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資格に逃げない力

井上 多恵子 [プロフィール] :2月号

 「今度、こういう資格を取ろうと思うんだ。」先日、久しぶりに知人と会ってお茶をしていたとき、彼女が口にしたこの一言に、私は思わずこう返していた。「え? もう資格は十分持っているじゃない。これ以上資格を増やすより、実践でどう生かすかを考えたほうがいいんじゃない?」
 彼女は、とても勉強熱心な人だ。すでにキャリアコンサルタント、コーチング、異文化交流、通訳ガイドなど、いくつもの資格を持っている。実務経験も豊富で、英語力もあり、グローバルプロジェクトにも数多く関わってきた。海外から来た人を日本でもてなす役割も何度も担ってきた。社内講師としても複数の講座を受け持っている。将来独立したとしても、講師として十分にやっていける資質が、すでに備わっていると私は思っている。
 それなのに、彼女はさらに別の資格を取ろうとしているという。「どうして?」と私が聞くと、彼女はこう言った。「自分を武装したいんですよね。資格を持っていると、安心するじゃないですか。」その言葉を聞いて、私は言った。「それって、資格に“逃げてる”ってことじゃない?実践でトライして、うまくいかなかったらどうしようっていう気持ちもわかる。でもそれだと、なかなか社外で講師としてやっていく道は厳しいよ。」厳しい言葉だったが、彼女に後悔してもらいたくなくて、私の経験を踏まえてこう伝えた。
 このやりとりをしていたとき、私は先日観たあるドラマの一シーンを思い出していた。デビューを目指すボーイズグループを描いた作品で、プロデューサーがマネージャーにこう言う場面があった。「そんなにたくさん企画案を考えていたのなら、なんで今まで実行していないんだ?」大量の資料を見せながら「ずっとプロモーション計画を考えてきました」と言ったマネージャーに対し、プロデューサーはこう続ける。「失敗したら、彼らの人生を背負うことになる。それが怖かったんじゃないか?」
 資格も、企画書も、どちらも“準備している自分”を守ってくれる。まだ実行していない自分を、正当化してくれる。けれど、その内側には「うまくいかなかったらどうしよう」という恐れが、静かに潜んでいる。
 もちろん、私は資格そのものを否定したいわけではない。資格は、扉を開けてくれる力を持っている。私自身、プロジェクトマネジメントの資格があったからこそ、プロジェクトマネジメント関連団体で教えることができている。国家資格であるキャリアコンサルタントの資格がなければ、できない仕事もある。けれど、2023年に独立してからの私を本当に支えてきたのは、資格そのものよりも、トライして、失敗して、修正して、またやってみる――その繰り返しで培ってきた実績、人脈、そして信頼だ。
 以前、ある講義で「講師として活躍するためには、修士号か博士号を持っていたほうがいい」と言われたことがある。でも、そのために何年もの時間を使いたくなかった。それよりも、その時間を、現場で人と向き合い、実践を通して自分を磨いていくことに使いたいと思った。そして私は、資格を“集める”よりも、学んだことを“消化して使う”ことを選んできた。修士号や博士号を持っていたら、別の景色が見えたかもしれない。でも、持っていなくても、私は今、十分満足のいく仕事ができている。
 今、目の前にいる人に、何が一番必要なのか。その場で、自分の引き出しから一番フィットするものを出す。たとえば英語コーチングのセッションで、相手がマネジメントに悩んでいるなら、マネジメントに関する質問やアドバイスを英語で行う。キャリアに悩んでいるなら、キャリアコンサルタントとしての知見を活用する。但しキャリアコンサルタントとして接しているという建付けではないので、ルールに縛られることなく、自由にかかわることができている。
 もし今、「不安だから、もう一つ資格を取ろうかな」と思っている人がいたら、こう伝えたい。勉強すること自体は、もちろんいい。でも、資格を取ったからといって安心して立ち止まらないでほしい。私自身、過去に資格に頼ろうとしたことがある。多額の費用と時間をかけてあるスキルを教える資格を取った。資格を持てば、仕事の依頼が自然と来るものだと思っていた。しかし、自分で集客しなければならず、その上集客できたら協会にライセンス料を支払う仕組みだった。
 その痛い経験を経て、私は「資格を増やす」方向ではなく、「今まで培ってきた力で、確実に結果を出す」方向へ舵を切った。それは大正解だった。成果を出すことで口コミにつながり、そこから次の仕事の依頼が来る。その積み重ねで、今は安定して仕事をいただける状態になっている。
 だから皆さんにも、こう強くお勧めしたい。本当に必要な資格を得たら、それらをどう生かすかに意識を向け、目標に向けて小さくてもいいから、一歩踏み出してみることを。

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