PMプロの知恵コーナー
先号   次号

PMプロフェッショナルへの歩みー5

向後 忠明 [プロフィール] :4月号

 P・Fドラッカーのプロフェショナルの条件をここで再掲すると: 「単独技術の利用のみではなくこれらをインテグレートした知識と技能を複合的に体系化した技能、すなわちエンジニアリング手法といった科学的、定量的手法の開発が必要とされている。」といった説明があります。
 一般的に大規模なプロジェクトであればあるほど種々の各種技術を含む作業や活動から成り立っています。これらを手際よくシステム的に整理し、プロジェクトに必要な作業や役務を設定し有効に利用できるようにする必要があります。
 特に、多くの経営資源としての人や組織そして設備や技術を包含した大規模かつ複雑なプロジェクトをシステム的に整理し、スムーズに進めるためには、まずは科学的、定量的手法の基盤の整理を行わないといけません。そうしないとプロジェクト運営が混乱することになります。
 このような状態になることを防ぐ手法がWBSであり、その目的は以下の点にあります。
  1. ① プロジェクトの必要作業把握(コントロール要素の把握)
  2. ② 必要作業の識別と定義(欠落の防止、重複の防止、境界の明確化)
  3. ③ 組織に対応した責任/権限の明確化(遂行すべき作業と担当組織との対応付け)
  4. ④ コスト/スケジュール/スコープ・例外等の統合管理
  5. ⑤ 企業/プロジェクトデータの一元管理
  6. ⑥ プロジェクトの最小作業管理単位の設定

 このWBS方式は筆者が帰属していた会社の独特のシステムであり、その採用の要否は対象となるプロジェクトの規模・内容・特性を見てプロジェクトごとに経験的判断から決めていますが一般的に規模の大きなものに採用します。
 本件の詳細を簡単に説明すると以下のようなものです。
 プロジェクトの全体スコープを定義し、プロジェクト管理の体系化のために下記項目を階層構造体にまとめることです。
  1. ① 役務:計画、設計、調達、製造、テスト
  2. ② 場所:それぞれのプロジェクトの対象エリア
  3. ③ プロジェクト:設計対象、調達対象、据え付け対象、システム対象(いくつかのプロジェクトからなるプロジェクトの群管理の場合)
  4. ④ 2つの要素(設備/エリア別及び作業や役務別)を組み合わせたマトリックスWBSコード体系が採用される。

 この体系コードはプロジェクト計画やコントロールを行う上で極めて大きな意義を持つことになります。しかし、上記に示すような4つの要素を組み合わせることは複雑となるので利便性の面から一般的に統合されたWBSコード体系が使用されています。
 この組み合わせはPM視点から使いやすい方法でそれぞれ決めれば良いといわれています。
 このようにプロジェクト計画の前にはこのWBSシステムの構築を行い、このシステムに従って、プロジェクトの役務、システム、場所、コスト、書類等々のナンバリングを付与し、プロジェクトを構成する上記要素の識別ができるようにすることが必要となります。
 以上がWBSの概要ですがその詳細の説明はかなりのページ数を要することになるので本稿では割愛します。
 責任者としてこのようなWBSシステムを駆使して今回のプロジェクトのシステム構築を行い、プロジェクトスコープを整理し、前月号の図に従いプロジェクト計画を立て、このプロジェクトをPMと共に推進していきました。
 このプロジェクトの経験を通して、将来のPMとなるためのプロジェクト遂行に必要な多くの経営資源としての人や組織そして設備や技術を包含した複雑なプロジェクトをシステム的に整理し、プロジェクトの進行をスムーズに進めることの自信を得ることができました。すなわち、科学的・定量的手法の基盤エンジニアリング手法で目的とする要件を全うするといった“P・Fドラッカーのプロフェショナルルの条件“での実務能力を備えたPMの立場に近づくことができたような気がします。
 勿論、上記の条件だけではなく、与えられたミッションに必要なリソース(人、モノ、金)を有効に活用し、顧客要件の具現化とそこに示す目的とQCD(品質、コスト、スケジュール)を守りながら最終目標を達成するといったプロジェクトマネジメントの体系も十分理解し、この実践を通して将来のPMとしての自信をもつことができました。
 同時に、このプロジェクトの上司であったPMに言われたアートの部分についても多くの人達との協同作業の中で、人の上に立って仕事をまとめることの難しさも学ぶことができました。
 特にチームの結束力、相乗効果、生産性の向上に必要なリーダとしての在り方やその基盤となるコミュニケ―ションがチームの活性力の源になることもこの経験から学びました。(この頃はまだ30代半ばの新参者でした)
 この時点ではまだPMとしての活動経験はそれほど多くありませんでしたが、次の案件でのPMを、と思っていた時、会社から2週間ほどの管理者を対象とした合宿研修への参加の要請がありました。
 その研修はラショナル思考プロセス(EM:Effective Management法)という管理者の思考業務の効率化と強化を狙いとしてC.H.ケプナ博士によって開発された問題解決のための思考スキルに関する研修であり、思考上の癖や弱点を認識し強化することを目的するものでした。
 この研修の目的は会社またはプロジェクトを取り巻く環境変化に柔軟に対応することのできるように管理者を対象とした問題解決のための思考領域を論理的に学ぶものでした。その内容は:

  1. ① 状況を把握する領域(状況分析:SA)
    部門またプロジェクトに与えられた要件に関しあらゆる「関心事」を列挙し、それを具体的課題として列挙し、具体的課題としてセットし、実施の優先順位を決定する思考領域。
    「関心事」とは業務上何らかの対処や解決しなければならない状況や事柄を言います。この「関心事の列挙」とは、責任上「何とかしなければならないこと」
    「気になっていること」「おかしいと感ずること」「手を打たなければならないこと」等、直面する状況の一覧表を作ることです。
    その目的は
    1. ● 客観的に直面する状況の全体像をつかむ
    2. ● 浮上しにくい問題の顕在化を助ける
  2. ② 問題発生の原因を究明する領域(原因分析または問題分析:PA)
    状況分析から、望まし常態から実際の常態が逸脱したこと、あるいは両者の間に差異が発生したことを意味する。
    すなわち「あるべき姿」と「実際の姿」とのギャップがある場合そのギャップを埋めるための対策を行い、ここから真の原因を究明し、そこにある問題を分析し、有効な対策を講じ、実施の確認までの思考作業を言います。
  3. ③ 決定分析(DA)
    原因分析または問題分析を通して有効な対策を講じ、実施の確認を通して「何をどうするか」という設問に対する回答をまとめることです。
    その際次のような3つの要素で構成されます。
    1. ● 決定目的の記述
    2. ● 代替案を示す
    3. ● 選択行動を示す
    というように「何のために何をどうするのか」という記述で示す。
  4. ④ リスク分析(将来問題:RA)
    この研修は①の「あるべき姿」と「実際の姿」との間でギャップ発生の可能性がある場合を将来問題としている捉えるもので具体的には「起こりそうなまずいこと」、「不安なこと」、「心配なこと」等の潜在的問題の分析であり計画遂行の際のリスクへのステートメントを示すものです。
 この研修はビジネスを取り巻く環境変化に伴い直面する状況や問題を手際よく捌ける思考と行動のプロセスで、企業行動のあらゆる事象に対応できる手法のようでした。
 筆者として、このEM法の利用は「新規事業へのアプローチや顧客要件や条件が不明確なプロジェクト」等への利用に効果的と思いました。
 例えば顧客自身が「何をどうしたら?」といった悩みをもって相談に来た場合、受け側がその思いを共に基本構想からプロファイルによりそこにある問題を発見、そしてその解決策を整理し、企画書またはマスタープランに落とし込むといったコンサルティング的活動ができるのではないかと感じました。
 以下にこの研修の結果を筆者なりに上記のようなプロジェクトに対応した場合のPMの思考とそのプロセスはこのようになるのではと下図のように考えまとめてみました。

思考と行動のプロセス

 この内容からPMプロフェショナルの歩みー2の②に示すPMプロフェショナルとしての条件:
 「PMプロフェショナルの役割は幅広く、国内及び海外の双方のプロジェクトを与えられたミッションの基本構想からプロファイルによりそこにある問題を発見、そしてその解決策を整理し、企画書またはマスタープランに落とし込み、そこに示された計画や目標を最後までプロジェクトマネジメント手法により達成するといったプロジェクト推進力を併せ持つ人材と考えました。」
 この研修の内容は理屈では理解しましたが、この当時ではまだ実際のプロジェクトでこの方法論を十分使える力はまだなく、この時点では筆者は上記に示すようなPMプロフェショナル条件をクリアーしているとは思えませんでした。

 しかし、その後もこのような思考を利用するプロジェクトには出会うことはありませんでしたが、実際のプロジェクトにおいて課題や問題が発生した時、部分的であるがこの方法論の中のリスク分析にかかわる部分の分析手法を利用し、課題や問題解決の方法として利用することもしました。
 いずれにしても、この思考方法の全容をこの研修後の5年後位してから、ある大規模プロジェクトで利用する機会が来ました。

 来月号に続く

ページトップに戻る