図書紹介
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なぜ働いていると本が読めなくなるのか
(三宅 香帆著、(株)集英社、2024年10月21日発行、第9刷、285ページ、1,000円+税)

デニマルさん : 3月号

今回紹介の本は、“書店員が選ぶノンフィクション大賞2024”で大賞を受賞している。この大賞は、丸善ジュンク堂書店や紀伊国屋書店等の全国の書店スタッフが投票で選んだ作品で、2024年10月に新聞発表された。資料によると「対象期間中に発行されたノンフィクション作品(ドキュメンタリーやルポルタージュだけでなく、記録文学、自伝、評伝、考察、紀行文、インタビュー集、回想録など、広い範囲のノンフィクションを対象として、40作品をノミネート)を書店員が投票で決定した」とある。所謂、書店や書店員が売りたい本をお客に薦めるナンバーワンの書籍(ノンフィクション部門に限定)なのである。ご参考までに大賞に輝いた紹介の本以外には、『もしも世界からカラスが消えたら』(松原始著)、『カレー移民の謎、日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和著)、『アメリカは自己啓発本でできている』(尾崎俊介著)等がノミネートされたとある。さて筆者は、この「話題の本」で多くのノンフィクション作品をご紹介してきた。そこでノンフィクション部門の大賞受賞作品で過去に紹介した書籍を纏めてみました。歴史的に一番古い大宅壮一ノンフィクション賞ですが、大宅壮一氏と言えば昭和のジャーナリストであり、ノンフィクション作家、評論家としても知られている。1970年(昭和45年)に設立され、2024年(令和6年)に第55回目の受賞作品が発表された。前年の2023年(令和5年)の第54回で『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(伊沢理江著)が受賞に輝いたが、この話題の本でも2024年7月号で紹介している。次に古いノンフィクション賞は、講談社が主催する賞である。第1回目が1979年(昭和54年) で『ガン回廊の朝』(柳田邦男著)が受賞作品だった。第34回目の2012年(平成24年)『メルトダウン、ドキュメント福島第一原発事故』(大鹿靖明著)と第37回の2015年(平成27年)『牛と土 福島、3・11その後』(眞並恭介著)であるが、これらの本も2012年4月号と2015年10月号で取り上げている。次が小学館ノンフィクション賞である。この賞は、1993年(平成5年)に国際ノンフィクション大賞として創設され、ノンフィクション作家の登竜門のひとつと位置づけられている。2023年(令和5年)30回目の受賞作品は『力道山未亡人』(細田昌志著)である。この大賞は、残念ながら話題の本では1冊も取り上げていない。筆者の投稿タイミングや好みに合致しなかった様だ。次が、開高健ノンフィクション賞で2003年(平成15年)に創設された。開高健氏と言えば、小説のみならず、ルポルタージュ文学の傑作「ベトナム戦記」「オーパ!」等の作品で大きな足跡を残している。2012年の第10回大賞で『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(佐々涼子著)が受賞した。その作品は2013年10月号で紹介している。最後にノンフィクション本大賞について触れたい。この大賞は2018年(平成30年)に「Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞」として開始されたが、2023年に中止となってしまった。この大賞は、第1回受賞の『極夜行』(角幡唯介著)から第5回目の『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒著)まで毎年紹介してきた。残念ではあるが、致し方ない結果である。
以上、ノンフィクション作品で話題となった本を種々ご紹介させて頂き感謝申し上げます。

本書の視点(その1)          仕事と読書の変遷史
本書の冒頭に「本が読めなかったから会社を辞めました」と書いている。著者は子供の頃から本が好きで、本について勉強したくて文学部に進学した文学少女だったという。大学卒業後はIT企業に就職したが、思う様に読書が出来なかった。その結果、3年後に会社を辞めて「仕事と読書」の関係を追い求めて、本書を書き上げたのだという。だから本書のタイトルが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」となる。所謂、読書を妨げている要因は、著者の体験から働き方に疑義を感じて仕事の在り方が問題であると考えた。そこで著者は「日本の近代史以降の労働史と読書史を俯瞰して問題の本質に迫り本書を纏めた」のだと言う。著者の纏めのポイントは、目次のタイトルに集約されている様でご紹介しますが、詳しくは本書を読んで頂きたい。第1章:明治時代(労働を煽る自己啓発の誕生)、第2章:大正時代(教養を隔てたサラリーマン階級と労働者階級)、第3章:昭和戦前・戦中(戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?)等と労働史を纏めている。因みに、「円本」とは、大正時代に改造社が「現代日本文学全集」を定価が1冊1円均一の全集を発売した。昭和初期も出版界で全集が流行し生まれた言葉であると言われている(筆者の注)。著者をご紹介すると、1994年生まれで高知県出身。文芸評論家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『ずっと幸せなら本なんて読まなかった―人生の悩み・苦しみに効く名作33』(幻冬舎新書)、『「好き」を言語化する技術―推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『30日de源氏物語』(亜紀書房)、『娘が母を殺すには?』(PLANETS)など多数がある。

本書の視点(その2)            近代のベストセラー本史
本書の秀逸な点は、先の労働史と併せて読書史が書かれてある。読書史とは、その時代に出版された話題の本である。言わば近代のベストセラー本の歴史でもある。その歴史上の諸々の事件やイベント等々から、どんな本が話題となったかを纏めている。筆者も過去20年近く、この話題の本のコーナーでベストセラー本をご紹介してきた。歴史の大きな流れとベストセラー本の関係は相互に微妙な影響力がある様に語られている。その一つの事例として本書に「1970年代、司馬遼太郎の“坂の上の雲”の魅力」について専門家の意見を引用している。それに寄ると「司馬遼太郎の作品は、ビジネスの短期的・中期的な実利に直結するもとして読まれたのではなく、歴史という教養を通した“人格陶冶”が読書を通して模索された。そこにはビジネス教養主義ともいうべきものが、浮かび上がっていた」(福間良明氏談)。時代とビジネスの流れがベストセラー本を生み出したのか、興味ある視点でもある。今年は昭和で数えると100年である。この機会に本書を参考にベストセラー本から昭和を見直しては如何か。書籍と歴史の関係を再認識出来る良書であり、御一読をお勧めしたい。

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