IPMA ICB (Individual Competence Baseline) 第4版の概要
-プロジェクトマネジメントにおける個人のコンピテンス要素-
PMAJ PM研究・研修部会員 (株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :2月号
1. はじめに
2015年10月、IPMA® (International Project Management Association、国際プロジェクトマネジメント協会) から個人のPM標準である ICB (Individual Competence Baseline) 第4版が発行された。これを受けて我々は、去る12月4日にPM研究・研修部会 (以降「当部会」) の主催するセミナーにおいて、ICB第4版の概要を紹介した (講師は (株) PFU の高橋政孝氏と筆者)。 本稿では、12月に行ったセミナーで発表した我々の成果に基づき、この新たに発表された ICB第4版の概要を解説する。
PMAJでは2014年1月にIPMA® と協定を結び、当部会において ICB (IPMA Competence Baseline) 第3版の翻訳を行った。その成果は、昨年、一昨年 9月に実施されたPMシンポジウムでそれぞれ紹介し、翻訳版も聴講者に配布した。以降、ICB概要解説講座を定期的に行ってきた他、IPMA® の活動に関する研究として ICBのPMコンサルタント版である ICBC (Addition to the IPMA Competence Baseline for PM Consultants) セミナー、組織の Competence Baseline である OCB (IPMA Organisational Competence Baseline) セミナーをおこなってきた。それぞれの成果は、本欄の各号で紹介してきているので、興味のある方は是非参照されたい。今回 ICB第4版を取り上げることは、このようなIPMA® に関する我々の研究活動の一環として位置づけられるものである。
<PMAJオンラインジャーナルでの過去関連掲載>
・ ICB (IPMA Competence Baseline) 概要解説 【14年10月号】
・ ICBC (Addition to the IPMA Competence Baseline for PM Consultants) 概要解説 【15年9月号】
・ IPMA OCB (Organisational Competence Baseline) 概要解説 【15年11月号】
2. ICB第4版の位置づけ
前述の通りICB第4版は、2015年10月に発行されたが、その 3ヶ月後である 2016年1月には、IPMA OCB (Organisational Competence Baseline) と IPMA PEB (Project Excellence Baseline) があわせて発行され、3つのベースラインがIPMA® の定める標準としてセットで揃うこととなっている (2016/1/25現在、IPMA® のホームページには OCB と PEB は未だ公開されておらず、同月公開予定である旨が記載されている)。
即ち、ICB第4版は単独の標準ではなく、IPMA® が今回一斉に発行する三部作のベースラインの一つとして位置づけられるものである。ICBが個人、OCBが組織、PEBがプロジェクトのベースラインをそれぞれ規定するものである。なお、この 3要素から成る体系は、従前から「IPMAデルタ (IPMA Delta® ) 」という名称で概念として組み立てられていた。今回の一連の制定で 3要素のベースラインが整合性を持った標準として整備されるものになると思われる。
図 1 IPMAデルタの概念図
なお、ICBは第4版から Individual Competence Baseline の略語となっている。第3版までは、IPMA Competence Baseline であった。ICBの初版が1998年に制定され (非公開)、2006年に第3版が公開されて以降、2013年3月に OCB が公開されるまで、ICBはIPMA® が定める単独の標準であった。一方今回、2015年10月~2016年1月に掛けて定めるものは、三部作の Competence Baseline であるため、それぞれが Individual、Organisational、Project Excellence のベースラインと名付けられたものと我々は推察している。
3. ICB第4版の特徴
以下、ICB4版の特徴を何点か述べる。
3-1. コンピテンスの定義
ICB第4版では、改めて個人のコンピテンスの定義がなされている。そこでは「個人のコンピテンスは、求められる結果を達成するための、知識、スキル、能力の適用」と定義され、更に知識、スキル、能力をそれぞれ下表のように定めている。
表 1 個人のコンピテンスを規定する知識、スキル、能力
また、コンピテンスと経験の関係について、「経験がなければ、コンピテンスは示すことも改善することもできない。」「経験は個人の成長の成功要因である。」「個人が十分な経験を積むことによって、コンピテンスの可能性を補完する。」などと、経験はコンピテンスと密接な関係のある別の概念として整理されている。
なお、ICB第3版ではコンピテンスを「ある機能において成功に必要な、知識、個人の態度、スキルと関連する経験の集合」と定義しており、「経験」はコンピテンスの内枠の概念として整理されていた。また、「・・・の集合」と言うようにある程度曖昧さを残す定義であった。第4版では、上述の通り、経験をコンピテンスの外枠の概念として整理し、更にコンピテンスの対象を個人に限定した上で、「知識、スキル、能力の適用」と第3版より明確に定義することに成功している。
3-2. 3つのドメイン
ICB第4版では、その枠組みとして、3つのドメインを規定している。「プロジェクトマネジメントに従事する個人」「プログラムマネジメントに従事する個人」「ポートフォリオマネジメントに従事する個人」である。即ち、プロジェクト、プログラム、ポートフォリオの 3つを対象としており、それぞれのマネジメントを行う個人に必要なコンピテンスを規定しているのである。
ICB第4版では、計 29個のコンピテンス要素を定義しているが、これらは 3つのドメインそれぞれに対して定められている。例えば、「リーダーシップ」というコンピテンス要素があるが、これが上記の 3つのドメインについて、それぞれ規定されているのである。
なお、「プロジェクト設計」というコンピテンス要素がプロジェクトマネジメントのドメインにおいて定められているが、これは他の 2つのドメインでは、「プログラム設計」「ポートフォリオ設計」と言うような名称で規定されているなど、3つのドメインのコンピテンス名称は、ドメインによって異なるものも幾つかある。また、「選択とバランス」というコンピテンス要素は、プログラムマネジメント、ポートフォリオマネジメントのドメインにおいてのみ規定されており、プロジェクトマネジメントのドメインでは規定されていない。先ほど「計 29のコンピテンス要素」と書いたが、正確にはプログラムマネジメント、ポートフォリオマネジメントのドメインにおいて 29個、プロジェクトマネジメントのドメインでは 28個のコンピテンス要素が定められている (図 2 参照)。
なお、このドメインという概念は、第3版までには存在せず、第4版で新たに導入された概念である。
3-3. 3つの領域
ICB第4版で定めるコンピテンスは、3つの領域によって構成されている。Perspective、People、Practice の 3つである。今回我々がICB第4版を解析するにあたって、極力のその概念を日本語化するように試みたが、領域を表すこの 3語は、適切な日本語に当てはめることが出来なかったため、一旦原語のままとすることとした。
3つの領域とそこに定められるコンピテンスの関係を 図 2 に示す。前述の通り、ドメインによってコンピテンス名称が若干異なるので、この表ではプロジェクトマネジメントのドメインで規定するコンピテンス名称を記載し、欄外にドメインによるコンピテンス名称の違いを注釈している。
Perspective の領域では、母体組織や外部環境との関係性に関するコンピテンス要素が規定されている。People の領域では、その名の通り人的な要素が規定されており、Practice の領域では、マネジメントの実務に必要な要素が定められている。
なお、ICB第3版は、技術 (Technical) コンピテンス、行動 (Behavioural) コンピテンス、状況 (Contextual) コンピテンスという 3つの領域で構成されていた。概ね第4版の Perspective は第3版の状況 (Contextual) コンピテンスに、Peopleは行動 (Behavioural) コンピテンスに、Practiceは技術 (Technical) コンピテンスに該当すると考えると、第3版をご存知の読者には解り易いと思う。ただし、第4版の 3領域は概念として再構成され、コンピテンス要素も見直されており、第3版の各領域とイコールで無いことは注意が必要である。ICB第4版の巻末には Annex C : Cross reference to ICB3 が掲載されており、第4版と第3版のコンピテンス要素の関係、各領域の関係が細かく記載されている。
図 2 ICB第4版の枠組みとコンピテンス要素
3-4. KCI : Key competence indicators
ICB第4版では、各コンピテンス要素について、KCI : Key competence indicators が規定されている。これは第3版までには無かった新しい概念である。
第4版では、各コンピテンス要素について、それぞれ概ね 1~2ページを使って定義、目的、解説、必要なスキル等を記述している。これらの内容は、何れも記述の対象がコンピテンスであるが故、抽象的なものとなっている。ここまでの構成は第3版とほぼ同じである。第4版では、この後に KCI に関する記述が 1つのコンピテンスあたり 3~4ページの紙面を使って記載されている。ここには、そのコンピテンス要素を満たすために個人が実行する必要がある項目が列挙されている。スコープというコンピテンス要素 (プロジェクトマネジメンのドメイン) を例にとってみると、「プロジェクト成果物の定義」「プロジェクトスコープの構造化」「ワークパッケージの定義」「スコープ構成の確立と維持」という項目が KCI として並んでいる。更に各 KCI について、その内容の解説の後に指標 (Measures) がそれぞれ 4~5つ程度記述されている。
なお、第3版にはこれと類似した (と我々は考えている) 「プロセスステップの例 (Possible process steps) 」という記載があった。これは数行を使って、該当のコンピテンス要素を満たす場合に実行するプロセスの例が記載されているものであった。第4版では、これと比較して大幅に詳細化、具体化された記載として KCI が規定されている。
コンピテンス要素を身に着けるため、評価するために役立つよう、詳細に具体化されたものと考えている。
4. おわりに
以上、去る 10月に発行された ICB第4版の内容について、我々部会での研究成果に基づき、その概要を紹介した。ここで記載したように、幾つかの側面から第4版は第3版から、より整合的で、実効性のあるものに進化してきていると感じている。
冒頭で述べたように、IPMA OCB (Organisational Competence Baseline) と IPMA PEB (Project Excellence Baseline) も近々公開されることが予定されている。これらと併せて、その概念の全体像を理解したい。これら全体を見渡した時に、初めて見える景色があるものと期待している。そしてそれらを理解した時に得られる視座が、我々が現場で行っているプロジェクトマネジメントレベルの向上に寄与すると確信している。
以上
[参考文献]
“Individual Competence Baseline, 4th Version”, IPMA, 2015
“ICB - IPMA Competence Baseline, Version 3.0”, IPMA, 2006
“OCB - Organizational Competence Baseline, Version 1.0”, IPMA, 2013
“IPMA Delta and IPMA Organisational Competence Baseline (OCB) : New approaches in the field of project management maturity”, Sergey D. Bushuyev/Reinhard Wagner, INTERNATIONAL JOURNAL OF MANAGING PROJECTS IN BUSINESS, 2014
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