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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (2)
―ISSの単位 統一できず―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :1月号

 ISSの共通化交渉の1つに、単位の統一論争がありました。アメリカはヤードポンド法で、日本はメートル法ですが、ISSとして共通単位に合わせる動きがありました。国際標準は、メートル法の後継として国際的に定めた単位系(略称SI)ですが、現在、アメリカなど一部の国を除いて世界のほとんどの国で使用されています。SIは、メートル法で広く使用されていたMKS単位系(長さメートル:M、質量:Kg、時間:秒:S)を拡張したものです。

 ISSの共通単位として、SI単位が使用されるのが自然の流れですが、単位統一交渉は頓挫しました。アメリカが単位系を変えるとなると、国防産業や造船、土木建築など多くの企業の工場のインチ工具をセンチ工具に、ねじなどの部品加工機械をインチからセンチ単位に治工具を含めて全部かえることになるので、ISSのためだけに変更するのは無理な話でした。結局、両方記載することで共通化論争はおさまりました。

 このような事情のため、ISSの関係者は常に単位換算を行いながら設計、製作、運用をしなければなりませんでした。例えば、圧力のSI単位は、パスカルなのですが、NASAの船外宇宙服ではpsi単位が使われていています。そもそも酸素タンク圧力やレギュレーターなど宇宙服は、アポロ計画で開発されたものなのでISSのシステムとは異なります。宇宙飛行士が気密を確認する圧力も宇宙服のディスプレイに表示されるデータもpsi表示です。このため、手順書には2つの単位が併記されています。
 ただし、日本の貨物輸送機「こうのとり」や米国貨物輸送機等がドッキングする接続部を均圧化する手順書はmmHg表示のみですし、ソユーズに退避すべき安全許容時間を計算するのもmmHgです。ロシアの宇宙船なので当然ですがソユーズ宇宙船でも酸素分圧や、宇宙船内の気圧はmmHg単位が使われています。

 「きぼう」の打上げを行うスペースシャトルとの技術調整で何回も経験したことですが、NASAは当たり前のようにポンド単位で話をするので、MKS単位系に直しながら対応しなければなりませんでした。例えば、スペースシャトルに積む荷物は重量3トンとNASAが発言したら、1トン=2000ポンドだと理解し、MKS単位系に直して2000ポンド=900kgなので重量3トンは2.7トンであると神経をとぎすませて素早く頭の体操をして理解しなければいけなかったのです。(1)

 アメリカ人でも単位系を間違えて火星探査機のミッションを失敗させた事例がありました。1993年9月、MARS Climate Orbiterは、火星の気象、大気中の水と二酸化炭素などを観測するため、まさに火星軌道に進入するため約16分のエンジンを燃焼させました。ところが、地上管制局でエンジン動作の計算はポンド・秒で行い、それをニュートン・秒に換算すべきところそのままにしたので、火星上空約150㎞の軌道にのれずに、約60㎞の軌道になってしまいました。そのため、火星大気に突入させる結果となり探査機は墜落して失敗しました。(2)

 「きぼう」は、幸い単位換算で開発も運用も大きな問題を出すこともなく開発と軌道上組み立て、実運用で10年間にわたる運用を行っています。

以上

参考資料 (1) 小松正明氏ほか、JEM開発の過去・現在のメモ(2010年)より
  (2) マーズ・クライメイト・オービター- Wikipedia

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