PMプロの知恵コーナー
先号   次号

リーダーに求められるコンパッション

竹腰 重徳 [プロフィール] :1月号

 「コンパッション(Compassion)」とは、仏教の慈悲喜捨の「悲」を表す英語表現で、日本語では「思いやり」や「慈悲」と訳されていますが、「他者の苦を救済するこころ」という意味です。禅僧の医学人類学博士でもあるジョアン・ハリファックスは、「コンパッションとは、自分であろうと他者であろうと、その悩みや苦しみを深く理解し、そこから解放されるよう役立とうとする純粋な思いである」と説明しています。共感は、他者と感情的状況を共有するということで、他者が苦しんでいるときは苦しく、幸せを感じているときは、幸せを感じることができるということですが、コンパッションは、共感からさらに踏み込みます。苦しみを共感することにより他者の苦しみに気づき、他者を助けたいという強い動機と行動が伴います。コンパッションが生まれると、苦しみ和らげたいと願うだけでなく、実際に行動に移します。コンパッションは、他者と共存するということで、ポジティブな気分と他者とのつながりに関連する脳領域が活性化され、ポジティブな感情的反応を引き出し、周りに伝搬します。また、脳の報酬システムに関連し、気分をよくするオキシトシンやドーパミンなどの神経伝達物質の放出にも関連しています (1)

 コンパッションは、リーダーにとってどのような意味があるのでしょうか。メトロニック社の元CEOでハーバードビジネススクール教授のビル・ジョージは、リーダーは、自分自身の特定地位や資産の獲得を成功とみなすのでなく、自分の同僚や組織、家族、社会全体にポジティブな変化を与えることを成功と考えるようリーダーシップ論のなかで指導しています。これはまさにコンパッションをベースしたリーダーシップの発揮であり、人々と彼らが属す組織の成長と幸福に焦点を当てます。力を分かち合い、他者のニーズを第一に考え、人々の成長とパフォーマンスの向上を助けます。これは自分自身の成功よりも他者の成功に焦点を合わせることです。他者に焦点を合わせると、個人的な目標を達成できなくなるのではないかと危惧する人もいますが、全く逆です。リーダーとして他者に焦点を合わせることによってのみ、多くの成果が達成できるのです。この基盤になるのが、コンパッションです。コンパッションのあるリーダーシップの利点に関する調査によると、リーダーが共感し、コンパッションを示すと、組織の健全性が向上し、従業員はサポートされている、よい評価をされていると感じ、モチベーションを高め、幸せを感じながら仕事に取り組み、従業員一人一人にも組織的にも大きな成果を上げることが分かっています (2)

 コンパッションは、私たちが他者との相互依存と共通の経験をするときに自然に生じる性質のものです。私たちは、自分自身や他者が苦しみを克服し、幸福を達成できるコンパッションを生まれながら持っています。しかし、私たちの生まれながらのコンパッションは、育ちや文化的影響によって隠されたり、歪められたりしているかもしれませんが、コンパッションは、訓練によりうまく発揮するよう培うことができるスキルなのです。

 コンパッションは、4つの要素からなるプロセスとして定義されています。
  1. ① 他者に苦しみが生じていることに気づく
  2. ② 苦しみを理解する
  3. ③ 共感して、その人を気遣う
  4. ④ その苦しみを和らげる行動を取る
 コンパッションを育むためには、これらの4つのプロセスを確実に行えるように下記のような訓練を実践するとよいでしょう (3)
  • 自分の内側と外側で起こっていることに気づき、客観的に観察できるようマインドフルネス訓練をします。冷静な気づき、理解、共感を育成します。
  • 自分自身や他者、嫌な人も含めて、すべての人々が、健康、安全、平穏、幸福を得られるよう願う慈悲の瞑想を使って親切心とコンパッションを育みます。思いやり、幸せ感、ポジティブ感情の育成をします。
  • セルフ・コンパッション(自分への思いやり)の訓練は、自分自身がうまくいっているときは祝福して喜び、失敗や挫折を経験したときは、自分を責めるのでなくそれらは誰にも生じるものだと優しく接して、失敗は成功のチャンスだと受入れ、課題に対応できるような能力を育みます。セルフ・コンパッションは他者にコンパッションを向ける基盤にもなります。

参考資料
(1) ジョアン・ハリファックス、コンパッション、マインドフルリーダーシップインスティチュート監訳、英治出版、2020
(2) Bill George、Mindfulness helps you become a better leader、HBS、2012
(3)  リンクはこちら、2021

ページトップに戻る