リエンジニアリングは何処にいった
マイケル・ハマーとジェイムズ・チャンピーの共著による「リエンジニアリング革命~企業を根本から変える業務革新~」が、1993年に発刊された。著作中と思われる1989年12月28日に、日本の株価は38,916円のピークに達し、翌1990年9月30日には20,220円に急落していた。これは、その後「バブル崩壊」といわれた。その後も、株価はなだらかに落ち続け、2002年と2008年には、9,000円を割っている。単なる経済的ショックだけでなく、人々の心理状態に大きな影響を与えた。ダメージを受けた多くの企業人が、タイミング良く発刊されたこの本に飛びついたと思われる。私もその一人であった。
コンサルティング会社も大チャンスと飛びついた。その後約10年以上に渡って「リエンジニアリングブーム」となった。多くの講習会、研修会が開催された。当時、客先に業務提案をしていた私も、関連情報を収集し、客先への提案に取り入れた。一部の顧客はそれを待っていたと思われる。リエンジニアリングの基本は、ビジネスプロセスを見直して、大きな利益を得るためにビジネスモデルを改革することである。問題は、顧客のビジネスプロセスを理解することは容易ではないことだ。
現代の業務は高度に分業化したされている。その業務を精査し、生産性を上げるためには、業務の中身や分担などを見直すことである。例えば、ベルトコンベヤによる流れ作業による分業から、セル生産への変革は、典型的なリエンジニアリングである。現場の生産性向上に大きな役割を果たしたQCサークル活動がある。その中心課題は標準化だが、それが行きすぎると、多品種少量のマーケットの多様化ニーズに即応できない。また、業務所掌の変更による権限の委譲も明文化されていない業務が多いため見直しは容易でない。担当する個人からすると、全体像より一人ひとりの業務の見直しにこそ関心が高い。働くヒトの意識改革が同時に必須事項だ。
利益は収益から費用を引いた残額だ。一般的に、収益は売上からはいる収入であり、費用は、人件費を含むいわゆる経費支出だ。本来は、ビジネスプロセスを改革して収入を増やし、合わせて、経費を削減するべきである。しかし、ビジネスモデルの変更は、大変なエレルギーを必要とする。まじめに取り組む企業も少なくなかったと思うが、多くの企業は、リエンジニアリングの名のもと、利益確保のための経費削減に走った。人員削減と業務のアウトソーシングに傾倒して行った。特に、日本企業は、終身雇用と年功序列の両制度に依存していたにも係らず、経費削減狙いの早期退職に走った。シニア層が一番のターゲットとなった。単なる人件費削減と同意義のリストラ(リストラクチャリング)とリエンジニアリングが同一視される事も多々あったと思う。
「高度に専門化され、プロセスが分断された分業型組織を改革するため、組織やビジネスルールや手順を根本的に見直し、ビジネスプロセスに視点を置き、組織、職務、業務フロー、管理機構、情報システムを再設計し、最終的顧客に対する価値を生み出す一連の改革」(@Wikipedia)が、リエンジニアリングだが、リストラとしての人員カットの口実となった。
正規社員の非正規化も進んだ。特に、シニア社員は一旦退職し、その後再雇用することで非正規社員が増え、人材が資産から経費へと変換した。日本の多くの知的資産は、文書化されておらず、暗黙知として維持されて来ていた。突然、暗黙知の塊である可能性の高いシニアを切れば、モチベーションは低下し、長期的な潜在競争力は落ちる。かつ、日本企業は、世界で起きていたIT革命にも乗り損ねている。自らビジネスモデルを変え難い企業体質に加え、米国では企業改革の方法論として重視されたITを単なるツールとして軽視し、その結果、改革を担うべきIT人材の供給も不足するという悪循環となり、企業の新展開を阻んでいる。
日経BPの調査では、企業経営者は、IT技術やIT技術者にはビジネスの利益拡大に関して、多くを期待していないとの結果が出ている。当然、大学がIT技術者を多く輩出する事も期待されていない。突然、IoT、AI、ロボットだと云われても、当然の事として人材は急には供給できず、世界の新潮流には追い付き難い。情報は、狭義の情報システムやIT技術ではなく、業務そのものを見直す起爆材であり、日本以外の世界では、経営者がそれを充分認識しているとの結果が報告されている。必然的にIT技術者は重用され、人員も多く、報酬も高い。その結果、高度なIT技術者の再生産に繋がる。
リエンジニアリングは、日本では本来の意味を離れ、リストラとして捉えられることが多かった結果、悪印象と伴に消え去ったように思える。経済成長が滞っている現在の日本に必要なのは、本来の意味のリエンジニアリングである。これへの対応が遅れ、変革についてゆけない。個々の企業レベルでは世界に追い付かないのであれば、日本経済全体を巻き込む、本来のリエンジニアリングが必要な時である。折しも、政府の重点新産業政策は、「Connected Industries」だ。企業の枠を超える「リエンジニアリング」の機会到来である。
以 上
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