P2Mクラブ
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巨大災害に立ち向かう複業時代の組織論とPMの可能性
~PM視点で読み解く 『チームの力』 ~

齊藤 哲也 (一般財団法人 日本総合研究所 客員研究員) [プロフィール] :11月号

はじめに
 巨大災害の増加、未曽有の超高齢社会の突入、自治体の消滅可能性…。誰も経験したことのない局面が急速に増え、目まぐるしいスピードで前提条件が変わる中、従来のPM手法では対応しきれない問題が多くなったと感じないだろうか。さらに、時代は副業ならぬ複業の時代に突入。民間企業では、優秀な人材の転職、鬱や介護による離脱など、人材の流動性の高まりから、今や組織の在り方までもが問われるようになった。他方、非営利組織では、社会問題の急増に伴って、限られた資源、限られた時間で成果を最大化するPMスキルの潜在的ニーズは益々高まりつつある。しかしながら、現在のP2Mは、非営利活動のボランティアには複雑すぎ、上意下達の効かないフラットな組織では、そのままでは通用しない。
 
 そこで本稿では、時代のニーズに合った新たなPMを探るため、国内最大級の非営利活動「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を題材に、若きリーダー西條剛央氏が語る組織論を、PM視点で再整理することにより、従来のPMとの違いや、新たなPMの勘所と可能性、「機能する組織」に必要な要素を考えるとともに、P2M普及に資する提言についても言及したい。

ふんばろう東日本支援プロジェクトとは?
 2011年3月11日、東北を襲った東日本大震災の被災者支援を目的に、西條剛央氏を中心とする有志によって生まれたのが、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」(以下「ふんばろう」)である。「ふんばろう」は、50以上のプロジェクトを運営し、3000人以上を擁する国内最大級の非営利活動に発展し、情報発信の応援を含めれば10万人以上が協力した活動となった。活動を完了した2014年9月までの3年半の実績は、「物資支援プロジェクト」では3000箇所以上の避難所・仮設住宅等に3万5000回以上、15万5000個以上に及ぶ直接支援、「家電プロジェクト」では2万5000世帯以上に家電を支給、「重機免許取得プロジェクト」「ガイガーカウンタープロジェクト」と短期間のうちに多様な支援プロジェクトが立ち上がり、物資支援以外にも自立支援や気持ちのサポートなど多岐に及んだ。この活動は、書籍『できることをしよう。』『人を助けるすんごい仕組み』『チームの力』の3冊に記録されている(筆者は当事者ではなく研究者の立場)。特に『チームの力』は、震災から4年後、西條氏自身が自らの活動を振り返り、構造構成主義の観点から再整理した初めての組織論となった。
 東日本全域にわたる巨大災害は、想定を超えた前例のない規模となり、既存のシステムは全く機能しなかった。行政機関に集まった支援物資は、公平に渡すことができないことを理由に、物資を必要とする現場に届かないという悲劇が各地で相次ぐこととなった。また、日本赤十字社は、仮設住宅に支援しても、被災した自宅に戻った人の支援ができないなど、多くのジレンマを起こしていた。「ふんばろう」では、このような悲劇を解消するため、被災現場のキーマンを探し出し、必要な物資の種類と量をヒアリングし、書き出した必要物資一覧をリアルタイムにネットで全国に呼び掛けながら、届けた物資を一つずつ消していく方式をとり、場所への支援ではなく人への支援を重視したことが、大きな成果に繋がった。「必要な人に、必要な支援を、必要な分だけ」供給するこの支援方法は、その後ネパール大震災、広島の豪雨災害、熊本の震災などを経て改良が重ねられ、「スマートサプライ」として結実し、2016年3月「最優秀グッド減災賞」(減災産業振興会主催)を受賞している。

従来の常識を覆す異例づくめのPMとは?
 従来のPMでは、特定の使命を受けて、固有の制約条件の下、期間、品質・スコープ、資源(人・物・金)を特定してマネジメントするのが原則である。しかしながら、本プロジェクトのように、刻一刻と状況が様変わりする巨大災害では、この前提が通用しない環境でマネジメントをしなければならない。具体的には、以下のような点に特異性が見られた。
 
活動拠点となる事務所がない(ネットを核に臨機応変に集会)。
時限的な活動と規定しながらも、初動段階で期限は不明だった。
組織の境界線がなく、メンバーリストがない(どこまでがメンバーか全体を把握する人が存在せず、把握する必要もない)。
メンバーは経験もスキルもバラバラで、お互いに面識のない者同士がチームを組んだ。
活動当初、リーダーの知名度はなく、物流ノウハウもなかった。活動が進むにつれてスキルを持つ人が現れ、人の仲介で繋がった。
組織の規模、プロジェクトの数、被災地の状況は時々刻々と変化した。
本部は細部を管理しない、コントロールしない、報連相を求めない。最前線の現場から情報を吸い上げてリアルタイムに必要な情報を発信。
役割分担は明確にしすぎない。成果重視で活動主体にこだわらない。完璧性より迅速性を重視(5%は大目に見よう)。
反省会はしない(改善点は必要に応じて日常業務の中で表出する)。互いを励ます懇親会は実施。
 
 これまで常識と考えられてきたことが、異例づくめと言えるほど実践の中で覆されている。中でもプロジェクトを推進するにあたって肝となる人的資源と組織は、柔軟性が際立っている。どのくらいのスキルを持った人材が何人集まるかもわからない状態でミッションを達成させる工夫として、呼びかけに応じた人が適材適所に人員配置できるよう、難易度の異なる様々なタスクを用意したことが大きな成果を生んだと考えられる。

成果志向で組織を動かす原理原則
 西條氏が「ふんばろう」を始めるにあたり、既存システムが抱えるジレンマを乗り越えるための土台となった考えは、自身が大学院のMBAコースで教える「構造構成主義」という学問だった。この「構造構成主義」とは、固定的な方法が役に立たないような、まったくの未知の状況、変化の激しい環境において、ゼロベースで物事の本質からなる原理を把握する学問であり、過去の賢人が生み出した方法論・思想を組み合わせ、価値の原理、方法の原理、人間の原理などの原理群として体系化したメタ理論とされる。この理論をわかりやすくボランティアに伝えるにあたり、同氏は「クジラではなく、小魚の群れになろう」と繰り返し呼びかけ、トップダウン型の中央管理組織ではなく、各自が状況の変化に応じて即座に方向転換し、形を変えて機能し続ける組織を目指した。
 
 構造構成主義における原理群の中でも、被災地支援で特に効力を発揮したのが、「方法の原理」である。「方法の原理」とは、「方法の有効性は、[1]状況と[2]目的に応じて決まる」というシンプルなもの。時々刻々と変化する被災地の現場では、リアルタイムで正確な状況把握こそ大事と考え、過去の埋没コストに捉われず、「状況」に応じて臨機応変に「方法」を変えることが重要であるとメンバーに徹底した。具体的には、津波被害の大きかった沿岸部では、パソコンやインターネットの環境を整備しても使いこなせる人材がいない状況を把握し、その被災地のキーマンから必要な物資を聞きだしてパソコンが得意なスタッフが情報発信を担うという人海戦術が最も有効な方法として採用された。この原理と方法は、のちに熊本の被災地支援でも活かされている。
 
 「方法の原理」に代表される「構造構成主義」の考え方は、被災地支援に限らず、あらゆる分野のプロジェクトにおいて有効である。現在、「構想構成主義」は、医療、福祉、教育学、心理学、社会学、研究法といった様々な領域やテーマに導入され、200以上の応用理論、方法論を輩出しながら、洗練・深化を遂げている。

コンフリクト回避・解消の勘所
 ボランティア活動の源泉は、金銭的な報酬ではなく、その人の善意こそが最大のエネルギーとなる。そのため、同じプロジェクトを担うメンバー同士で、その善意や信念が対立することがしばしば発生する。コンフリクトは既知のメンバーで行うプロジェクトでも発生するが、互いを知らないボランティア同士のプロジェクトでは尚更である。「ふんばろう」においても、対立は発生したが、その解消方法として、「人間の原理」を適用している。「人間の原理」とは、「すべての人間は関心を充たして生きたいと欲してしまう」「価値判断やモチベーションの基点となるのが関心。ただし、関心は移ろい変化するもの」という考え。異なる正しさが対立する時は、価値判断の根拠となる「関心」、さらにその関心を持つようになった「経験(契機)」に遡ってお互いを認め合い、組織の目的に照らして方法を選択することで、コンフリクト解消を促した。
 
 フェイスブックグループを中心に活動した「ふんばろう」では、登録者が1000人を超えて会ったことのないメンバーが増えると、人間関係のトラブルが噴出した。このようなコンフリクトを未然に回避するため、西條氏は建設的な場を生むための7か条を設けた。その7か条は次のとおり。
1 ) 質問は気軽に、批判は慎重に
2 ) 抱えてから揺さぶる(相手の承認→提案の順で)
3 ) 集中攻撃に見えるような言動は慎みましょう
4 ) 初めての参加者も見ています
5 ) 電話や直接会って話しましょう
6 ) 休むこと(心の余裕のためにも時間の余裕を)
7 ) 被災者支援を目的としている人はすべて味方です
これはコミュニケーションを図る上でのグラウンドルールに相当するものだが、人が集団で活動する場合、高いパフォーマンスと一定の品質を維持するためには、その行動規範となるルール(規律)が不可欠である。プロジェクトのグラウンドルールとは、企業のクレドと同意である。

「機能する組織」をつくる6つの原則
 プロジェクトを実行する組織は、特定の目的を果たすために集まった時限性のある人の集まりだが、優秀な人材を揃えることが必ずしも「機能する組織」になるとは言えない。W杯ラグビーで優勝候補に勝った日本代表や英国のサッカーリーグで優勝したレスター、あるいはリオ五輪の400mリレーで銀メダルの快挙を果たした日本代表など、個の能力の総和より、集団としてのチームの能力が勝る事実から、我々はチームとは何か?「機能する組織」とはどういうものか?ということを過去に成功したプロジェクトから学ばねばならない。以下、「ふんばろう」の事例から学ぶべき点を、私が専門とする非営利活動における協働の原則と重ねて6つのポイントに整理した。
 
① 共通目的
活動当初は明確な目的があっても、組織が巨大化したり、活動が長期化すると、目的の共有が薄れ、活動が停滞することも頻発する。「ふんばろう」では、目的、理念、ビジョン、個別プロジェクトのコンセプトを明文化している。組織の存在理由となる共通目的の徹底は最重要事項である(※組織の存在そのものを脅かす共通の敵が出現すると結束力はさらに増す)。
② 役割分担(権限・責任)
人材は役割があってこそ、その仕事に集中できる。権限と責任はどちらか一方が欠けても駄目、セットで任せる。「ふんばろう」では、権限移譲というより、自己申告によるコミット制。ボランティアの関心にあった活動で最大限の能力を発揮してもらえるよう、各自が被災地の現場に必要だと考えることをプロジェクト化しつつ、受け身の人にも種類や難易度の異なる多数の選択肢を用意した。また、2つ以上の活動を兼務してもらうことで、対立を生む帰属意識を分散している。
③ 透明性
組織の意思決定がブラックボックスに陥ると人はついてこない。逆に判断基準や活動の成果が見える化されると、張り合いが出てパフォーマンスが向上する。「ふんばろう」では、web、会計、広報、撮影など、支援活動を支える機能別部門を手厚くし、ツイッターも活用しながら積極的に情報発信をしていくことで求心力を高めている。
④ 自立・対等・感謝の心
雇う・雇われるを超越した非営利活動では、コミットするもしないも当事者の自由。自立していなければ他者の足を引っ張るし、対等でなければ離れていく。「ふんばろう」では、ボランティアの主体性を重視するだけでなく、良い行動が他の人にも伝播するように、感謝を言葉にして相手に伝えることを重視。これによって組織全体に肯定の好循環を生んでいる。
⑤ 相互理解(強み・弱み)
個人の能力を十分に発揮してもらうには、その人材の強みの理解が欠かせない。同時に活動の足枷となる弱みを把握し、補い合うことで組織は強くなる。「ふんばろう」では、自発的なコミットで強みによる貢献を促しつつ、各プロジェクトチームの弱い部分を機能別チームやマネジメント部門が調整に入ることで推進力を維持し、全体の最適化を図っていた。
⑥ ルール
プロジェクトで皆が気持ちよく働くためには、スポーツと同様に、何がよくて何が悪いか、判断基準や行動を規律するルールが必要である。「ふんばろう」では、建設的な場をつくる7か条の他、このくらいの失敗は大目に見ようという、完璧さを求めない「5%水準」を設けることで、失敗への恐れや支援活動の躊躇を回避している。
 
 図はわかりやすさを優先し、便宜上「結束を高める要素」と「連帯を保つ要素」の2つに分けて列挙したが、実際には両方に跨る要素もある。しかしながら、この6つの要素が組織の結束と連帯を強め、「機能する組織」のパフォーマンスを左右することは明らかである。従来のPMから見れば、一見特異なケースに見える「ふんばろう」も、非営利活動の協働の原則から見れば、極めて普遍性を持った組織活動と言えるだろう。
 巨大災害が頻発する現代では、変化の激しい時代にあった新しいPMについて、「ふんばろう」のような非営利活動のPMから多くを学ばねばならない。とりわけ「ふんばろう」成功の基盤となった「構造構成主義」から我々が学ぶことは多い。組織にとって最も重要なことは、営利か非営利かではなく、機能するかしないかである。「学習する組織」を超えて「機能する組織」になるために、PMを推進してきた我々が、これまでに蓄積してきた英知を総動員して如何に社会に貢献できるのか、今まさに問われている。

P2Mの普及に向けて(問題提起と提言)
 冒頭でも触れたように、社会問題の急増に伴って、限られた資源、限られた時間で、成果を最大化するPMのスキルは、営利・非営利を問わず、あらゆる組織で益々必要とされている。さらに、人口減少が進む今の日本では、一人が何役もこなす複業時代に突入しており、限られた個人のリソースを最大限に活用するためにも、すべての人材がPMスキルをスタンダードに持つことは、もはや時代の要請と言える。
 
 そこで、私自身が長年感じてきたPM業界のジレンマについて、問題提起と提言をして結語としたい。
【問題提起その1】 P2Mはこの時代の要請に応えきれているだろうか?需要と供給に大きなミスマッチはないか?
 
 P2M資格保有者のアンケート結果を見ても、認知向上が重要なミッションであることは明白である。世間ではPMをうたわずとも、「段取り力」「セルフマネジメント」「チーム」「リーダーシップ」のような用語を用いてPM領域を扱った書籍が山ほどあり、ニーズは高まっている。
 
【問題提起その2】 特に、PMノウハウを切望する非営利活動に対して、ほとんどアプローチできていないのではないか?
 
課題 ① 対象者のミスマッチ 課題 ② 難易度のミスマッチ
 
 裏を返せば、この課題をクリアできれば、社会的にインパクトの大きい非営利活動の生産性が飛躍的に高まり、P2Mを爆発的に普及させることも夢ではない。
 
 では、誰に、何を、どのようにすればP2Mが普及・浸透するか、以下のとおり提言する。
 
【誰に】 対象者を営利組織から非営利組織へ、学生より複業志向を持つ社会人へ(起業精神を必要とする地方移住者は狙い目)、
【何を】 高度なノウハウより簡素化した易しいレベルのPMを、
【どのように】 PWA検定(*)のテキストに非営利要素を加味した教材を制作、NPOの中間支援組織と連携して普及
PWA検定…Project Work Abilityの略で、大阪商工会議所やバランスマネジメント協会が中心になって推進した検定試験。
 
 これにより、P2MとPMAJがさらに発展するとともに、縮小する日本が息を吹き返し、世界に貢献する日本として再生することを心から願う。

<参考文献>
糸井重里 & ほぼ日刊イトイ新聞 (著)『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと』 (2011/12/16、新潮社)
西條剛央著『人を助けるすんごい仕組み―ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』 (2012/2/17、ダイヤモンド社)
西條剛央著『チームの力―構造構成主義による”新”組織論』 (2015/5/8、筑摩書房)
ふんばろう東日本支援プロジェクト公式ウェブサイト

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