関西P2M研究部会
先号   次号

PMとビッグデータ

朝田 晋次 [プロフィール] :9月号

・ ビッグデータ
 15年ほど前に米国カリフォルニア大学バークレイ校の研究チームが行った試算 1)では、全世界で生み出される情報量を一人あたりに換算すると250MBだったようです。
 私が当時使っていたPCのHDD容量は100MBに満たないものだったと思いますが、今この原稿を書いているPCに収められているデータ量は100GBを軽く超えています。
 今日では、大量のデータがネット上を行き来し蓄積されており、新聞記事でエクサバイト、ゼタバイトといった言葉を見かけることが珍しくなくなりました。このような膨大なデータ量を扱い、処理・分析して活用する仕組みを指して「ビッグデータ」と呼ぶそうです 2) 3)。ビッグデータの技術が発達して、個人の検索や投稿、機械センサーが発する情報など種々雑多なデータが処理・分析されて、情報を発信した時には思いもしなかったような価値を生み出すようになっている反面、プライバシーに関する新たな課題も表面化しているそうです。
 膨大なデータのことを「ビッグデータ」と呼ぶこともあるようですが、ここでは上に述べた仕組みのことを指すことにします。
・ 相関関係と因果関係
 ビッグデータは、種々雑多で膨大に存在するデータの間に価値ある相関関係を導き出して、可視化したり予測したりするもののようです。極端に言えば、事象間の因果関係には頓着せず、いわゆる「証明」や「説明」は問わずに利用しているともいえます。
 ビッグデータから出てきた結果を裏付けにした説明を受けることがありますが、よく聞いてみると、説明している本人さえも気づかずに相関関係をあたかも因果関係であるかのようにすり替えていることが多いように思います。
 これにより、ビッグデータが導き出したアルゴリズムによって「ガンになる確率が高い」とされた人が保険に入れなかったり、ビッグデータがはじき出した判定によって住宅ローンを組めなかったりすることが実際に起き始めているとも聞いています。「コンピューターが、あなたはがんになりやすいといってます」「コンピューターが、あなたが返済不能になる可能性が高いといっています」とだけいわれて、その先の説明がなければ納得できる人は少ないでしょう。
 とはいっても、実社会においては、推論・仮説を説明できる相関関係が見いだせれば十分なことの方が多く、上の例でも保険会社や銀行にとっては事業上では重要なことです。
 特定の専門領域で有用な相関関係を見出す強力なツールとして、ビッグデータはこれからも更に活用されてゆくと思います。
 特定分野の問題解決を支援・代行するシステムとして、知識ベースと推論エンジンから成るエキスパートシステムと呼ばれるものが40年以上前に開発されました。これは因果関係に基づく推論を積み重ねて解を求めようとするものでしたが、論理矛盾や欠落が許されないなど広く実用化されるには課題があるようです。これよりも柔軟性のあるものとして、ビッグデータの技術を使って物事の相関関係を見出して専門的な問題の解決にあたる新しいエキスパートシステムが発達するのではないでしょうか。
・ 直感とひらめき
 少しの間、ビッグデータから離れて話をします。
 脳科学者である池谷裕二さんは、一般には似たような意味で使われる「直感」と「ひらめき」を次のように区別しています 4)
 「ひらめき」は、なかなか解けなかった数学の問題の答えを見出した瞬間のように、思いついた後には、その答えの理由が言えるものとしています。思いつくまでは気づかなかったが、思いついた後ではその理由が明示的にわかり、説明できるものです。得られた情報や知識を整理・統合した結果「ひらめく」もので、脳科学的には大脳皮質という部位が働いて得られるものだそうです。
 一方、「直感」は、本人にも理由が分からない確信を指します。思い至ったものの、「ただ何となく」としか言いようがない曖昧な感覚で、根拠は明確ではないが、その答えの正しさが漠然と確信できるものを「直感」としています。「ヤマ勘」とは異なり、本人には確信があり結果も正しいものです。直感が生まれるときには、基底核という脳の部位が働いているそうです。この基底核は、ピアノの演奏やラケットスイングなどのように、何度も練習して獲得した無意識・自動的であるけれど正確にこなすことができる行動とも深く関係しており、「直感」を生むにも、それなりの修練と経験が必要だそうです。
 すぐれた直感を生む能力を身に着けて活躍されている代表として、プロ棋士の方々がおられます。つい最近、コンピューター上で動く将棋ソフトとプロ棋士との団体戦で、コンピューターが勝利したというニュースが話題になっています。将棋ソフトは、過去から現在までのあらゆる棋譜を分析し、プロ棋士でも思い至らないような指し手を次々に繰り出し、投了に追い込んだとのことです。
 最初にこのニュースを聞いた時には、コンピューターが「直感」を身に着けてプロ棋士に勝利したようにも思えました。
 この対戦成績は、コンピューター側の4勝1敗だったようですが、将棋ソフトが敗れた対戦では、プロ棋士が、過去にはほとんど使われなかった指し手を序盤に打ち、蓄積された棋譜データに頼るコンピューターが打つ手を失ってしまったそうです 5)。現時点では、創造力を競う場面では、修練を積んだ人間の方に分があるようです。
 将棋ソフトは人工知能の成果として生まれたもので、同様の仕組みで楽曲や小説を書かせる取り組みが行われているようですが、今の技術ではバッハ風の曲やヘミングウェイ風の小説は書けても、まったく新機軸の作品を生み出すことは難しいようです。
・ PMとビッグデータ
 構造化されていない種々雑多なデータから全く新しい価値を見出すことができるビッグデータ6)は、プロジェクトで生じる様々な障害を乗り越える策を得るためにも利用できそうです。
 情報資源の再利用を期待して、情報を蓄積する前に再利用する状況を想定してデータベースを設計したり、蓄積すべき情報の取捨選択を行ったりしますが、実際に再利用しようとする場面では期待した情報が得られず、せっかく蓄積した情報が活用されないということが少なからずあります。この点、再利用の場面を想定しなくても、とにかく起こったこと、得たことを、形式にとらわれずに蓄積しておけば、蓄積時には考えていなかった目的にも利用できるビッグデータは魅力的に映ります。
 上に述べた「直感」は、プロジェクトマネジメントにおいてすぐれたリーダーに求められる「洞察力」の大きな要素とも考えられますが、ビッグデータの技術を駆使する専門家が、プロジェクトリーダーが洞察力を発揮するときの良き参謀役となるのかもしれません。
<参考資料>
1) カリフォルニア大学バークレイ校「How Mach Information ?」2000/2003
2) ビクター・マイヤー=ショーンベルガー「ビッグデータの正体」
3) 海部美知「ビッグデータの覇者たち」
4) 池谷裕二「単純な脳、複雑な「私」」
5) NHK総合テレビ「サキどり:夢じゃない人工知能の近未来」
6) 総務省「情報通信白書2012/2013/2014」

ページトップに戻る