PM研究・研修部会
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デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代にプロジェクトマネジャーは役立つか?

PMAJ PM研究・研修部会員
(株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :3月号

1. DX時代の到来
 AIやIoT、クラウドコンピューティング等のテクノロジーの進化が牽引役となり、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進展している。デジタルトランスフォーメーション(DX)について、経済産業省は「既存のビジネスから脱却して、新しいデジタル技術を活用することによって、新たな価値を生み出していくこと」としている。
 従来のIT化は、例えば会計事務を会計システムに置き換える等、既にある業務をITに置き換えることで効率性を高めていくことを主眼としていた。一方で今我々の足元で進展しているデジタルトランスフォーメーションは、例えばUber Technologiesが従前には無かったコンシューマー向けの自動車配車サービスを生み出したように、テクノロジーを活用して新たなビジネス、新たな価値を生み出すことを指している。
 我々の好むと好まざるとに関わらず、デジタルトランスフォーメーションは力強く進展していき、我々のビジネス、延いては経済、社会へ大きなインパクトを与えていくであろう。このように少なくともIT業界においては、我々プロジェクトマネジャーが向き合っているビジネス環境が大きく変わっている。プロジェクトマネジャーは、既存のスキルでこのような時代の変化に対応していけるのだろうか。

2. DX時代の特性
(1)スピードの重要性が高まる

 前述の通り、デジタルトランスフォーメーションの世界では、今は無い新たなビジネス、新たな価値を生み出すことを主眼としている。今は無いものを生み出すのだから「やってみなければ分からない」訳である。この「やってみなければ分からない」ということが言わばデジタルトランスフォーメーションの実現手段の要件なのだが、これをクラウドコンピューティングの進化が可能にしている。
 クラウドサービスが進化し、多種多様な機能が、様々な階層で提供されるようになっている。AIやIoTに関する様々なサービスも大手のクラウドサービス事業者から提供されており、これらのサービスを活用することで、数年前とは比べ物にならないほど簡単に新たなシステムを作り出すことが出来るようになっている。専門的な知識が無くとも簡単に情報システムが構築できる。ITサービスのコモディティ化とも言える状態が実現してきている。
 クラウドコンピューティングの進展によって、AIでもIoTでも何でも「先ずやってみる」ことが可能になった。この状況下ではスピードが決定的に重要である。「結果が出るまでに1年かかります」というのでは話にならない。今は市場に存在しない新たなものなので、小さくとも市場に先ず投入してみることが重要になる。先ずやってみて、その結果を検証して軌道修正を繰り返すことで、今は無い新たな価値を生み出していくことが可能となる。大きなコスト、長い期間をかけて市場投入していたのでは、新たなビジネスが生まれる前に事業環境が変わってしまう。

(2)ビジネス価値の重要性が高まる
 ITプロジェクトの現場では一つの変化が起きている。顧客が変わっているのである。企業において従前は情報システム部門が企業のIT化を主導していた。しかし昨今のデジタルトラスフォーメーションを実現する手段は、現場のビジネス部門が主導するケースが増えている。先に述べたようにクラウドサービスの進化によって専門的な知識が無くとも簡単に情報システムが構築できる「ITサービスのコモディティ化」が進んでいることが、これを可能とした。
 企業のIT部門の担当者は、ITプロジェクトにおいて仕様通りの情報システムが出来上がることを目的とするが、ビジネス部門の担当者であれば自身が所管するビジネス領域に効果をもたらすかが最大の関心事である。ビジネス価値を発揮しないITプロジェクトは意味を持たない訳である。
 「先ずやってみて、結果を検証して軌道修正を繰り返す」これは何に焦点を当てて行われるのであろうか。そう、ビジネス価値である。例えば、エンドユーザの接点であるスマホアプリにAIを用いたナビゲーション機能を追加するというプロジェクトを考えてみよう。この例では、エンドユーザの購買をどのように高めることが出来るかということに焦点が当てられ、具体的な価値実現のシナリオとその実現を検証するための指標が細かく規定され、その検証と軌道修正が繰り返される。つまり、ビジネス価値の実現方法の試行錯誤が成果物を実装するプロセスの中に組み込まれる必要がある。
 プロジェクトマネジメントにおいてビジネス価値の重要性が高まっていることは少し以前から言われている。その文脈は、ビジネス戦略で定めた戦略目標であるビジネス価値の実現手段としてポートフォリオマネジメント、プログラムマネジメントを通じて、プロジェクトに割り当てられるビジネス価値の実現を指している。一方で、デジタルトランスフォーメーションの文脈で語られるビジネス価値は、より粒度が細かく具体的であり、圧倒的にスピードが求められる。プロジェクトに割り当てられた価値を計画に基づき実現するというのではなく、先に述べたようにビジネス価値の実現方法の試行錯誤と実装がプロセスの中に組み込まれる。つまり、ビジネス価値の実現、その理解がより現場のマネジャーに強く求められる環境になると考えられる。

3. 既存のPM手法は役立つか?
 我々プロジェクトマネジャーが身に着け、活用しているプロジェクトマネジメント手法は、基本的にPDCAサイクルPlan→Do→Check→Actionを的確に回すことをその機軸としている。先ず計画をしっかり立て、その計画に対する実績との乖離を監視し、マネジメントしていく。柔軟な計画変更を含むものの、基本的には計画ありきの枠組みである。且つ主な関心事は、スケジュール、コスト、品質などである。
 一方でデジタルトランスフォーメーションの世界では、精緻な計画を前提とせず、先ずやってみることが優先される。これをPDCAに対してDCAP(Do→Check→Action→Plan)と呼ぶ。先ずDoなのである。且つ主な関心事はビジネス価値である。つまり、デジタルトランスフォーメーションの世界では、従前のプロジェクトマネジメント手法とは、機軸とする枠組みが異なっているのである。
 以上のような状況認識に基づくと「デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代にプロジェクトマネジャーは役立つか?」という疑問が沸く。全く役立たないということは無いのであろうが、既存のスキルに留まっていたのでは、おのずと限界があることはこの業界に身を置く多くの人が感じているのではなかろうか。我々は、これからのデジタルトランスフォーメーションの時代にどのように役立っていくのか、そのためには何を変えて行く必要があるのか、考えていく必要があるのだと思う。

以上

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