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「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ(その4)
~「きぼう」で犯罪が起きたら、日本の法律で裁く?~

長谷川 義幸 [プロフィール] :4月号

 今回もISSの法的な位置づけの続きをお話します。

〇刑事裁判権 (*1) (*2) (*3)
刑事裁判権  IGAの法律専門家会合で搭乗員の活動で次のようなことが議論になりました。多数の人間が長期間共同生活を行うのだから“暴行や殺人、窃盗などが起きたり、クルーの間でカップルが誕生する”といったことが起こりえるのではないか、その場合どの国の法律が適用されるのか、さらに子供が生まれた場合には、国籍はどうなるのか、といったことでした。
 各国の法律の専門家の間では“想定しうる様々な事例について、刑事管轄権や民事管轄権をどのように設定すればよいか”の議論が相当詳細かつ具体的に行われました。しかし、議論をすればするほど、実態からはずれていく可能性があり、また包括的な規定が難しいことも明らかになりました。
 さらに、ロシアが参加して、“自国の英雄である宇宙飛行士を他国の刑事管轄権下におくことはできない”との強い主張が出てきて、協議した結果、最終的には次のような内容になりました。

 「ある国の宇宙施設内で盗難などの犯罪が発生したときの刑事裁判権は、宇宙施設を持つ国が刑事裁判権をもつが、一方、犯罪を起こした宇宙飛行士の属する国も刑事裁判権を主張でき、どちらが裁判をするかは協議による。」(新IGA第22条)

 要は、“宇宙飛行士がすべての関係国の犯罪に関する法律を知っていることは不可能であるし、一方、どこで犯罪を起こそうと、その犯罪者が所属する国が裁くということも不合理であるということから、属地主義と属人主義(国籍主義)(注)の折衷案をとったような形になっています。

(注)
  • 属人主義 : 自国民による犯罪に対しては犯罪地を問わず自国の刑法を適用する。(日本の刑法もこの主義)
  • 属地主義 : 犯罪が自国国内で行われている限り、何人に対しても自国の刑法の適用をする。

〇ISSでの宇宙犯罪容疑発生 (*4) (*5)
 2019年8月、NASAが「ISSにおいて最初の犯罪」としている事件が発生しました。
 ISSに滞在中だったアメリカ人女性宇宙飛行士が、離婚訴訟中のパートナーの銀行口座に不正にアクセスしたという疑いで、NASAが調査に乗り出したという報道がでました。
 「2018年12月から2019年6月までの約半年間、ISSに滞在していたアン・マクレイン飛行士が、ISSからパートナーの銀行口座に不正アクセスした疑いがかけられています。
 ISSにはインターネットが敷設されており、データ中継衛星経由で地上と接続できるので、宇宙飛行士は地上のインターネット回線を通じて、必要な箇所にアクセスできるようになっています。
 元パートナーは、二人の共同口座を離婚後にアクセス権限を変更したのに、自身の銀行口座に不審なアクセスがあったことに気づき、NASAおよび連邦取引委員会(FTC)に申し立てを行いました。
 マクレイン飛行士は、「子供の養育費が十分にあるかどうか確認しただけ、不正アクセスではない」と話しています。両人とも空軍の情報職員で、マクレイン飛行士と元パートナー(同性)は離婚調停中で、背景には、子ども(連れ子)の親権などをめぐる争いがあったとみられています。

 その後、2020年4月にテキサス州ニューストンの連邦大陪審は、この訴えを退けるとともに、虚偽の申し立てをしたとの理由で、元パートナーを起訴したと発表しました。
 連邦大陪審の発表によれば、「元パートナーの申し出は、口座の開設などの時系列が事実と異なり、申し立てでは、2018年9月に口座を開設し、元パートナーがアクセスできないようにアクセス権を変更したとされていたが、調査の結果明らかになったのは、実際に口座が開設されたのは2018年4月であり、申し立ての日付とは異なり、2019年1月までアクセス権の変更は行われていなかった。」
 有罪の場合は、最大で5年間の懲役、最大25万ドルの罰金となる可能性があるとのことです。
 (残念ながら裁判の結果についての情報は入手できていません)

 ちなみに、アン・マクレイン宇宙飛行士は、NASAの有人月面探査「アルテミス計画」に選抜されており、史上初の女性による月面探査を行う候補となっています。

〇おわりに
 ISSにおける事件の刑事裁判権は新IGAで、前述のように、容疑者の国の法律に基づいて対応すると定められています。今回の事件の容疑者マクレイン氏の国籍国はアメリカであるため、アメリカの法律で手続きが進められました。
 筆者の現役中にロシアのクリミア侵攻が発生しましたが、特段のロシアとの関係は以前と変わらず、平和なまま淡々と進んでいました。ウクライナ侵攻が起きても、ロシアと西側のISS協働事業に影響はなく、犯罪になるような事件は起きていません。
 NASA宇宙飛行士のこの一件が、最初の事件となる可能性がありましたが、結果は宇宙犯罪ではありませんでした。
 最近、世界のさまざまな国籍の民間人が宇宙にいくことが多くなってきています。トラブルがどこかで起きる可能性があります。早くISSのような法的な議論を関係国でし、法規制を整備する必要がありますね。

参考文献
(*1) 「国際宇宙ステーション計画参加活動史」の第3章、JAXA特別資料、JAXA-SP-10-007、2011年2月
(*2) 間宮、白川、濱田、「国際宇宙基地協力協定交渉から」「きぼう」日本実験棟組立完了記念文集、JAXA社内資料、2010年
(*3) 「宇宙ステーションと支援技術」、P.202,コロナ社、2004年
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(*5)  リンクはこちら

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