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ISO21500 から読み解くプロジェクトマネジメント
【ISO21500 を組織にインストールする】
新興プランテック株式会社 榎本 徹 : 3月号
謝辞
特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会各位には、前身であるフォーラム当時よりご指導を賜りこの場をお借りしてお礼申し上げます。
筆者は本来業務がプロジェクトの管理であることも幸いし、本業では永らくプロジェクトマネジメントの分野に軸足を置いてきました。一方で1992 年頃に遭遇した国際標準化機構(略称ISO)のマネジメントシステムと深く関わる機会を得たことで、もう片方の足をISO業界に置いてきました。
本稿は、2019 年2 月15 日に開催のPM Networking でスピーチした内容を整理したものです。内容がややISO 寄りですが異業種交流の一例としてご理解願えれば幸いです。
なお、本稿は一話完結に仕上げたため、やや長文になり読者にご不便をお掛けすることをお詫び申し上げます。
1. はじめに
筆者が経済産業省の人材育成事業に関わることになったのは2013 年の初春です。東京からJR で6時間ほど離れた企業城下町で働くビジネスパーソンにプロジェクトマネジメント教育を提供することが目的で、教育を担当する公益法人から16 時間の教育を任されました。
事務局の方々と協議を重ねた結果、2012 年に発行されたISO21500(プロジェクトマネジメントの手引)をベースドキュメントにすることが決まりました。4 ヶ月かけて作成した教育テキストはパワーポイント換算で800 ページになりました。
2018 年にISO21500 がJIS 化されたことによりISO21500(JIS Q 21500)の逐次解説書のニーズが顕在化し、2018 年11 月に『ISO21500 から読み解くプロジェクトマネジメント』(オーム社)を先の教育テキストを編集して書き上げました。
PM Networking(2019/02/15)では、組織にISO21500 をインストールするためのポイントを経験に基づきご提案させて頂きました。以下にその概要を紹介します。
2. ISO のプロジェクトマネジメント規格
いささか脱線しますが、2000 年に初めて出版した著書(共著)は、“ISO10006:1997”(品質マネジメント-プロジェクトマネジメントにおける品質の指針)の解説書でした。時あたかもエンジニアリング業界や情報技術関連業界などの産業界がプロジェクトマネジメントの手法に対して積極的に取り組もうとしていた時期でもあり、国際規格として登場したプロジェクトマネジメントのコンセプトに注目が集まったことが背景にありました。
ISO10006 が国際規格として登場した理由は、世界的なベストセラーであった国際規格の“ISO9001”(当時は「品質システム」と呼ぶ)がプロジェクトマネジメントを積極的に包含していなかったことによるものでした。なぜなら“ISO9001:1994”は二者監査&三者監査用の『品質システム規格』として企画されたもので、プロジェクトマネジメントの様に動的なビジネススタイルには馴染みにくい内容のためでした。
ISO10006:1997 は、2003 年の改訂を経て、2017 年に第三版が発行されました。(現状JISは第二版のJIS Q 10006:2004)この当時の経験から、2 万3 千種類にも及ぶISO 規格の中からプロジェクトマネジメントに有効な規格を探して実務に供する習慣が身に付きました。ISO 規格の理解はプロジェクトマネジメント分野においても有効であると考えたためです。
3. ISO10006 からISO21500 へ
ボーダーレス社会を迎えて世界が一つ屋根の下でビジネスする今曰、もしも各国が統一性のない規格を採用すると自由貿易の障害になることは想像に難くありません。ISO はグローバル化の秩序を促すために“ISO21500:2012”(Guidance on project management)を発行しました。
ISO21500 はシリーズ化され、表1 で示すように関連規格がいくつも登場しました。
表1 プロジェクトマネジメント関連規格の動向(抜粋)
ISO21500 は、公共、民間又は地域の組織を含むあらゆる種類の組織が、複雑さ、規模又は期間に関係なく、あらゆる種類のプロジェクトに使用できる内容の規格で、プロジェクトマネジメントにおける適切な実践のための概念及びプロセスについて、上位の手引を提供してくれます。
一般にプロジェクトを管理する方法論を総称してプロジェクトマネジメントと呼ぶ事があります。方法論ですから世界中には宗派の異なる多種多様なプロジェクトマネジメントが散在し、その状態を称して『本家が不在で分家だらけ』と揶揄されることもありましたが、今後は本家としての役割をISO21500 とそのシリーズが担うことになるものと思われます。
ISO21500 が想定するユーザーは、上級管理者及びプロジェクトスポンサ一、プロジェクトマネージャ、プロジェクトマネジメントチーム及びプロジェクトチームの構成員、国家又は組織の規格の作成者などが想定されており、世界中のほぼすべての人々がISO21500 から恩恵を得る機会が得られます。こうしたことからISO21500 は国際規格としては異例のベストセラーになりました。
わが国では2018 年にISO21500 の技術的内容と構成を変えず“JIS Q 21500”(プロジェクトマネジメントの手引)を制定しました。JIS から公式の日本語版が登場したことにより日本語を公用語にする組織にとってISO21500 の利便性がより高まりました。
4. ISO21500 をインストールする
組織のマネジメントシステムとしてISO21500 をインストールする場合に考慮すべきことを私見を交えながら紹介します。
拙著『ISO21500 から読み解くプロジェクトマネジメント』では、ISO21500 の逐次解説を軸におきて、組織にISO のプロジェクトマネジメント(プロセス)を導入するためのヒントを紹介しています。組織の文化や土壌、そしてISO マネジメントシステムの使いこなしの程度によって考慮すべき事項は多種多様ですが、本稿では以下の3 点を考えてみます。
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プロセスアプローチ(組織のプロセスを定義する)
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用語とその定義(プロジェクトの用語を標準化する)
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プロセス(組織の既存のプロセスと関連付ける)
5. プロセスアプローチ(組織のプロセスを定義する)
ISO マネジメントシステムではプロセスアプローチを採用しています。ISO はプロセスアプローチ“process approach”について『活動を、首尾一貫したシステムとして機能する相互に関連するプロセスであると理解し、マネジメントすることによって、矛盾のない予測可能な結果が、より効果的かつ効率的に達成できる』(ISO9000)ことだと説明しています。
ここでプロセス“process”とは『インプットを使用して意図した結果を生み出す、相互に関連する又は相互に作用する一連の活動』と定義されています。
図1 プロセスで構成されるシステム例
一方で、ISO21500 の役割は『プロジェクトマネジメントのプロセスに関する包括的な手引をユーザーに提供する』ことで、プロジェクトの目標と便益を達成するための方法としてプロセスを積極的に採用した手引であることを示唆しており、ISO21500 を使いこなすためには上記した『プロセスアプローチ』と『プロセス』の正しく理解することが望まれます。
ISO21500 がプロセスアプローチとプロセスを採用することにより、プロジェクトマネジメントシステムのプロセスを、組織にとって“付け足しの”又は“対立する”活動にするのではなく、組織の事業プロセスと統合し、プロジェクト管理の確実性を高めることが期待されます。すでに組織がISO マネジメントシステムにプロセスを採用しているのであれば、ISO21500 が提供する39 種類のプロセス群を既存のプロセスと統合することが容易になるのです。
下図はISO21500 が示す39 種類のプロセス群です。すべてのプロセスを使用する必要はありませんが、39 のプロセスだけでプロジェクトが遂行できるわけでもありません。(製品及びサービス実現プロセス及び支援プロセスが無いことに注目しましょう)
そのため組織は、組織に既存のプロジェクト遂行プロセスを棚卸しし、新たにインストールするISO21500 のプロセスを目的や機能別に整理する必要があります。
なお、ISO21500 ではプロセスに箇条番号を付与していますが、その序列は必ずしもプロセスの優先順位や前後関係を表すものではありません。
表2 プロセス群及び対象群に関連するプロジェクトマネジメントのプロセス
(JIS Q 21500:2018 より引用)
図1 は、ISO21500 のプロセス群を時間軸に沿ったフロー図にしたものです。図中の矢印はプロセスの流れを示し、プロジェクトの合理的で最適な管理のためにプロセスの前後関係を考慮しながら(一例として)配置しています。ISO21500 は『プロジェクトの成功を容易にするためには、適用する各プロセスを他のプロセスと適切に整合させ、結びつけることが必要である』と述べています。すなわち組織がプロジェクトマネジメントに必要なプロセスを決定し、その前後関係を明らかにすることにより、プロジェクトマネジメントの管理フロー図を手中に収めることができるのです。
図2 計画プロセス群のプロセス(JIS Q 21500:2018 より引用)
組織がプロジェクトマネジメントを遂行するために、プロセスを用いたフロー図を作成しても、プロセスの中身、すなわちプロセスの定義内容が重要です。プロセスフロー図を作成する組織は多く存在しますが不思議なことに一つ一つのプロセスを定義している組織はあまり見掛けません。(おそらくプロセスと手順の違いを理解していないことが理由の一つと考えられます。ちなみにISO 的には手順とはプロセスの一部にすぎません。)
プロセスは様々な方法で定義できますが、タートルチャートを使用する方法が一般的です。本稿では「プロジェクト憲章の作成プロセス」の定義書と、その定義書にしたがい作成したタートルチャートを一例として紹介します。
表3 プロジェクト憲章作成プロセスのプロセス定義書例
図3 プロジェクト憲章作成プロセスのタートルチャート例
6. 用語とその定義(プロジェクトの用語を標準化する)
ISO の規格は用語を正しく理解してもらうために、幾通りもの解釈ができる用語は規格の中で定義します。こうした配慮が標準化とコミュニケーションの基盤を支えてくれますが、私たちのビジネス現場でも同様のことが言えます。ステークホルダーとの間でプロジェクトマネジメント用語を共通の意味で理解することは、相互の意思疎通を円滑にし、プロジェクトの失敗を未然に防止する効果が期待できるものと考えます。
ISO21500 は16 の用語を定義しています。その中には定番である『プロジェクト』や『プロジェクトマネジメント』の定義が見当たりませんが、組織が必要とする場合は他のISOマネジメントシステムから用語とその定義を借用することで標準化の恩恵を得ることができます。ISO の定義を用いることで、プロジェクトから組織の方言を排除し、ステークホルダーとの間で誤解を生じないように配慮することはプロジェクトだけではなく母体組織の責任でもあるのです。
一例になりますが、ISO9000(JIS Q 9000)で定義しているプロジェクトで頻出の用語を表4に例示しましたので参考にして下さい。
表4 プロジェクトで頻出の用語例(JIS Q 9000:2015 から引用)
7. プロセス(組織の既存のプロセスと関連付ける)
ISO による調査“ISO Survey 2016”によると、ISO9001(QMS)やISO14001(EMS)など、代表的なISO マネジメントシステムで認証を取得している組織は世界180 カ国以上で150 万社を超えます。ISO マネジメントシステムを採用する組織は要求事項(ISO9001 細分箇条5.1.1)にしたがい組織の事業プロセス(本業)とISO マネジメントシステムのプロセスを統合しなければなりません。このような組織では、組織の既存プロセスとISO21500 のプロセスを関連付けることが容易であると考えられます。この場合にはISO マネジメントシステムの土台となる『付属書SL』(共通テキスト)の理解があると良いでしょう。
上記の付属書SL とは“Annex SL”とも呼ばれており、ISO がマネジメントシステム規格を作成するためのテンプレートだと理解すると分かり易いかもしれません。ISO が付属書SL を規定したことにより、2012 年5 月以降に作成・改訂されたISO マネジメントシステム規格は付属書SL を適用するようになりました。図3に概念を示しましたが、付属書SL(共通テキスト)は分野の異なるISO マネジメントシステムの共通部分が独立したテキストになっており、QMS やEMS などの独自の要求事項(プロセス)を付属書SL にプラグインすることで、ISO9001 やISO14001 など目的別のマネジメントシステム規格が完成するようになっています。
図4 付属書SL とISO マネジメントシステムの関係例
ISO21500 のプロセスが、前出の様に組織の既存プロセスと対立したり、二重の仕組みにならないために、付属書SL で規定されるISO マネジメントシステムの共通プロセスとの関係性を明確にすることが望ましいのです。
表5は表2で示したプロセス群に付属書SL のプロセス(SL が提供するプロセス)を当てはめてみた一例です。(実務的にはもう少し詳細化する必要がありますが、考え方に変わりはありません。)
表5 ISO21500 と付属書SL の相互関係例
8.終わりに
ISO21500 は国際規格です。本稿ではISO マネジメントシステム規格の共通した考え方を引用したので、分野の異なる方には分かり難い話になったかもしれませんが、異業種交流の趣旨からすると、こういう話題もありかなと考えます。
より詳しい情報は拙著『ISO21500 から読み解くプロジェクトマネジメント』から得られますので、機会があればご一読下さい。
ISO ではISO21500 シリーズの改善を今後とも進めていくようですが、前出したように中核になる規格はISO21500(プロジェクトマネジメントの手引)ですから、時間が許す範囲で目を通しておくことをお勧めします。もしかするとISO 規格からプロジェクトマネジメントに関する新しい気付きが得られるかもしれません。
読者諸兄のプロジェクトが今後とも成功と栄冠を確保できることを祈念し、ここに筆を置きたいと思います。
長文・乱文多謝