PM研究・研修部会
先号   次号

Failure is not option.

(株)エアラ・マークス 取締役副社長 内藤 裕一 : 2月号

 アポロ13号は1970年4月に行われたアポロ計画の3度目の月面着陸飛行で、飛行中の事故で帰還が危ぶまれたが、多くの困難を乗り越えて帰還を果たした。この宇宙飛行は、危機管理の見事さから「Successful failure」と呼ばれている。ご覧になった方も多いと思うが、アポロ13号の奇跡的な地球帰還のストーリーは、トム・ハンクス主演で映画化されている。映画中で主任フライト・ディレクターのジーン・クランツが言うセリフが「Failure is not option.」である。「失敗はあり得ない。」という意味であるが、私はこの言葉が気に入っている。プロジェクトの成功率はあまり高くないと言われている。日経コンピューターの調査でも成功率は30%程度で、プロジェクトはあまり成功しないというのが一般的な認識である。アポロ13号では、宇宙飛行士の生命がかかっていたので失敗はできない。しかし、どのようなプロジェクトでも目的を達成し、成果を産み出すために行われるので、プロジェクトは成功しないと意味がない。全てのプロジェクトで「Failure is not option.」である。
 筆者は、新潟県南魚沼市にある国際大学でプロジェクトマネジメントの講座を担当している。国際大学は海外留学生が90%以上の大学院大学である。プロジェクトマネジメント講座は90分1コマのクラスを20回、合計30時間のカリキュラムで、前半はPMBOK®を教え、後半は学習した知識を使ってプロジェクトマネジメント計画を作成する演習が中心である。卒業後、実際に使える知識を身に着けて貰いたいので、少なくとも実行可能なプロジェクトマネジメント計画を開発できるスキルを習得することが講座の最終目的である。15時間程度でPMBOK®を教えるのはかなり大変で、学習する知識が多いので学生の評判も悪いが、演習を完了するための基礎知識として必要である。受講者の中にはPMP®受験志望者もいるので、受験資格に必要な35時間の研修を満たすために5時間の追加講座を提供している。追加講座では、アポロ13号のケーススタディを行っている。ケーススタディは、アポロ13号の映画を見て、グループでディスカッションして成功要因を特定し発表するというものである。本当はアポロ13号の本を読んで、より深いディスカッションをして貰いたいのだが、時間が限られているので映画を使っている。英語がネイティブではない学生が多いので、映画が充分理解できるようにWikipediaのアポロ13号の記事を事前に読ませている。学生たちの分析結果も踏まえて、アポロ13号がなぜ「Successful failure」であったのか考えて見たい。

 アポロ13号の事故以降に起こった事象を確認する。
1. センターエンジンの故障
第2段ロケットS-IIの5基あるエンジンのうち、中央エンジンが予定より2分早く燃焼を停止した。他の4基のエンジンが自動的に燃焼時間を延長して推進力を補完したため大事には至らなかった。
2. 酸素タンクの爆発
地球から約32万キロの地点で、地上管制の要求で機械船の2基ある酸素タンクのうちの第2タンクを攪拌したときに爆発が発生する。タンク内部の電線被膜が損傷していたため電流がショートしスパークが飛んで爆発を誘発したためである。
タンク内の圧力が上昇し、酸素が船外に流失し、高感度アンテナが損傷する。このため一時的に地上とコミュニケーションが途絶えたが、自動的に周波数帯が切り替えられ通信は再開される。
爆発の衝撃により燃料電池NO1とNO3の酸素バルブが閉鎖される。同時にNO1酸素タンクも損傷し、130分後には酸素が完全に船外に流失する。
燃料電池はタンク内の酸素と水素を使って電力と飲料水を生成する。酸素タンクが空になると、司令船にはバッテリーの限られた電源しかなくなる。バッテリー電源は地球再突入に必要なため、司令船をシャットダウンし、月着陸船をライフボートとすることになる。
3. 地球帰還の決定
事故により月面着陸は諦めざるを得なくなり、フライト・ディレクターのジーン・クランツは、ミッションの中止とアポロ13号の地球帰還を決断する。地球帰還には、直ちに反転して地球に向かう方法、月の引力による自由帰還軌道上を月を周回して帰還する方法がある。直接帰還は1日早く地球に到達するが、機械船のSPSエンジンを使った反転は巨大なGが発生するため宇宙飛行士の生命を維持している月着陸船を切り離す必要がある。ジーン・クランツは様々な条件を考慮して自由帰還軌道を使う方法を選択する。
4. PC+2噴射
アポロ13号は月面着陸地点のフラ・マウロに向かうために自由帰還軌道から外れていたので、着陸船のDPSエンジンを使って修正する。近月点(Pericynthion)から2時間後に帰還速度を速めるためにDPSエンジンを噴射する(PC+2 burn)。PC+2では機械船を切り離して速度をより早くする噴射も考えられたが、飛行士が司令船に戻ると酸素などの消費度が多くなり、地球帰還までのリスクが増すため選択されなかった。
5. 電力不足
着陸船のバッテリーは月着陸用であり、地球に帰還するには充分ではない。電源を節約するため、使用電力は60Aから12Aに制限される。これにより、各部門で電力の取り合いが発生する。
6. 二酸化炭素濃度の上昇
船内の二酸化炭素は水酸化リチウム(LiOH)のフィルターで除去さるが、着陸船は2人が乗って司令船と月を往復する用途なので3人分のLiOHは積載していない。司令船には充分なLiOHがあるが、除去装置の形状が司令船と着陸船では異なっていて代用できない。地上のエンジニアは、船内にある材料を使って、球形の除去装置を角型の装置に接続する装置を開発し、飛行士に作り方を指導して作らせた。これにより二酸化炭素濃度は正常となる。
7. 軌道調整
地球に近づいた時点で、地球突入軌道より多少ずれていた。電力不足によりコンピューターが使えないため、飛行士は窓から見える地球をコンパスとして手動で軌道を調整する。
8. 司令船のパワーアップ
地球帰還には完全にパワー・シャットダウンしている司令船を再起動する必要がある。地上の宇宙飛行士のケン・マッティングリーとエンジニアは、シミュレーターを使って再起動プロシージャーを確認する。司令船は冷え込んでいるため結露による電流のショートが懸念されたが、アポロ1号の火災事故の後、充分な漏電対策がなされていたためショートは発生せず再起動は成功する。
9. 着陸船の切り離し
地球突入には飛行士は司令船に移動し着陸船を切り離す必要がある。切り離しは通常機械船のRCS(Reaction Control System)を使って行われるが、RCSは電力不足により使用不能である。トロント大学のエンジニアが司令船と着陸船の間のトンネルを加圧することで可能であると結論付ける。圧力が強すぎると司令船の耐熱シールドを傷つける可能性があり、弱いと切り離せない。正確な計算が求められたが、切り離しは成功する。
10. 重量不足による軌道のずれ
アポロ13号は月面から岩を持ち帰る予定であったが、着陸しなかったので岩がなく重量が不足し軌道がずれていた。着陸船から物を適当なものを司令船に持ち込んで調整する。
11. 地球再突入時の諸問題
耐熱シールドの損傷、パラシュートの凍結、着水地点の台風接近などの問題が考えられたが、アポロ13号は最終的に無事に帰還することができた。

 学生と筆者の考えた成功要因は以下である。
1. 意思決定
タイムリーで断固たる意志決定が行われた。
早い判断で、月着陸を放棄し飛行士の安全な帰還にミッションを切り替えた。
着陸船をライフボートとして使うという早期の判断で、電力や酸素などの消耗を抑えることができた。
2. 予測
帰還までに発生する事象が的確に予測された。
帰還までの成功シナリオが作られ、状況に合わせて適宜、適切に更新された。期間中、どの時点でもリスクはあっても成功する方法が確保されていた。
軌道修正の必要性とタイミング、電源の不足、二酸化炭素の増加、着陸船切り離しの障害、などの発生する可能性のある問題がすべて洗い出され、適切な解決法が考え出された。
3. 問題のマネジメント
慎重な分析と深いディスカッションに基づいて、種々の問題が適切にマネジメントされていった。
帰還軌道の選択は、様々な条件を考慮しタイムリーに行われた。噴射エンジンの使い方、噴射の時間が適切に示された。
限られた電力を各部門が取り合ったが、担当エンジニアの懸命な調整で各々の必要な電力が配分された。
着陸船の切り離しの方法、圧力計算は専門家に委託され、制限時間内に正確な結論が得られた。
解決案は、失敗がないように慎重に確認された。
― 司令船パワーアップ・プロシージャはシミュレーターで確認された。
― 二酸化炭素除去装置は地上で試作された。
4. コミュニケーション
意思決定が明確に伝わった。
多くのコントローラー、エンジニア、研究者、飛行士がタイムリーで的確なコミュニケーションを行った。
必要十分な情報が宇宙飛行士に伝えられた。不要な情報は伝えられなかった。
宇宙飛行士に正確な情報が伝わるように慎重に行われた。
― 二酸化炭素除去装置の作成方法
― 司令船パワーアップ・プロシージャ
マスコミとのコミュニケーションが適切であった。
5. 体制
4チームが交代で支援する体制が作られていた。
地上の宇宙飛行士が協力した。
エスカレーション方法が明確で、対応はタイムリーで適切に行われた。

 アポロ13号の事故処理は危機管理であるが、プロジェクトマネジメントにおいてもほとんど上記の成功要因が当てはまる。最も重要な成功要因は、意思決定の見事さであろう。危機管理でもプロジェクトマネジメントでも意思決定の難しさは、場合によっては選択肢を確認できないことである。例えば、トラブル・プロジェクトを途中から引き受けて、要件定義がうまくいっていないことが判明した場合、既存の要件定義を手直しするのがよいのか、一からやり直したほうがいいのかは、並行してやってみない限り結論がでない。プロジェクトマネジャはこの意思決定をしなくてはならないが、これはいつでも難しい決定であり、結果論で評価されることになる。アポロ13号の場合は人命がかかっているという究極の意志決定であったが、結果的に正しく意思決定がおこなわれ見事としかいいようがない。
 成功基準もプロジェクトの成功の重要な要素である。日経コンピューターの調査ではQCD目標の達成で成功を判定しているが、これは必ずしもプロジェクトの目的の達成と一致するとは限らない。筆者は、成功はQCDではなくプロジェクト目標の達成度で測定すべきと考えている。成功基準が明確でなかったり、チームが理解していなかったりするプロジェクトをよく見かけるが、これでは成功はおぼつかない。アポロ13号では、宇宙飛行士の生還という明確な成功基準があった。このためチームのベクトルが一致して成功に結び付いている。
 プロジェクトでは程度の違いはあれど失敗はつきものである。個々の失敗を克服していった結果に成功を得られる。すべてのプロジェクトで、「Successful failure」としたいものである。

ページトップに戻る