今月のひとこと
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知力・体力・気力に感性

オンライン編集長 深谷 靖純 [プロフィール] :6月号

 長期予報によれば今年の梅雨は雨が少ないとのことですが、この予報に台風の来訪は織り込まれているのでしょうか。日本に接近する台風の発生がハイペースであり、気になるところです。

 数十年も前に取組んだITプロジェクトでは、表題の「知力・体力・気力に感性」を合言葉にしていました。期限、規模ともハードなため、知力・体力・気力を振り絞ってやり抜こうという意思とともに、メンバー全員の感性を研ぎ澄まさなければ成功できないので気を抜くなという戒めを宣言したものです。感性を磨いてしようとしていたことは、文書化されていない情報の収集です。P2Mのガイドブック第5部「知識基盤」に形式知と暗黙知についての記述がありますが、このプロジェクトでは暗黙知そのものの収集が重要な目標の一つとなっていました。
 コンピュータ関連技術進展の早い時期から、銀行では事務のシステム化を競ってきました。1次オンラインシステム、2次オンラインシステムと進み、3次オンラインシステムと呼ぶ頃になると、開発負担が重くのしかかり、共同開発によるコスト削減を図る銀行が出てきました。今振り返ると、どこの銀行もが揃って1次、2次、3次と呼称していること自体、真に必要なシステムを開発していたのかと疑問を感じますが、当時はそうしなければ生き残れないといった雰囲気でした。
 共同開発といっても、参加形態はいろいろです。そのプロジェクトでは、先行する2行が共同開発プロジェクトの要件定義までを進めた後、設計作業段階から後発2行が参加しました。私は後発組の1行に所属していました。当時としては斬新な要件が組み立てられ、銀行事務革新をもたらすシステムで、先発2行に大きく遅れることなく新システムをスタートさせることがプロジェクト(プログラム)のミッションです。各種設計ドキュメントを解析することによりデータ移行システムを開発し、先発行が作る事務マニュアルを解析して事務切り替え訓練を企画実行しなければなりません。しかし、そうしたドキュメントは先発行がカットオーバするまで完成しません。また、所属行が設計作業で実際に担当できる分野は全体の5%にも及びません。先発行のカットオーバを待ってから始めていたのでは、「大きく遅れることなく」というミッションを達成できません。さらに、システムのカバー範囲が5%以下ということでは、カットオーバ後の保守メンテナンスが極めて困難です。
 そこで、誰ともなしに言い出し始めたのが、ドキュメントにない情報を収集できれば、データ移行・事務訓練プロジェクトの立上げを早め、保守メンテナンス能力をアップできるのではないかということです。曖昧情報を集めても仕様が変われば無駄になるという懐疑的な意見もありましたが、こんな情報を入手したといった自慢話をし合っているうちに、それがプロジェクト成功の鍵だと言い出す者が出てきて、さらに競い合って情報を集め始め、施策の柱の一つに据えてしまいました。施策の柱にしたものの、具体的な手順があるわけでもなく、各人の「感性」を磨けば何とかなるということにして、各人が判断して活動していました。
 そして、ミッションの達成が成りました。
 諜報活動もどきの活動によって収集した情報がミッション達成にどの程度役立ったか、今となっては確かめる術もありませんが、一人一人が高い意識を保ったままプロジェクトに参加していたということは確かです。
 プログラム・プロジェクトを実行するのは人です。当時、先行2行に大きく遅れることなく新システムを稼働させるという(プログラム)プロジェクトのミッションは、銀行の事業戦略に直結していました。そのことを全員が意識していたかどうかは定かではありませんが、「感性」を磨き上げて(自身の担当外のものも含め、ミッション達成に必要な)情報を収集するということが、高い参加意識を保持させたのではないかと思います。

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