関西例会部会
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第137回 関西例会レポート

PMAJ関西 KP 守能 昇治 : 11月号

開催日時: 2017年10月13日(金) 19:00~20:30
開催場所: 大阪市立 総合生涯学習センター 第1研修室
テーマ: 事実起点の共創イノベーション ~行動観察の概要と自治体関連事例~
講師: 佐伯 円 氏/株式会社オージス総研行動観察リフレーム本部 シニアリサーチャー
参加者数: 31名、交流会:10名

講演概要:

 株式会社オージス総研で取り組んでいる行動観察は、現場の事実を起点に、インサイトを導き、ソリューションにつなげる新たな価値創造・リフレームのためのアプローチ手法である。これまでに、商品開発、現場の生産性・CS向上などのテーマで1000件を超える実績を積み重ねてこられた。その行動観察の概要と考え方、また最近増えつつある自治体関連における活用事例について講演いただいた。

1.行動観察とは
 行動観察とは、アンケートやインタビューなどで対象者に尋ねるだけでは引き出しきれない課題やニーズを実際の行動を観察し分析することで明らかにすることである。本人自身も気が付かない部分を、行動観察で科学的に分析することで把握でき、イノベーションにつなげることができる。一方、本人が気付いている部分、不満の部分は、改善はできるが、新しい価値を創造すること、すなわちイノベーションは難しい。
 次に、行動観察の価値創造のプロセスについて説明する。大きくは3つのステップになる。ステップ1では、フィールドに足を運び、新たなファクト(事実)を膨大に得る。ステップ2では、ファクト(事実)からインサイト(洞察)を導出して新たな仮説を生む。事実を既存の枠組みで分類するのではなく、意味の似たものどうしを近づけて類型化し、統合的に見てこういった事実があるということは本質的なところで何が原因であるのか、何が課題であるのかを導いてゆく。ステップ3で、分析から得た新たな仮説をもとにどういったことをしていったらよいか、フォーサイト(展望)し、方向性やアクションを描く。この3つのステップからなる価値創造のプロセスを、いろいろなテーマや現場で実施している。

2.行動観察起点のソリューションを実践するために
 行動観察起点のソリューションを実践するためには、「気づき力」が必要であるが、人間の心理的特性が、「気づき」を困難にしている。以下に4つ紹介する。
選択的注意
注意を払ったことはしっかり認識されるが、注目していないことは無視される。
認知的不協和
自分の考えと相反する情報が入ると、どちらかを直ちに捨てて、不快から脱しようとする。
確証バイアス
一度、印象が確定してしまうと、なかなかその枠組みから抜け出すことができないという傾向がある。
基本的帰属錯誤
誰かの行動を解釈するとき、その行動の原因を、その人に求めがちで、その人の置かれている環境を過小評価しがちである。
 以上の4つの心理学的特性を理解し、それを乗り越えることで、「気づき力」が向上する。

 また、イノベーションのためには、「気づき力」と合わせて、マインドセットが必要であることが分かってきた。マインドセットとはその人(会社)の思い、哲学、志のようなものである。マインドセットには次の3つがある。
チャレンジ精神
「慣れた環境から離れない」のではなく、「自ら未知の場に飛び出して、思いっきり発想を広げてみる」マインドセット
他己実現
「自分のためにだけ頑張る」のではなく、「場にいる人たちの自己実現に向けて他者のために頑張ろうとする」マインドセット
前向き
辛い状況にあっても、自己効力感を失わず、前向きに取り組み続けることができるかどうか、というマインドセット
以上、3つのマインドセットがイノベーションをしていくうえで重要な要素である。

3.地域創生支援ソリューションの自治体関係事例紹介
 自治体には地域創生の波が押し寄せ、いくつかの共通した課題が持たれており、行動観察で支援させていただいた案件を紹介する。

事例Ⅰ.大阪府高槻市
 市役所における「庁舎内での来庁者環境の最適化」と「職員の日常業務プロセスの 最適化」検討支援のための調査である。予定されている改修に備え、来庁者の動線および執務スペースの利用状況から改善に向けた方向性を導出するのが目的である。
 まず、来庁者スペース・執務スペースの観察調査を繁忙日の2日間、調査員による観察とビデオ撮りおよび10名の職員にインタビューを行った。観察とインタビューで 得られた事実・気づきをデータ化し、課題のありそうな業務を3つに絞った。
 次に被験者の追尾観察・対象者の深堀観察をおこなった。事前にリクルートしたお子様連れ・高齢者・車いすユーザーなどの9名に、3つの手続きを模擬的に行ってもらい密着観察した。また、執務スペースの方は3つの業務を詳細観察してボトルネックを抽出した。以上の事実に基づき、ワークショップで市職員の方々とともに課題の本質を深堀し、庁舎の新たな方向性を導出した。
 課ごとに改良・改善を重ねた結果、課ごとの独自性が突出し、他課との連携がなく、市役所全体の統一感がないこと、また、来庁者目線の動線・スペースが活用されていないことが分かった。執務スペースのファインディングからも、課内・課同士の連携など全体を通して、トータルコーディネートできていないことが分かった。来庁者にとって優しい庁舎のあり方の方向性を次のように考えた。各課が個々に改善を重ねるがゆえに、来庁者目線からは、かえって分かりにくく利用しづらいと感じる市庁舎になっていたことが本質的な課題であったため、まず基本的な方向性は、来庁者が真ん中にいる市役所とした。来庁者を移動させないレイアウトや動線・執務スペースを来庁者の目線で設けることにした また、業務フローの観察からは、書類を扱う、ある係の業務量・種類が多く、かつ質的負荷が高く、ボトルネックになっていることを発見した。そこで、他との連携を見直し、対象の係が本来業務に集中できるフローの見直しを提言した。
 担当部門から次のような声をいただいた。「外部からの視点による新たな気づきを得た。これまでの『部分最適』から『全体最適』を目指すことになり、来庁者の立場から庁舎環境を見直す機会となった。これまで各職場の各改善に向けた取り組みが、庁舎全体からみると統一感がなくなってしまうという点は、市の内部だけではこれから先も気づかなかったと思う」との評価をいただいた。

事例Ⅱ.奈良県河合町
 「かわい浪漫プロジェクト」という、パナホームさま主体の国交省モデル事業「既存住宅の循環利用」の調査部分をオージス総研が担当した。この地区は40年ほど前にできたニュータウンであり、高齢化で空き家が増え、子育て層がどんどん出て行っているという状況のなか、実際に住民の意識を深堀りすることを起点にした既存住宅の循環利用に向けてのプロジェクトである。
 当たり前になっている「まちの魅力」にどう気づくのか、住民が言葉にできない価値観から解釈し、アイデアを創出し住民とキャッチボールしながらアイデアの受容性を検証するという流れで行った。その結果から、Uターン近居の施策を町へ提言した。
 まず実態把握として、住民への留め置きアンケートと町の持つ魅力を引き出すエスノグラフィ調査を行った。アンケートでは40代以下の回答者プロファイルから、子育て世代の約60%において親元との距離が車で1時間以内であることが抽出され、親との近居がキーワードとなり、深堀テーマの1つと位置づけられた。
 エスノグラフィ調査からは、子育てファミリー、特に転入者にスポットを当て、自宅訪問や、地域との関わりを知るためにお気に入りのコースを一緒に散歩に同行させていただきながら4~5時間ほど話を伺った。結果、転入直後の町内会・ご近所付き合いなどの人間関係などで結構ストレスがかかり、一時、マインドがネガティブモードになる、しかし、子育て支援の施設でママ友と知り合うなど、相談相手ができることで、徐々に街への愛着が深まって行くことが見えてきた。つまり、地域コミュニティとの繋がりが定住促進に繋がるのではないかということ、また、いったん地元から離れた若者が、結婚や子育てを機に地元に戻り、親と一緒に近居してもらうことは、親が住み続けていることなどもあり、サポートを受けやすい環境であることにも気が付いた。これをどのように実現・促進して行くか、71個のアイデアの中から6個のアイデアに絞り、住民ヒアリングを行いブラッシュアップした。この「かわい浪漫プロジェクト」は「ジャパン・レジリエンス・アワード 2016」において最優秀レジリエンス賞を受賞した。

4.まとめ
 以上の事例が示すように、行動観察がささるポイントとしては、以下の3つの点で有効であると考える。
他の自治体と差別化できる価値を発見
問題の本質=なぜそうなのか?を徹底追求
自治体 & 住民 & 当社三位一体による共創
以上の3点が「新たな価値を生む発想」へとつながると考える。

5.最後に
 講演後も活発な質疑応答がありました。筆者が印象に残ったのは、「気づき力が苦手な人はどうしたらよいか」という質問に対して、講師が「日常的にゲーム感覚で、気づいたことをメモしたり、SNSにアップしたりすることで、気づき力は向上する」という返答でした。どうしてなんだろうと考えることを習慣化する重要性を訴えられました。アンケートでも多くの良いメッセージを頂き、参加者全員から「大変満足」、「満足」との回答をいただくなど、たいへん充実した内容の講演でした。
以上

例会の様子

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