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「エンタテイメント論」(168)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :3月号

エンタテイメント論


第 2 部 エンタテイメント論の本質

7 本質
●NYマンハッタンの某ピアノバーでの出来事と出演ライセンス
 前号で書いた某店での「決闘」になり掛けた騒ぎは、筆者がピアノを弾いた瞬間、一挙に解決した。これは筆者の「武勇伝」でも、「自慢話」でもないと書き添えた。この最も記憶に新しい騒ぎから先ず説明を始める。

 日本と米国は、ピアノバー、カフェなどの店での音楽出演に関して、いろいろと異なる事がある。その1つは、ピアノ演奏、ジャズバンド演奏、歌唱などに出演する人は「出演ライセンス」をアーティスト組合から取得し、それをお店に提示する事である。最近、変ったかどうか? 詳しい事は知らないが、基本は変わっていないと聞いている。州によって、市によって違う様である。

 さて例のイタリヤ系の小太り男の店主は、その後、筆者に電話で「是非、出演して欲しい」と何度も、何度も頼んできた。根負けして、引き受けた。彼の店で再会した。店主と筆者は久方振りの再会を祝し、乾杯を挙げた。

 筆者は駐在員として多忙な仕事の合間で何とか手に入れた「出演ライセンス(許可証)」を彼に提示した。彼は「Oh No!」と目を丸く見開き、驚きの叫び声を上げた。感激したのか、抱き付いてきた。もっと驚いたのは筆者の方であった。

出典:ハグ
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●米国NYの出演ライセンス (許可証)
 彼が驚いた理由は直ぐに分かった。彼の立場からは、無理を言ってわざわざ出演の為に来てくれた筆者がその夜のピアノ出演に際して、事もあろうか、「出演ライセンス」をいきなり、目の前で提示したからであった。しかも「出演ライセンス」を提示しないピアニストを雇った事が当局にバレルと、店は「営業停止処分」を受ける。この最も恐ろしいリスクを、NYの事情に疎いはずの日本人駐在員であった筆者がいきなり、目の前で、回避してくれたからだ。筆者が当時入手した「出演ライセンス」は帰国後、紛失した。下記の様なものであったと記憶している。

出典:演奏ライセンス(許可証)
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 この制度がNYにある事は、筆者がNY駐在員になる前から、プロ・ジャズ演奏仲間の友人達から聞いて知っていた。「ジャズ演奏などの技術を試すオーデションに合格しないと取得できない」と言われていた。しかしNY駐在員になり、NYで調べてみると、「オーデション」は一切不要。自分の身分を証明し、組合費を納入すれば、取得できる事が分かった。組合費を払ったら免許証と同じ大きさのライセンス証明書を自宅に送ってきた。

 筆者は日本のプロ演奏仲間を驚かせる為「オーデションに合格してジャズの本場の“NYの出演ライセンス”を手に入れた」とウソの手紙を出した。驚いた彼らは、「川勝はスゴイ、スゴイ」と仲間に知らせ、反響の手紙が数多く筆者に届いた。後日、ウソの手紙と白状した。しかし驚いた連中は「怒る」どころか、「NYに遊びに行くので、直ぐに出演ライセンス取れる様にしてくれ」と反響の手紙が数多く筆者に届き、筆者の方が驚いた。勿論、遊びに来た仲間の為に協力した。

 このライセンスには有効期限があった。一度取得しても、毎年一定額の組合費を支払わなければ、更新されず、失効となる。この組合費から失業保険などが支払われ、立場の弱い演奏家や歌手の身分が守られる。それを州法や連邦法が支えている様であった。出演ライセンスは米国での「就業ライセンス」の一部でもある。もし「出演ライセンス」を取得せず、何度も違法に店で出演していた事が発覚すると、最悪の場合、国外追放処分を受けると聞いた。

 再会の夜を境目に筆者は、別の日で夫々、黒人ピアニストと共に出演する様になった。しかし日本人駐在員が大勢集まる休みの前日の夜は、彼一人で客をさばき切れない。彼は筆者に電話を掛け、救援を度々頼んだ。

 筆者は出張しない時や時間がある時、彼に協力した。彼と交互にピアノを弾き、歌の伴奏をした。店は大賑わい。筆者の稼ぎのチップの全部を彼に与え様とした。しかし彼は拒んだ。その為半分を無理に受け取らせた。チップは彼の生活の糧であった。筆者の好意に報いるためだろう。彼は丁寧に、何度も「黒人式ブルースの歌い方」や「黒人式ピアノの弾き方」を筆者に伝授した。筆者も彼の為に演歌や歌謡曲の伴奏の仕方や日本人独特の間の取り方などを伝授した。

●日本の「出演ライセンス」
 東京都内の新宿、渋谷、池袋などの繁華街の公園、公共施設、その周辺の空間で音楽演奏や寸劇などをする場合、東京都からの「出演許可証」を得て行う必要がある。それに違反する演奏行動は警視庁によって直ちに強制排除される。他の都道府県でも同じ様だ。米国は立場の弱い演奏者を保護するため「営業停止処分」を立場の強い店主に課す。この様な法的保護の考え方は日本には微塵もない様だ。

 しかし日本でも上記の様な「出演ライセンス制度」がない事を問題視して或る運動が起こった。名前は伏せるが、某有名俳優が中心になって日本国内の映画業界、音楽業界。演芸業界などの俳優、音楽家、演芸家などと組んで、「出演ライセンス制度」の立法化運動を起こした。

 筆者は官僚時代、その運動を支援する委員の一人にさせられた。既述の通り、筆者がNYで「出演ライセンス」を得ていた事を知った本運動の関係者が筆者を委員に推奨した為であった。

 しかし日本の音楽業界、映画業界などエンタテイメント業界は纏まらず、夫々勝手で狭小な意見ばかり出た。更に露骨な利害関係を絡んだ運動になって来た為、結局、その運動は立ち消えた。この貴重な運動は今から約30年前に起こったものである。

 しかし此の様な演奏者、演技者等を保護する運動は、その時以前に存在しなかったし、その後現在に至るも存在しない。一度切りの運動であった。そもそもこの事を記述している人物は、日本広し?と云えども、筆者一人。残念・無念の限りである。

 以上の結果、日本では、超有名ピアニストや超有名タレント人は別として、普通にピアノや芸能で食べていこうとする人々は、日本のサラリーマン社会からも、日本の働き方改革の流れなどからも取り残され、「蚊帳の外」にされ、極めて安い報酬で長い時間、演奏や演技をすると云う劣悪な労働環境に放置されている。

出典:虐げられた人 パウラ・ゼブラ
出典:虐げられた人 パウラ・ゼブラ
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 放置されている人物は、音楽や芸能の創造に取り組んでいる音楽家、芸能人などばかりではない。日々新しいものを創り出す事に挑戦しているマンガ、アニメなどの、著作者も含めた、出版、映像関係者なども、極めて劣悪な労働環境で働いている。

 更に言えば、日本の大会社や有名会社の組織に於いて、世の中に「新しい価値」を創造する仕事に挑戦する人物やその組織は、何故か? 主流派の組織の中に存在しない。傍系の組織に存在させられている。もし失敗した時に備え、本流に傷が付かないよう配慮させている様である。その結果、「劣後な地位と相対的に低い待遇」で、非主流の中の隅の「新規事業部門」と名前だけは立派な部門に押し込まれている。その結果、世界の経済・産業・事業の新潮流の「蚊帳の外」に日本の企業が放置されても当然であろう。

●お店のピアニスト起用と報酬 (チップ) 支払
 日本と米国と違いはまだまだある。それは米国ではピアニストに限らないが、歌手でも同じ様に店主は演奏家や歌手に店で出演する「場」を与えるだけ。出演者は客からのチップがその店での報酬の全てとなる。店は彼らに出演料を払う義務もない代わりに、彼らはチップの何割かお店に払う義務(ペイバック)もない。

 前号で書いた様に、筆者は「中国人」のピアニストになりすませた。ピアノを弾きまくり、チップをガッポリと稼いだ。その全てを黒人ピアニストのポケットに捻じ込んだ。しかし店から苦情は一切無かった。しかし黒人ピアニストは筆者が稼いだチップは当然筆者自身のものであると考えていた。にも拘わらず、筆者がチップの全て彼に渡したのだから彼は驚き、感激した。

出典:ビンの中のチップ
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●日本人は今も欧米社会のチップを誤解
 多くの日本人は、昔も、今も欧米人の「チップ」を誤解している。筆者は最近、駅に隣接する旅行会社の海外旅行のPR資料を、偶然、手にした。其の案内書のチップの欄を読んだ。

 「チップは心付けです。感謝の気持ちで差し上げましょう」と書かれていた。更に「チップは“おもてなし”の対価」と説いた此の人物は、名前を伏せるが、プロの旅行解説者と評価されている有名人物であった。しかし米国でチップの実態を調べた事も、筆者の様にチップを稼いだ事もないクソ解説者のクソ解説である。

 余談であるが、最近の日本には、何故、この様なクソ解説者が政治、経済、経営などの難問を実態経験もなく、「我がもの顔」でTVに登場して議論できるのか? 
  しかもその様な人物が何度も、何度もTV画面に登場するのである。腹が立った。しかし最近、腹が立たない様になった。TVを消すからだ。NETFLIXや海外版YOUTUBEばかり見るからだ。

 さて筆者なら「チップは心付けではない。彼らの給料である。彼らから労務的サービスの提供を受けたら、相場のチップは必ず支払いなさい。もし感謝の気持ちが湧く程素晴らしい“おもてなし”を受けたと思ったら、口先で“Thank You!”と言うのではなく、払うべき相場のチップの倍を払うことである」と解説するだろう。彼ら自身、客に対して、自分が提供した労務的サービルの対価としての相当のチップを受け取る権利を持つと考えている。一方チップを払う側もその様に考えているのである。これが米国だけでなく、欧米社会の基本的チップ制度の「在り方」である。

 本稿を書いている今、米国の小説の或る場面を思い出した。レストランによく来る金持ちでチップの額をケチるくせに、ウエイターやウエイトレスを見下す男がいた。此の男は、主人公にその接客態度が気に食わないと文句を付け、チップを減らした。主人公は相当のチップを払わない彼に復讐すべく、食事を運ぶ際、異物を入れて運び、食べさせ、密かに溜飲を下げた。この様な場面は小説だけでなく、実際の現場でも起こっている様である。頭に来るのは当然である。対価を支払わないのだから。

 この主人公に限らず、多くの米国人は、家庭が裕福であるか否かに拘わらず、若い頃から、学生時代の頃から、アルバイトとして飲食店のウエイターやウエイトレスを経験し、チップを稼いでいる。従って彼らが社会人になり、事業に成功し、裕福になり、一流レストランで最高級の食事をする様になっても、若いウエイターやウエイトレスを見ると、自分の若い頃の事を思い出すのである。

 以上の他に、米国の多くの富豪家や事業成功者は子供を甘やかさない事で有名である。世界的に著名で、多くの日本人が知っている「ロックフェラー家」でも、子供達は小さい頃から親に甘え過ぎることなく、親も子供達を甘えさせ過ぎない教育で育ててきた。その一例として、ロックフェラー家の恩曹司は早稲田大学に留学時代、JR高田馬場駅附近の安い粗末な学生寮で生活し、アルバイト料を稼ぎながら通学していたと筆者の某友人から聞いた事がある。

 彼はロックフェラー家の恩曹司である事を一切名乗る事をせず、日本人の大学生と同じ生活をしながら大学生としての勉学に努めた様であった。だからこそ「人の痛み」「人の情け」「人のもてなし」「人の蔑視」などを肌身で分かる様になるのであろう。

出典:デビッド・ロックフェラー
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 筆者が新日鐡NY駐在員時代、当時の新日鐡・斎藤社長とチェスマンハッタン銀行ロックフェラー頭取との面談を背後で調整し、無事成功させた。その頃のロックフェラー頭取の写真

 本号の最後で説明したい事は、日本と米国とで大きく違う点として説明がまだなされていない部分である。それは楽器演奏家や歌手として出演する者が「客集め」と云う義務、「集客責任」を負うか否かである。この問題は、彼らに「働き方改革」の恩恵が及ぶか否かに関係する重大問題である。従ってキチンと説明する必要がある。

 最後の最後に、本号の紙面の制約から本号での解説は、此処までとしたい。筆者が毎月書く本稿の枚数を多くなると、読者に気軽に読んで貰えなくなる問題がある。この問題から「紙面の制約」とした。ついては筆者は今後少し枚数を減らしたい。
つづく

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