PM研究・研修部会
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異文化の理解

PM研究・研修部会員 内藤 裕一 [プロフィール] :2月号

 この原稿を書いているのは2015年1月であるが、フランスにおいて雑誌社などがテロリストに襲われ20人近くの人が殺害されという悲惨な事件が起きている。雑誌でイスラム教の聖人ムハンマドを風刺したことが、イスラム過激派にムハンマドを侮辱したととられたことが直接の原因である。フランスでは雑誌社に対するテロは言論の自由に対する迫害であるという非難が巻き起こっている。一方でフランスにはブルカ禁止法が制定されている。ブルカはイスラムの女性が被るスカーフで、政教分離の原則から公共の場ではブルカを着用してはならないとする法律である。しかし、政教分離というならば、キリスト教徒の十字架のペンダントも禁止されなくてはならないはずである。皮肉な言い方をすれば、「フランスには言論の自由はあるが服装の自由はない。」ということになる。民間人を狙ったテロは当然非難されるべきであるが、この事件の根底には異文化に対する無理解や差別意識があるのではないだろうか。

 前置きが長くなったが、筆者は新潟県にある国際大学でプロジェクトマネジメントの講座を担当している。プロジェクトにおいても国際化が進み、異文化の理解は不可欠となっている。筆者の国際大学での経験から、多様な文化の中でのプロジェクトマネジメント教育について考えてみたい。
 全国に「なんとか国際大学」は20校以上あるが、この大学の校名はただの「国際大学」である。1982年に設立された大学院大学で、学内の公用語を英語にした日本初の高等教育機関でもある。300人ぐらいの学生は留学生が中心で、日本人は10%以下である。キャンパスは上越新幹線・浦佐駅から車で5分ぐらいのところにあり、周りは畑と森だけの閑静な場所で、全寮制を採用している。学生は世界50か国以上から来ていて、筆者の2014年のクラスは18か国、42人であった。
 プロジェクトマネジメント講座を初めて担当したときに、どのような内容にしようかと悩んだ。学生は世界中から来ていて、大学院大学であるので、大学を卒業して各国の政府や民間会社に勤務している人がほとんどである。プロジェクトマネジメント経験は、まったく知識のないものから、程度の差はあれプロジェクトを経験しているもの、少数ではあるがPMP®資格を持っているものまでいて多様である。このような環境で、最も効果のある教育はどのようなものであるべきか。結論は、多少なりとも実践的なプロジェクトマネジメント・スキルを身に着けさせるというものである。プロジェクト経験者であっても、PMP®であっても、実践という観点では能力が不十分なプロジェクト・マネジャーが世の中には多い。PMOやマネジメントの立場で筆者がプロジェクトをレビューしてきた経験からいって、プロジェクトマネジメント知識があっても適切に適用できない人が少なくない。確実な実践的スキルを習得すれば、彼らの今後のプロジェクトにおける実務に役に立つであろうと考えた。初心者にとっても、プロジェクトマネジメントの基礎知識を学び、初歩の実践を経験すれば、将来、プロジェクトに貢献できるようになるはずである。
 方針は決まったが、問題は具体的な内容をどうするかである。1学期の講座で、90分を1日2コマ、10日間、合計30時間のコースである。多くの実践的スキルを教えることはできない。そこでプロジェクトを成功させるためには最低限何が必要かを考えて見ると、実現可能な計画であるという結論に至った。孫子は言っている、「勝兵はまず勝ちて、しかる後に戦い、敗兵はまず戦い、しかる後に勝を求む。」。プロジェクトも同じである。成功するプロジェクトは、実現可能な計画を立て、しかる後に実行に入る。失敗するプロジェクトは、ろくな計画をもたないで実行開始し、プロジェクト・マネジャーのテクニックで成功させようとする。しかし、どうあがいても実現可能な計画をもたずにプロジェクトを成功させることは不可能である。
 筆者のプロジェクトマネジメント講座では、実行可能な計画書を作成できるスキルを身に着けることを最終目標とした。もとより、30時間で完全なプロジェクト計画書を作成できる能力を着けさせることはできないが、努力すればまともな計画書を作れるようになるだけの基礎知識を教えておきたい。クラスには、プロジェクト知識の皆無の学生も少なくなく、おまけに出身国もさまざまである。これらの学生にもプロジェクト計画書を作るための基礎知識は教えねばならない。カリキュラムは、前半をPMBOK®ガイド を中心とした基礎知識の講義、後半はグループでプロジェクト計画書を作成するExerciseとした。
 講座が始まり、基礎知識の講義は比較的順調に進むが、グループExerciseになるといろいろと問題が出てくる。まずグループの編成である。最初の年は、こちらでグループを決めようと考えたが、学生が自分たちで決めさせて欲しいというので任せてみた。これが難航した。国が違う、年齢には幅がある、キャリア、経験は様々である。日本人でチームを作る場合でもいろいろともめ事は出てくるが、何しろ異文化の集合である。5人程度のグループと指示したが、10人にではだめかとか、1人でやりたいというのが出てくる。何とか収まったが、2年目からは学生のコーディネーターをおき、ルールを作ってグループを作らせている。4-6人のグループにする、全員がグループ所属する、決まったグループは全員が同意しているというのがルールである。異文化を排除しないというのが基本的な考えである。
 次はExerciseの内容である。全員を同じ土俵に乗せるために、プロジェクト憲章を与え、それに基づいてプロジェクト計画書を作らせることにした。プロジェクト憲章を作る段になると、プロジェクトの内容の選定が難しい。異文化から集まって、経験した業界も異なる中で、全員がある程度プロジェクトの内容を理解できるものにしなくてはならない。ITやエンジニアリングのプロジェクトにすると、経験の差が研修の成果に影響を与えてしまう。最終的に、「プロジェクトマネジメント」をテーマとしたコンファレンスを計画、実行するプロジェクトにした。コンファレンスであれば、誰でもスコープが想像でき、経験の差もあまり出てこないと考えた。
 プロジェクト計画作成作業はクラスの時間外で行い、クラスではガバナンス・レビューという設定で、作業結果であるプロジェクト計画をプレゼンテーションさせる。最初の2回は、こちらからコメントを出して改善させ、3回目の最終回はクライアントにプロジェクト計画を売り込むためのプレゼンテーションである。毎年、最初のプレゼンテーションは惨憺たるものになる。まずスコープ定義ができない。特にWBSは、思い付きで作るために階層のレベルがまちまちである。主要成果物であるコンファレンスのセッションと飲み物の提供や、オーディオの設定が最上位のWBS階層に並んでいたりする。整合性が取れていない:リスクや品質で必要な作業がコスト見積に入っていない。作業量と要員数の計算が合わない。実現可能性もない:講演者の選定、招待のスケジュールが2週間であったりするが、およそ現実的ではない。予想参加者数が会場の収容能力を超えている、などである。これらを指摘して改善させていくわけであるが、3回では、実現可能なプロジェクト計画にはならない。本当は5-6回レビューをおこないたいところであるが、時間の制約からやむを得ない。それでも、コメントする毎に著しく改善されるし、最終回には、何とかプロジェクト計画らしきものになってくる。プロジェクト計画を開発する基本的な考え方が身に着けば、将来、成功するプロジェクト計画を作れるであろうと期待している。
 多様な異文化の学生に教えるのは苦労も多いが楽しいものである。特に教え子が世界中にいるので、彼らの将来が楽しみである。多くの学生は、難しい試験を受けて官費で留学しているので優秀な人たちが多く、国許でも将来を嘱望されている人材である。彼らの将来のキャリア向上に、筆者の教えたプロジェクトマネジメントが役立ってくれれば、これに勝る喜びはない。

 冒頭に述べたイスラム教文化の理解であるが、筆者のクラスにも多くのイスラム教の学生が参加している。彼らを見ていてつくづく思うことは、彼らが宗教にたいして非常に真摯であることである。若くても、他のことにはいい加減でも、宗教に対しては真剣である。毎日5回の礼拝を欠かさず、特に金曜日の礼拝は授業に遅れても行う。筆者も含めて多くの日本人は、あまり宗教に関心を持たず、宗教を軽く考えがちである。どちらがいいというのでもないが、少なくとも彼らの宗教への思いを理解することが、世界の平和に通ずる道であると思う。

 最後に読者へのお願いがある。学生からよく日本での就職を頼まれる。国際化に向けて、留学生の採用に関心がある方がおられたら、ぜひご紹介をお願いしたい。

以上

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