理事長コーナー
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はじめまして 加藤 亨です

PMAJ 理事長 加藤 亨 [プロフィール] :7月号

 みなさんこんにちは。この度、PMAJの理事長を引き継ぐことになりました加藤亨です。私とプロジェクトマネジメントの出会いは古く、40年以上の付き合いになります。
 私が、千代田化工建設㈱に入社したのが1978年4月。その後2週間程度のガイダンスを受けて、システム部門に配属されました。当時のシステム系の新人教育は、某社の分厚い開発言語のテキストを渡され、自己学習で勉強を続け、開発プロジェクトのお呼びがかかるのを待つという状況でした。
 私は、その放任状況を活用して、システム部というよりは、「ゴルフ部」「ヨット部」「合唱部」の活動や、夜の新入社員同士の情報交流会の活動に精力的にかかわっていましたが、5月の連休直前の退社時に、部長から「あんた暇でしょ。このプロジェクト手伝って。」と放り込まれたのが、おそらく、日本で最初のホストコンピュータのシステムを活用して行った、プラント建設プロジェクトのマスタースケジュール策定業務でした。
 当時のコンピュータはパンチカードシステム(PCS)という、20センチ×8センチ程度の厚手の紙に四角い穴をあけてコンピュータに読み込ませる仕組みで動いていました。私の役割は、そのパンチカードに定義された2000アクティビティ程度のネットワークを、毎晩コンピュータに読み込ませて、翌日の朝、プロッターで打ち出された5メートルくらいのネットワーク図やリソースの山積みのグラフをプロジェクトルームにもっていき、プロジェクトのエンジニアが米国のコンサルタントと議論しながらマスタースケジュールを確定していくのを支援するという単純な業務でした。
 それでも、大学で学んだ「PERT・CPM」の手法が、巨大プロジェクトのスケジュール作成に実際に使われる場面を目の当たりにして、心が震えたのを覚えています。
 その後、エンジニアリング業界は、コンピュータを活用したプロジェクト管理の時代に突入していきました。あれから40年、現在ではネットワークスケジュールどころか、EVMの分析まで、パソコンで瞬時に計算できる時代となっています。技術革新の速さを実感せざるを得ませんが、その背後にある「PERT・CPM」の理論が変わっているわけではありません。逆に言えば、その理論を理解せずに、簡単に変えられるからという理由だけで、アクティビティの前後関係を無視したり、リソースの制約を無視したりして動かしてしまったら、便利になったはずのツールが、プロジェクトのリスクを増大させる凶器になってしまいます。
 使える技術やツールが変わったとしても、その背後にある理論の重要性は変わることがありません。「なんでもパソコンがやってくれるから理屈は分からなくてもいい。」ということではなく、プロジェクトマネジメント教育の重要性は変わることなく、いや、むしろますます重要になってくるのがこれからの時代ではないでしょうか。その観点から、PMAJでは、ますますPM研修会やセミナー、情報提供の活動を充実させて行こうと考えています。
 さて、平成から令和に変わったこの年に、理事長を引き継ぐことになったのも何かの縁だと思います。このコーナーでは、昭和・平成・令和という3つ時代に社会人生活を送った世代を代表して、その流れの中で「変わったもの、変わらないもの」を自分の業務の変遷という視点から眺め、今後の流れを俯瞰し、PMAJの活動に活かして行こうと考えています。ご意見などありましたら、ぜひフィードバックいただけると幸いです。
 よろしくお願いします。

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