PM研究・研修部会
先号   次号

PRINCE2とPMBOKのプロジェクト計画プロセスの比較

PM研究・研修部会 木下 雅治 [プロフィール] :4月号

1.PRINCE2日本語版の出版
 2015年11月30日にイギリス旧商務局が作成したプロジェクト・マネジメント標準のPRINCE2日本語版が出版されました。今までPRINCE2を説明する日本語で入手可能な資料は、専門トレーニング機関やインターネット上で開示されたものなどに限られていました。今回の出版により国内での活用が広がると思われます。本稿ではこのPRINCE2の理解を深めるためPMBOKとの比較を行いました。

2.PRINCE2とPMBOKの計画プロセスの比較
 PRINCE2とPMBOKの比較については既にいくつかの分析や先行研究が見受けられますので、本稿では計画プロセスの比較に注目しました。特にPMBOKの計画プロセスではプロジェクト・マネジメント計画書や補助の計画書の他に、スコープ、スケジュール、コストの3つのベースラインを作成しますが、これらのベースラインはPRINCE2では「計画」のテーマで取り上げている手順を経て作成されます。PMBOKの手順や表現とは異なりますが、多くの共通点があることに気づきました。

図1.PRINCE2のテーマ「計画」の概要
図 1.PRINCE2のテーマ「計画」の概要
『成功のためのプロジェクト・マネジメント手法 PRINCE2』の7章「計画」より

<1>PRINCE2の構成と「計画」について
 PRINCE2は7つの原則、7つのテーマ、7つのプロセスから構成されますが、テーマの1つとして「計画」が取り上げられています。この計画の全体像は図1「PRINCE2の計画書に対するアプローチ」となります。このアプローチを通じて、スコープ、スケジュール、コストのベースラインに相当する計画書が作成されます。

図2.PRINCE2の原則、テーマ、プロセス
図 2.PRINCE2の原則、テーマ、プロセス

図 2.PRINCE2の原則、テーマ、プロセス

<2>「計画書の設計」
 「計画書の設計」では、PMBOKの各知識エリアのマネジメント計画書作成プロセスに相当します。この計画書の作成はPRINCE2では必須条件とされています。

<3>「成果物の定義および分析」と「成果物ベースの計画立案技法」
 続く「成果物の定義および分析」は、PMBOKのスコープの計画プロセス群に相当します。PRINCE2では「成果物ベースの計画立案技法」が使用されます。
 PRINCE2では、プロジェクトの指揮、マネジメント、提供とレベルを分けています。またPMBOKのフェーズに相当する段階(stage)という考え方も導入されています。これらレベルや段階ごとに計画書を作成しますが、プロジェクト成果物記述書はプロジェクト計画書でのみ作成します。

図3.成果物ベースの計画立案技法(Product-based planning technique)
図 3.成果物ベースの計画立案技法(Product-based planning technique)
『成功のためのプロジェクト・マネジメント手法 PRINCE2』の7章 図7.2より

・プロジェクト成果物記述書と成果物ブレークダウン・ストラクチャ(PBS)の作成
 PMBOKのスコープベースラインはプロジェクトスコープ記述書、WBS、WBS辞書の3つから構成されますが、プロジェクトスコープ記述書はプロジェクト成果物記述書として、またWBSは成果物ブレークダウン・ストラクチャ(Product Breakdown Structure:以下PBSと略記)が相当します。
 WBSではスコープの構成要素であるワークパッケージの「ワーク」と「アクティビティ」を明確に区別していますが、PRINCE2ではこの「ワーク」を「成果物(Product)」と表現しています。これはPRINCE2の原則の一つである「成果物重視」という考えに基づくものと考えられます。

<成果物ブレークダウン・ストラクチャ(PBS)の特徴>
(1)外部成果物の特定
 外部成果物とは、スコープ外で成果物の作成に必要なものを示します。WBSでは100%ルールに基づきプロジェクトのスコープのみを記載しますが、PBSではスコープ外でありながらプロジェクトに影響のある外部成果物を意識的に記載することでスコープの範囲をより明確にする効果が期待できます。外部成果物には以下の特徴があります。
 ・外部成果物はスコープ外のためプロジェクト・マネージャーはその作成に関する責任を負いません。
 ・外部成果物が計画への影響がある場合、リスク登録簿への記載が必要になります。
(2)成果物の状態の表現
 例えば成果物の一例として「解体された機械、移動した機械、または再組み立てされた機械」などは、状態が異なる品質基準などが求められ、別々の成果物記述書に別の成果物として見なすことが必要と記載されています。
(3)成果物のタイプに応じた、形、スタイル、色の使用
 通常の成果物と外部成果物の形を変える、担当者や状況で色を使い分けます。
 
図4.階層チャートで示した成果物ブレークダウン・ストラクチャ(PBS)の例
図 4.階層チャートで示した成果物ブレークダウン・ストラクチャ(PBS)の例
『成功のためのプロジェクト・マネジメント手法 PRINCE2』 付録Dより

・成果物記述書とWBS辞書の関係
 PRINCE2の「成果物記述書」は「成果物の目的、主要な構成要素、派生物、および品質基準を記述した文書」とされています。各成果物を説明するという目的からWBS辞書に相当すると考えることができます。事例ではID、タイトル、目的、構成、派生物、様式、求められるスキル、品質基準等が項目として紹介されていました。しかしWBS辞書のようなマイルストーンやアクティビティのようなスケジュール作成に必要な項目は見当たりませんでした。

・成果物流れ図の作成
 PRINCE2ではPBSと共に成果物流れ図を作成します。特徴としては以下が挙げられます。
 ・成果物ブレークダウン・ストラクチャと成果物流れ図は両者を並行して作成できる。
 ・記載するのはプロジェクト成果物、リリース、成果物に限定される。

 PMBOKではワークパッケージからアクティビティを定義しスケジュールネットワーク図を作成しますが「成果物流れ図」は、成果物を開発する順序とそれらの依存関係を特定、定義するために作成する点が異なります。

<4>「活動および依存関係の特定」~「計画書の文書化」
 「活動および依存関係の特定」以降の手順は、PMBOKのタイムとコスト・マネジメントの計画プロセス群との共通点が多く見受けられます。以下の図はPRINCE2の計画書に対するアプローチと、PMBOKのタイム・マネジメントの計画プロセスを比較したものです。

図5.PRINCE2の計画とPMBOKのタイム・マネジメントの計画プロセスとの比較
 
図 5.PRINCE2の計画とPMBOKのタイム・マネジメントの計画プロセスとの比較

・「活動と依存関係の特定」では、活動(Activities)と依存関係を特定します。これはアクティビティ定義とアクティビティ順序設定に対応します。
・「見積りの準備」はアクティビティ資源見積りとアクティビティ所要期間見積りの両者を包含しますが、さらに、プロジェクト・コスト・マネジメント知識エリアのコスト見積も含まれます。紹介されている見積り技法についても、トップダウン見積り、ボトムアップ見積り、比較見積り、パラメーター見積り、三点見積りなど表現は異なりますが、PMBOKのツールと技法で掲載されている見積り手法と多くが共通しました。
・「スケジュールの作成」では、AONダイアグラムを使用したネットワーク・スケジュール図を用いたクリティカル・パスとフロートが紹介されています。クリティカル・チェーン法や、リスクの分析としてリスク登録簿を用いる点などはPMBOKのスケジュール作成プロセスと多くの共通点を持ちます。また図1に掲載したようにスケジュール作成については更に詳細な手順が掲載されています。

・コスト・マネジメントの計画プロセスとの比較
 PMBOKでのコスト・マネジメントの計画は、コスト・マネジメント計画、コスト見積、予算設定のプロセスを経て作成されますが、これらプロセスは「スケジュールの作成」の中の「全体的なリソース要求事項とコストの計算」を通じて、コストの見積りやリスク予算、変更予算なども含めた予算額が設定されます。リスク予算(Risk budget)とは、プロジェクト予算に含まれ、脅威や機会に対応する金銭という記述からコンティンジェンシー予備を示しています。

3.考察
 上述のとおりPMBOKとPRINCE2の計画作成は、フレームワークや表現などは異なりますが、多くの共通点を見つけることができます。実務において計画手順の共通点が多いことは、PMBOKとPRINCE2の両者の良い面を活かしながらプロジェクトを運営できる可能性が高まります。特にPRINCE2の特徴(指揮、マネジメント、デリバリーの3レベルでのプロジェクト・マネジメントチームの役割と分担の明確化、段階管理と例外管理による分業と効率的なコミュニケーションなど)を用いることでPMBOKとPRINCE2の相乗効果による有用性を得られる可能性があります。

参考資料
・PMBOKとPRINCE2の比較分析事例
 「PRINCE2®, the PMBOK® Guide and ISO 21500:2012」(AXELOケーススタディとホワイトペーパー)
  ITプレナーズ社のPRINCE2の紹介
  オリーブネット社のPRINCE2の紹介

・『プロジェクト・マネジメント知識体系ガイド(PMBOK)第5版 日本語版』,2014年
・『ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー実務標準 第2版』,新技術開発センター,2008年
・『成功のためのプロジェクト・マネジメント手法 PRINCE2』,2015年 

PMI、PMP、PMBOKは米国Project Management Institute, Inc.の登録商標です。
MSP、PRINCE2は、AXELOS Limitedの登録商標です。
PMAJ、P2Mは日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の登録商標です。
その他、記載された会社名は一般にそれぞれ各社・各団体の登録商標または商標です。
本文中の商標表記は省略しています。

ページトップに戻る