PM研究・研修部会
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「英国発のプログラム標準 MSP (Managing Successful Programmes) 紹介その3」
~総集編~

PMAJ PM研究・研修部会 技術士(情報工学部門)、PMP®、PMR
渡辺 敏之 : 1月号

1. はじめに
 PM研究・研修部会では、AXELOS社によるプログラムマネジメント標準「MSP(Managing Successful Programmes)」の説明セミナーを2016年に3回シリーズで実施しました。第1回のセミナーでは、「MSP全体像および基本原則」、第2回のセミナーでは、「MSPガバナンス・テーマ」を説明しました。本稿では、2016年11月18日に開催した第3回のセミナー「MSP 総集編」について変革フローも含めて説明します。

<PMAJオンラインジャーナル掲載資料>
第1回セミナー「MSP全体像および基本原則」 【2016年9月号】
第2回セミナー「MSPガバナンス・テーマ」 【2016年11月号】

2. MSPとは
 OGC・AXELOS標準とは英国商務省(OGC)が開発したベストプラクティス・ガイドを指しています。英国商務省は内閣府(CO)に統合され、一連の英国政府におけるPM標準類に関するIP管理は、英国政府がアウトソーシング・プロバイダであるCapita社と共同で設立したAXELOS社に移管されています。これらの標準は図1のような体系になっていてポートフォリオマネジメント標準がMoP、プログラムマネジメント標準がMSP、プロジェクトマネジメント標準がPRINCE2という位置づけになっています。
 プログラムマネジメント標準であるMSP(Managing Successful Programmes)は「組織変革のための変化を成功裏に達成する上で、経験から導かれたプログラムマネジメントにおける実績あるグッドプラクティス」となっています。つまり、標準よりも実践事例ということに重点がある記述となっています。そして、変革の達成を促進するために主要原則、ガバナンス・テーマ、一連の関連プロセスを集約するとともに、ビジネス変革から測定可能な便益を得るため、どのように組み込み、レビューし適用するかを助言するかを記載しています。

図1 OGC・AXELOS標準体系
   図1 OGC・AXELOS標準体系

 MSPではプログラムを「組織の戦略目標に関わる成果や便益を提供するために、一連のプロジェクトの実行を調整・指揮・監視する一時的な、柔軟な組織」、プログラムマネジメントを「成果を達成し、便益実現のために、組織を調和させプロジェクト活動の指揮・実行を行う活動」と定義しています。そして、企業や組織の変革に最適なマネジメント手法であるとしていて、図2のようなプログラムの種類を挙げて説明しています。

図2 プログラムのタイプ
    図2 プログラムのタイプ

 プログラムは目標達成のために図3のようなステップをたどって活動を行い、目標達成を目指します。この流れはシステム開発におけるV字モデルのような形となっています。

図3 企業・組織目標達成のためのステップ
    図3 企業・組織目標達成のためのステップ

 このようなステップを踏むプログラムの活動を行うのは図4のような組織となっています。
 プログラムの説明責任を持つSRO(Senior Responsible Owner)の下にプログラム・マネジャーとBCM(Business Change Manager)がついて両輪の働きをして対象となるプロジェクトを統合します。このマネジメント体制によりプログラムは推進されます。

図4 プログラムの体制、コントロール、レポートの階層
    図4 プログラムの体制、コントロール、レポートの階層

3. MSPのフレームワークと原則
 MSPは多くの経験や専門家の知見により導き出された方法論として「MSP基本原則 (MSP principles)」、「MSPガバナンス・テーマ (MSP governance themes)」、「MSP変革フロー (MSP transformational flow)」、の3つの視点から便益を実現するための活動が記述されています。
 それをフレームワークとして表しているのが図5です。

図5 MSPのフレームワークと概念
    図5 MSPのフレームワークと概念

- MSP基本原則 (MSP principles) 外側の輪
  成功したプログラムの特徴  
- MSPガバナンステーマ (MSP governance themes) 2番目の輪
  プログラムへの組織のアプローチ  
- MSP変革フロー (MSP transformational flow) 内側の輪
  成果を達成し便益を実現させるフロー  

 図6に示すようにプログラムマネジメントの基本原則には成功したプログラムの特徴が反映されています。ガバナンス・テーマと変革フローに適用することでプログラムはより目的を達成しやすくなります。

 プログラムマネジメントの基本原則には以下のような特徴があります。
汎用性が高く、あらゆるプログラムに適用可能である
長年の実践で有効性が証明されている
成功にむけた変革を具体化できるようになる

図6 MSPの基本原則
    図6 MSPの基本原則

4. MSPのガバナンス・テーマ
 図7に示されるMSPのガバナンス・テーマは、他の視点である原則および変革フローと密接な関わりを持っています。特に、ガバナンス・テーマと変革フローとの関係は図10のようになります。変革フローにおけるプログラム特定や定義では、関連するガバナンス・テーマでの計画書等が作成されます。更にトランシェのマネジメント、能力の提供、便益の実現では、実行、実現、更新、レビュー等を行い、成果を達成し便益を実現させてプログラムを終結へと導きます。

図7 MSPのガバナンス・テーマ
    図7 MSPのガバナンス・テーマ

 プログラムマネジメントの特徴を表すガバナンス・テーマの一つに便益マネジメントがあります。
これはプログラムが成功裏にビジョンを達成するために、便益を特定し、評価し、マネジメントするものです。
プロジェクトのアウトプットから能力の構築と成果に移行され、組織の便益がもたらされる。
プログラムは改善だけでなく、有益でない影響もある。
便益マネジメント・サイクルはプログラムを通して継続的で反復的に行われる。(図8)

図8 便益マネジメント・サイクル
    図8 便益マネジメント・サイクル

5. 変革フロー
 図9はプログラムのライフサイクルを表したものですが、MSPではこれを変革フローと呼んでいます。
MSPではプログラムのライフサイクルを6つのプロセスに分けています。ライフサイクルの流れとしては、組織の方針、戦略、ビジョンに基づきプログラムを立ち上げることが決まると、プログラム命令が作成されます。
そのプログラム命令に基づき、
(1) プログラムが特定され
(2) 定義が行われ、
(3) トランシェの区分ごとに複数のプロジェクトがマネジメントされます。
(4) トランシェの中では個々のプロジェクトがマネジメントされ、
(5) 便益を実現させていきます。
(6) 最後のトランシェでベネフィットが出たところで、プログラム終結が行われる。
という流れになっています。

図9 プログラムの変革フロー
    図9 プログラムの変革フロー

 これらの各プロセスでは図10に示すようにガバナンス・テーマに基づく活動が実施され成果として提供されていきます。これはPMBOK® におけるプロセス群と知識エリアの関係に類似しています。

図10 変革フローとガバナンス・テーマの関係
    図10 変革フローとガバナンス・テーマの関係

 変革フローの中で特徴的なものにトランシェのマネジメントがあります。トランシェとは特定の便益を成果として提供するためのプロジェクトの集合です。トランシェのマネジメントでは図11に示すようにガバナンス戦略を実行し、企業・組織の戦略に整合した便益が提供できるような調整を行います。

図11 トランシェのマネジメント
    図11 トランシェのマネジメント

 個々のプロジェクトのアウトプットは統合されてプログラムの便益として実現されていきます。
 図12は各プロジェクトのアウトプット、移行のマネジメントと便益の実現の関係を示したものです。便益の実現プロセスは最終的に変革がビジネスの現場に組み込まれるところまで見届けます。

図12 アウトプット、移行、便益実現
図12 アウトプット、移行、便益実現

6. おわりに
 当部会では2015年よりMSPについて研究してきました。MSPによるプログラムマネジメントは、成果を達成し、便益を実現することが目的とされています。2012年のロンドン・オリンピックにおけるプログラムマネジメント手法としてMSPが採用されて注目を浴びました。今後日本でもプログラムマネジメントが普及するにあたって、P2M、PMI標準と並ぶ候補になってくると思われます。

以上

[参考文献]
Managing Successful Programmes, 2011 edition, The Stationery Office, 2011
※ 「PMBOK®」、「PMI®」は、Project Management Institute (PMI®)の登録商標です。

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