捗はなくなってきていたが、一応電話公社がデフォルトの条件としていた数値はクリアーしていたので問題はありませんでした。しかし、このままルピア安が続き、為替ヘッジを3000ルピア/ドルとしても企業採算が悪化することも十分考えられます。
一方、プロジェクトの現状は為替の変化により、金融的な危機が発生し始めているので、本事業の株主代表と筆者も含めた役員でMonetary Crisis Teamを結成し、① 事業規模の変更及びそれに伴う工事業者や協力会社との交渉 ② 電話公社との交渉 ③ ビジネスプランの変更の策定等を共同で行うことになった。
その結果、このチームの努力により工事業者や協力業者との支払いに関する交渉の結果現在の手持ち資金で本事業を追加投資なしに進められることの目途が付きました。
一方、金融機関に対してはシンガポールに関係する30行の銀行に集まってもらい、我々の会社の現状について説明をしました。
各銀行はインドネシアにおける当社以外の事業エリアを請け負っている各国のPFI事業の状況があまりにもひどい状況なので我々の事業も同じものと考えていたようでした。
しかし、銀行も我々の事業の進捗率の圧倒的な健全さが他の事業と比較し問題ないことがわかり、最初は険悪な状況であったが、最後は我々の説明に納得をしてもらうことができました。
こんな時、全国各地にて学生による政治改革やデモの集会が毎日のように新聞で報道されるようになりました。
しばらくするとジャカルタを中心に学生を中心とする暴動に発展し、この暴動がきっかけでスファルト大統領体制が崩壊することになり、同時にインドネシア通貨もさらにひどくなりました。
このような先の見えない状況の中でも筆者の事業会社は荒波に向かうことになるが相変わらず沈没せずに何とか健全な経営状態を保っていましたが、ビジネスプランの見直しにより、今年後半にいよいよ本事業のキャシュフローも底をつき、Money shortが発生することが確実であることがわかりました。
この頃の工事の進捗は無線をのぞいて90%に近い進捗率であり、今年いっぱいで完了となる目途もついていました。
このように、政府関係の問題、為替レートや暴動そしてインフレ等、PFI 事業に影響のある想定外事象が次々に起きたが、会社役員及び株主もこの荒波に奔走しながら沈没しないで頑張っていました。
一方インドネシアの政治状況も経済情勢も相変わらずであったが、ビジネスに影響する為替レートは、10,000ルピア/ドルになるといわれていたがここにきて10,000を切り、9,500になりました。
政府筋の発表では7,000~8,000ルピア/ドルになるとも言っているが、いずれにしても事業の当初のレート2,000ルピア/ドルから見ればまだまだの感があります。
いよいよ、我々の経営努力もいよいよ限界となり、キャッシュフローのショートを目の前にしながらの工事であり、支払いも充分でないために工事進捗も落ちて来ました。
また、会社の収入原資である追加回線の要求や公社からの要求も多く舞い込み、頭の痛い日々が続きました。
建設の最終段階に来ると想定外の事象や要求が多々発生することは経験からわかっているので、建設本部としてはその対処のためのコンテンジェンシー(Contingency)を予算に計上していたが、それでも予算的に苦しくなってきました。
このような状況の中、ジャカルタにおいて当社役員と株主との合同会議が開催され、ビジネス進捗報告及びファイナンスプランについての打ち合わせが行われました。
この時は事業そのものの原資となる通話料金収入はおおむね良好な回線設備工事の進捗により順調に推移していて、ルピアベースでも予定以上のものになっていました。これは建設本部の回線建設の進捗が予想以上に良かったことに起因しています。
それでも将来の設備工事を進めるにあたっては資金的な問題もあり、各社株主のファイナンス追加投資にかかわるファイナンスプランについては次のようなシナリオが出されていました。
- ① No Equity, No Loan, No Budget for Line Construction
(実質的な工事ストップ及び回線販売ストップ)
- ② No Equity, No Loan
(資金ショートとなり工事ストップ)
- ③ Equity,投入
(工事続行)
- ④ Equity, Loan投入
(工事続行)
オーストラリア側とインドネシア現地企業株主はこのシナリオの①または②を採用することで決めたいとの意向を示していました。
筆者の出身母体のN社とインドネシアの大手通信企業の株主は③または④で最後まで建設も販売も行うという意見を持っていました。
この時の工事進捗状況は交換局も伝送線路と言った主要設備は100%に近い進捗率でしたので設備建設本部として若干未完成の部分が残っていたがやむを得ず①及び②の意見に折り合いを付けました。
しかし、筆者の本部としては収入源の回線には未完成の部分があったが、筆者の判断で切りの良いところで工事の中断をすることとし、為替の変動が終息したところで残りの回線の工事ができるような後始末を行い、日本人とオーストラリア人は少しでも為替の影響がないよう(給料や経費がドル支払いだったため)一部社員を残し、早めに帰国することになりました。
最初はこの事業の混乱の調査とその制定のためのトラブルシュータとしてこのプロジェクトに関係し、その内この混乱が原因でこの会社の社長と建設本部長が解任され、それに伴い、急遽このトラブルの解決策の言い出しっぺである筆者が建設本部長に任命され、この事業の中心となる設備建設の責任を持たされることになり、すでに説明のようにこの事業にどっぷりつかることになりました。
何とかプロジェクトマネジメントノウハウを利用し、この事業の運用をうまく捌いてきましたが、途中のタイから発生の金融危機に伴うインドネシアの為替変動や政変に巻き込まれ苦労の連続でした。そして、多国籍企業でのプロジェクト(事業)運営経験や投資家との交渉等々様々な企業文化や習慣の違いを乗り越えて100%とは言えないが最後まで無事当初の予定をやり遂げたこの3年半でした。
この経験は中部ジャワ全域の広範囲にまたがる電気通信設備建設をそれぞれの国の投資家や銀行をそして政府を巻き込み為替変動といった厳しいプロジェクトを取り巻く環境の中での活動は筆者のプロフェショナルPMへの歩みをさらに一歩高めたような気がします。
来月号は全くプロジェクトと言えないスリランカでの業務経験についての話をします。
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