PMプロの知恵コーナー
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セルフ・コンパッションとマインドフルネス

竹腰 重徳 [プロフィール] :2月号

 私たちは、自分自身が「いい状態だな」「まずまずだな」と感じられる状態をずっと保ち続けることができたら、きっと幸せな毎日が過ごせるでしょう。しかし世の中は絶えず変化の波にさらされており、いつもよいことばかりではありません。いつなんどき受け入れがたい困難や失敗を経験するかもわかりません。そんなときは、現実を受入れ、自分に思いやりの気持ちを向けて心を癒し、前向きな気持ちを取り戻すことが必要になります (1)

 しかし、私たちは、子供のころから自分に厳しくし、競争心を持ち、一所懸命頑張ることが成功への鍵であると教わって育ってきました。そのため、失敗や挫折を経験したとき、自分に対して責めることは自分を鼓舞するはずであると思っていますが、過度に自分を責めると脳に悪影響を及ぼし、かえって困難に立ち向かうエネルギーを内からそいでしまい、目標達成のための行動を妨げるようになり逆効果なのです。カルフォルニア大学の研究者が行った研究では、学生に難易度の高い語彙テストを受けてもらい、全員が低い点をとり後悔を感じさせた後、3つのグループに分けて失敗した自分に優しく思いやりをもって対応できる能力であるセルフ・コンパッションの影響を調査しました。3つのグループは、セルフ・コンパッションを指導したグループ1、「この大学に入学できるなんて、頭がいいのです」といったように自尊心を高めるように指導したグループ2、何も指導しなかったグループ3です。セルフ・コンパッションのグループ1は、他の2つのグループに比べて自分たちの欠点をより明確に理解し、次のテストの勉強により多くの時間を割き、結果として高い得点につながりました。失敗をしたとき、自分に対して優しく接することが、全力を尽くし、失望しても努力を続けようとする際に必要な感情面のサポートになることが示されています。セルフ・コンパッションが成功への動機づけとなり、失敗の原因を明確にして対応し、成功に導くことにつながることを示した研究結果のひとつです (2)

 セルフ・コンパッションのセルフとは、自分自身、コンパッションとは悩みや苦しみを解消してあげようというやさしい思いで、セルフ・コンパッションは、優しい思いを自分自身に向けることです。セルフ・コンパッションの第一人者で心理学博士であるクリスティン・ネフは、「セルフ・コンパッションとは、自分自身がストレスや失敗や困難に遭遇したとき、生じた悩み苦しみを自ら理解し、ありのままに受入れ(マインドフルネス)、失敗や困難は人間であれば誰でも経験するものと認識し(共通の人間性)、失敗は成功のもとだよねというように自分自身に対して優しい感情を高めてポジティブに対応しようとする思い(自分への優しさ)」と述べています (3)。これは、親しい友達が、困難を感じたり、あるいは辛い人生の課題に直面しているとき、私たちがその友達に、思いやりの優しい心で慰めたり励ましたりして接するように、自分に対して接することです。

 マインドフルネスとは、今現在の感覚や感情、思考にすべての注意を向けで気づき、良いとか悪いとか判断せずに、そのまま受け入れている状態をいいます。セルフ・コンパッションにとって、なぜマインドフルネスが大切なのでしょうか?私たちが困難な状況に置かれたとき、私たちはその原因を考え、何とか対処しようとします。しかし簡単に対処できないと、そのことをずっと考え続けることになります。困難な原因を分析したり対処を考えたりしていると、それに関連する過去の失敗や将来の不安も思い浮かんできて、そこから「あのときも大変だった」「自分は成長していない」など批判的な思考が連続することがあります。マインドフルネスは、考えごとや否定的感情を経験したとき、それを良い悪いと判断するのでなく、ありのままに受け入れていくことで、そのうち頭に浮かんだ考えや否定的な考えも消えていきます。このようにマインドフルに痛みを観察する場合、その痛みを無駄に誇張することなく意識することができ、自分自身や自分の人生をより聡明で客観的な視点からとらえることができるようになります。

 セルフ・コンパッションは、自分を甘やかして怠惰になるのではなく、自分の非を認め、自分の弱さや発生した問題を隠そうとせずありのまま受入れ、困難な現実と向き合う勇気を与え、成功への動機づけの手助けをします。セルフ・コンパッションの高い人は自信があるだけでなく、失敗を恐れることが少ないことが示されています。そのため失敗してもまた挑戦し、学習し続ける努力を維持しやすいことが明らかになっています。セルフ・コンパッションは、マインドフルネス瞑想や慈悲の瞑想や自分への思いやりの手紙を書くなど自分に合った訓練により、高めることができます (3)

参考資料
(1) 有光興起、自分を思いやる練習、朝日新聞出版、2020
(2) Self-Compassion Increases Self-Improvement Motivation ? Juliana G. Breines, Serena Chen, 2012
(3) クリスティン・ネフ、クリストファー・ガーマー、マインドフル・セルフ・コンパッション ワークブック、富田卓郎監訳、星和書店、2019

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