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「今の若い奴等は」

山根 哲博 [プロフィール] :1月号

 10年ほど前のことであるが、偶然目にした京都大学図書館機構報に掲載されていた『地球にやさしい戦車 * 』という論文に引き込まれた。論文の中で、京都大学図書館に所蔵されている1942年に山海堂が出版した『戦車』という本が紹介されていて、本の著者は1902年生まれの陸軍少佐の猪間駿三氏(戦車の設計技術者)とある。その名前に何となく覚えがあって読み始めた次第であった。
 この中で地球にやさしい戦車とされたのは、『戦車』という本に紹介されているダ・ヴィンチの時代に考案された装甲風力自動車のことで、猪間氏の解説では、「Valturio と云ふ人の考案である。装甲自動車どころではない、自動車の元祖と云つてもよかろうが、何ともはや愉快千万な車で、車の大きさにくらべて風車が小さすぎることだとか、伝導方式の幼稚さだとか操向装置が見当らないことだとかはまだ好いとしても、この車が敵陣の中で阿修羅の如く暴れまはつて居るまつ最中に風がバツタリ止んだらと思ふと全く吹き出さざるを得ない。」とある。
 * 藤原辰史, 静脩(2006), 42(2): 13-16,

 上記論文の終わりに、戦中にこのような本を書いた著者の戦後の活動が記されていた。猪間氏はプラント輸出の専門家になり、日本製鋼所、神戸製鋼所、千代田化工建設等で働き1970年には開発社から『プラント輸出の実務-ある技術者の体験』という本を出しているとのこと。そういえばと、その10年ほど前に欧州出張時に利用させてもらった某社会議室の書架にその本を見つけて読んだことを思い出した。さらに遡るとプロジェクト業務に関わり始めた頃に会社の資料室で見つけ読んでいた本であった。再び読みたい衝動に駆られて会社の資料室に行くも既に無く、グループ企業の蔵書にあることが分かり、取り寄せた。
 『プラント輸出の実務』は、猪間氏の東パキスタン(現バングラデシュ)での肥料プラント建設などの実体験に基づいて書かれたロジスティクスに視点を置いた本であり、実務書としては最早役には立たないであろう。しかし、事実の記録とともに、設計技術者としての視点、異文化交流の視点で様々な考察がされていて、先人達が歩んだ海外でのプラント建設の歴史を学ぶ上では貴重な資料である。読み物としてとても面白い。

 さて、『プラント輸出の実務』を欧州で読んだ時に印象に残ったのが最終章にある、「今の若い奴等は・・・・・・と言う言葉は歴史始まって以来代々必ずいわれてきた言葉で、現に私達も若い頃、一つ前の時代の人たちからこの言葉を浴びせられてきたし、」という記述である。確かに今から20年くらい前だと「今の若い奴等は」という言葉はよく聞いたものであるが、最近はどうであろうか。
 猪間氏がそうであったように、「今の若い奴等は」と言う人の中には同時に若い奴等のために経験を記録することをされてきた方が居られたと思う。その結果として20年くらい前(インターネットが普及していない頃)なら、本屋に行けばそういった本が結構あり、とても売れそうには思えない本でも出版されていたように思う。いまやハウツー本やネット上の情報は溢れかえっているが、きちんと技術を伝える本、歴史を伝える本が少なくなっていると感じている。関連する問題提起は『地球にやさしい戦車』の中にもある。その背景には様々あると思えるが、その分析はここでは行わない。私が猪間氏が『プラント輸出の実務』を書かれた年齢に達するまで未だ時間はあるが、「今の若い奴等は」と言えるよう、技術・歴史・諸々を若い人に伝えることをPMAJで行っていけたら良いと思う。

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