PMプロの知恵コーナー
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アジャイルPMOの役割

竹腰 重徳 [プロフィール] 
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 PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)は、組織のビジネス戦略実現のため、管轄する複数のプロジェクトを一元的にマネジメントし調整を行うことに、種々の役割を果たす組織の一部門あるいはそのグループのことである。それらには、共有資源の管理、PMの方法論のベストプラクティスや標準の特定と開発、コーチング、メンタリング、トレーニングなどのPM能力強化、個別プロジェクトのモニタリングや監査、プロジェクト間のコミュニケーションの調整、PM知識の共有の仕組み作り、ポートフォリオマネジメントなどが挙げられる。
 ウォーターフォールが定着した組織がアジャイルを導入する場合には、PMOは、大変重要な役割を果たす。PMOは、新しいPM方法であるアジャイルを組織全体にわたって導入を支援し広めるには最適の部門である(1)。しかし、PMOが、アジャイルの価値観、原則、メリットを正しく理解しないまま導入を図ろうとすると、逆にアジャイル導入の反対者となる。その原因の1つは彼らが長年かけて習得してきた知識や築いてきた仕組み、役割を失う恐れを抱くからである(1)。そこで何よりも重要なことは、PMOがアジャイルの価値観、原則、メリットを十分理解し、アジャイル導入の必要性や意義を十分認識した上で、アジャイル導入に取り組む必要がある。また、PMOがアジャイル導入の意義を理解して経営陣からアジャイル導入の承認を得て進めようとしても、組織内へのアジャイル導入は、なかなかスムーズには進まない。アジャイルを利用する現場の人々も、アジャイルの価値や意義を理解できなければ、アジャイルに反対や抵抗を示す。
 そこで、アジャイル導入には、PMOが中心となって、変革マネジメントに数々の成果をあげ、アジャイル導入にも適用実績のあるジョン・コッターが提唱する変革型リーダーシップ(8段階変革プロセス)を適用する方法が勧められる(2)。8段階変革プロセスに従って、PMOがアジャイル導入をどのように進めていくかを述べていく。
 第1段階「危機感を生み出す」では、PMOの中にアジャイルの価値観や原則、方法に精通したアジャイル導入検討チームを立ち上げて、現状の課題を調査し、経営陣に対してアジャイル導入の必要性を訴えて、承認を得ることである。そのためには、複雑に変化する厳しいビジネス環境の中、計画重視型のウォーターフォールでは、顧客価値を迅速に提供する要求に応えることができず、競争力は低下し、企業として生き残れないなど、できるだけ具体的に問題点を浮き彫りにして危機感を生み出す。例えば全社的アジャイル導入に成功し、クラウドビジネスで急成長している米国salesforce.com社では、アジャイル導入前の危機感として、「企業の成長が速く、全体のプロジェクトの状況が掴めなくなったこと、リリース期間の長期化、スケジュールの遅れ、機能のフィードバックの遅れ、品質の低下、チームの生産性の低下などの数々の課題が発生してきたので、従来型のウォーターフォールのままのやり方だとこれ以上成長できない」ということがアジャイル導入のきっかけとなった(3)
 第2段階「変革を推進する連帯チームを作る」では、経営陣からアジャイル導入の承認を得たあと、アジャイル導入検討チームは、アジャイル導入推進チームに名称を替え、アジャイル導入推進プロジェクトとして正式に立ち上る。
 第3段階「変革のビジョンと戦略を立てる」では、アジャイル導入推進チームは、アジャイル導入推進プロジェクトの全社の指針となるよう、ビジョン、戦略、ロードマップなど簡潔で心躍るプロジェクトビジョンを作成する。
 第4段階「変革のビジョンと戦略を周知徹底して賛同を得る」では、作成されたビジョン、戦略、ロードマップは、ポータル、ポスター、メルマガ、講演会、会議、面談などあらゆる機会をとらえて組織や人々に、頻繁なコミュニケーションを通じて周知徹底を計り、アジャイルの価値を伝えるとともに、アジャイルに対する不安や疑問に応え、アジャイル導入の理解と賛同を得るようにする。
 第5段階「自発的な行動ができるよう障害を取り除く」では、アジャイルプロジェクトを推進しようとするチームを強力に支援をする。例えば、現場の人々のアジャイルスキルの習得のための研修実施、コーチングできる人の採用や育成、アジャイルに合った形の契約形態の開発、スケーリングや分散開発環境での開発など、アジャイル導入に障害となるものを取り除き、アジャイルプロジェクトがスムーズに進むように支援する。
 第6段階「短期的な成果を生む」では、特に早期に成功が期待できるパイロットプロジェクトを選択して、成果をあげるよう支援することが重要である。パイロットプロジェクトの早期の成功は、組織や人々のアジャイル導入へのやる気を起こし、アジャイル導入推進の励みとなる。
 第7段階「成果を生かしてさらに変革をすすめる」では、パイロットプロジェクトで短期的な成功を収めた後も、第4段階や第5段階で実施した現場への支援を継続し、アジャイルの適用範囲を広げてアジャイル導入を推進する。毎回結果が出るたびに、何がうまくいき、何が改善できるのかを振り返り継続的改善を続けながら、ビジョンが実現するまで現場への支援を続ける。
 第8段階「変革を企業文化に根づかせる」では、アジャイルの仕組みを企業の中核的な仕組みの中に組み込み、アジャイル文化が深く組織内に根づくよう活動し、過去に引き戻されないようにする。
 アジャイルPMOは、8段階変革プロセスの中で以下のような役割を果たし、組織にアジャイルを根づかせるのである。
アジャイルの価値観、原則などアジャイルの考え方の全社員への啓発
アジャイルプロジェクトの進捗状況の把握と支援
コンプライアンス対応への支援
アジャイルチームに対するコーチング、メンタリング、トレーニング
アジャイルの方法、手順、テンプレート、研修コースの開発と実施
経験豊富な専門家によるサポート体制の確立
ベストプラクティスの調査および情報共有の仕組み作り
プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント

以上

参考資料
(1) Mike Cohn,Succeeding with Agile,Addison Wesley,ppt.420-423,2010
(2) 竹腰重徳、変革型リーダーシップによるアジャイル導入、PM学会誌、Vol.16 No.1、ppt.25-26、2014
(3) Chris Fry & Steve Greene,Large Scale Agile Transformation in an On-Demand World,Salesforce.com,2007

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