例会部会
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『第185回例会』 報告

PMAJ 例会部会 岡崎 博之: 6月号

開催日: 2014年4月25日(金) 19:00~20:30
テーマ: 「リーダーづくり」志向プロジェクト・マネジメント
 ~3つの取り組みで目を見張るほどに成長する技術者たち~
講師: 石橋 良造 氏/株式会社RDPi (代表)

技術力低下の原因
競争力低下の原因は現場の技術力低下

 開発を見ているシニアマネジャーは、開発現場の技術力低下が本質的な課題だと指摘している。競争力低下の原因は技術力低下にあり、その原因分析と対策が喫緊の課題であると考えている。
 コンサルティングで関係したシニアマネジャーの声を紹介する。
 『どうして自分たちでできないのか? ウチの技術者は能力がないのか? 』『マネジャーも技術者たちも口を開けて指示を待っているだけ。自ら変わろうとしない』『技術力も意識もアジアの技術者の方が高い』『日本の技術者である必要はない。海外で開発すればいいのではないか? 』

成長実感を持てない技術者
 一方、開発現場はシニアマネジャーとは異なる視点で技術力低下をとらえており、納期や品質などのプレッシャーの中で、開発現場の技術者はやりたいことや試したことなどに挑戦する機会をもつことができず、成長している実感をもてていない。コンサルティングで関係した技術者の声を紹介する。
 『とにかく納期遵守で仕事を通じて成長できない』『失敗できないので満足な経験を積むことができない』『割り込みや雑務が多く集中して設計に取り組めない』『製品全体のことを知る機会がなくいつまでも半人前』

組織の仕組みが技術者の「力」を奪った
 いくつもの開発現場を見てきた結果、これまでに構築してきた開発プロセスや開発規定などの組織視点を重視する開発の仕組みが、技術者のスキル不足や技術力低下を引き起こしている根本原因だと考える。
 日本人は真面目であるがゆえに、「ルール通りやっていれば良い」「10年間同じことばかりやって本人が成長していない」「専門家だからミスをしないはずとプレッシャーを感じる」ことになってしまいました。今、必要とされているのは自律性、想像性、変化対応力であり、技術者一人ひとりの意識を変えることだ。

変身した技術者
2年前のある技術者

 今回紹介する製造装置メーカーも同じ状況で、社長が開発プロセスや品質管理の仕組み整備、人材育成のための教育などに力を入れているにもかかわらず、技術者が成長しないためにビジネスを拡大できないと嘆いていた。
 このような状況下でどのような取り組みをしたのかを、リーダー候補であるにもかかわらず、後ろ向きな態度ばかりが目立っていた小森(仮名)さんを例にとって紹介したい。
 彼の口癖は、「人に頼むよりは自分でやった方が早い」「会社も上司も誰も助けてくれない」「誰よりもがんばっているのに評価してくれない」といった周りへの不満ばかりだった。一方で、開発現場は顧客からの納期短縮、仕様変更、コスト削減などの厳しい要求に応えるために深夜残業が常態化しており、小森さんの1年間の残業時間も900時間を越えていた。そんな中でも小森さんは、顧客に迷惑がかかることは避けようと自分の仕事はきっちりと片付けていた。

リーダーへの変身過程
 その小森さんは今、リーダーとしての人望も成果も手にして、マネジャー候補になっている。取り組みのポイントは、この会社が従来から実施していた、各人のキャリプラン作成、傾聴などのトレーニング、座談会などといった、開発プロジェクトとは別の活動として取り組むではなく、開発プロジェクトそのものを技術者一人ひとりの成長につながるような場にすることで、成長を加速する「経験学習」 、自律性を育てる「エンゲージメント」、創造性を生む「チーム志向」という3つである。

 エンゲージメント・アセスメントにより、小森さんは自分に自信を持つことができないことを悟られないために自分一人で無理をする傾向があること、人から信頼されていることが実感できたときに大きなやる気につながるという『自分自身の気づき』が生まれた。
 さらに、経験学習ラウンドテーブルにより自分の身近に『他人のためになることをすることに喜びを持つ人』がいることを知り、同年代の人であっても自分と違う考えを持つ人がいること、皆な自分と同じように考えていると思い込んでいたこと、人のことを知ることが重要だということなどを実感していった。そして、チームの本質を学び、チームワークのための具体的な行動を考えることで、他人が変わるのを見るのが楽しいと思えるエンジニアに変身した。
 小森さんだけでなくリーダー候補の人たち全員がそれぞれに変身を遂げ、この取り組みをはじめた1年半後にはリーダーが3人から8人に増えた。この取り組みによって得られた成果は
(1) マネジャーたちの言葉
 『プロジェクトを任せることができるリーダーが2倍に増えた』『おかしなことを要求することもあるけど、自分から行動を起こすようになった』『職場の雰囲気が明るくなってうれしい』『あんなに自分勝手だったのに、メンバーの世話をするようになるとは』
(2) プロジェクトの経験がポジティブな感情を生み出した
 『あのリーダーと、あのメンバーと、また一緒に仕事をしたい』
(3) 仕事に対する満足度の向上
 6点以上(10点満点)が25%だった仕事に対する満足度が、65%まで向上しました。『おせっかいや自慢することが大切だと気づいた』『失敗を通じて成長することができた』
という声が寄せられた。

取り組みの実際
 『リーダーを育成する取り組み』は、(1) 経験学習、(2)チーム、(3)エンゲージメントを基本概念とし、開発業務を通じて技術者の成長、自律性、創造性を生むものである。
(1) 経験学習
 仕事を通じてもっとも重要なことは成長実感を持つことであり、成長にもっとも効果的なものは「経験」である。
 リーダーシップを発揮できるようになるのに役立った出来事を調査した人材育成の 70/20/10モデルでも、経験(70%)アドバイス・指導(20%)研修(10%)と、成長のための学習には経験の占める割合が圧倒的に大きいことがわかっている。
 そして、開発業務の中で成長のための学習を効果的なものにするためには、「実践」を通じて「経験」を得て、その経験をもとに「内省(リフレクション)」したものを「概念化(持論化)」し、それを次の「実践」につなげるという「経験→内省→概念化→実践」の経験学習サイクルを回すことが重要である。そのために、ラウンドテーブル方式による経験の共有や成長実感にもとづいた行動モデルの作成などを仕組み化した。
(2) チーム
 グループは『与えられたことや決められたことを間違いなくやる組織』であるのに対し、チームは『問題を解決し、価値を生み出すための組織』である。今、開発組織に求められているのは『グループ』ではなく『チーム』であるにもかかわらず、チームの本質を理解した組織運営ができている開発現場は少ない。
 チームは、『革新にフォーカスする』『メンバー間の信頼関係が基盤』『枠を超えて助け合い、補い合う』『失敗を許容する』などの特徴があり、これらの特徴を実践する仕掛けのひとつとして、「チーム・ロール・アサイン」を実施した。これは、技術者としての役割とは別に、開発を進める上で各自の特徴を活かした調整役、調査役、段取役、コミュニケーション役などの役割を割り当てて、自律的かつ積極的に行動してもらうというものである。
(3) エンゲージメント
 パフォーマンスと高い相関があるエンゲージメントとは、感情とやる気をともなうポジティブな充実状態のことを指し、活力(Vigor)、熱意(Dedication)、没頭(Absorption)の3つの側面からなる。

 仕事の最中、エネルギッシュで、力がみなぎり、活気に満ちていると感じるのが活力。自信を持ち、パンチを効かせることができ、やすやすとへこたれない状態である。
 仕事との間に絆を感じ、仕事に熱中するのが熱意。職場で起こることに対して無関心ではなく、積極的に自らの職務に意見を出し、仕事に誇りを持っている状態である。
 自分の仕事に完全に熱中しているのが没頭。集中し、仕事にやりがいを見出し自分がすることに喜びを感じる状態であり。働いている時に、しばしば時間を忘れてしまう。
 エンゲージメントを高めるためには、自分の成長のもととなる自分らしさ(価値観)を引き出し、個人の価値観に合わせた気づきを促し、自分が変化するための決意を固め、行動に移すための取り組みが重要である。注意しなければならないのは、個人によって価値観は全く異なるということ。同じ組織であってもエンゲージメントの高さは人それぞれであり、計画と努力が主な価値観の人もいれば、自由と面白さが主要な価値観とする人もいるのであり、そこを正しく理解しないでいると、自分の価値観の押し付けになりエンゲージメントを高めるのは困難になる。

まとめ
 これまでの開発プロセスなどの仕組みは、『よい製品やサービス(Good Product)』を作るためのものだった。しかし、これから重視すべきなのは、よい製品やサービスを作る『よい技術者』『よいリーダー』を育てるプロジェクト活動である。プロジェクトそのものを、開発実務を通じて技術者を育てる、いわば『ひとづくり』指向の仕組みにするのである。これは、価値創造、イノベーション、持続的成長を実現するための技術者やリーダーを育成するための仕組みでもある。
 『経験学習』の開発プロセス、『チーム指向』の体制、『エンゲージメント』のスキル育成は相互に関係しており、プロジェクトの中で並行してこの3つに取り組むことが技術者育成に有効である。
アラン・ケイの言葉
 「専門技術が重視されるビジネスにおけるプロジェクトで大切なのは、プロジェクトのパフォーマンスではなく、人を育てるパフォーマンスだ。」

感想
 人に力を発揮させることよりも、規則・標準に遵守することに重点をおいてきことを常々感じていました。そのことを明示したうえで、人を育てることの重要性を説き、人を育てることを実践され、成果が上がっていることはとても良いことだと思いました。
石橋様、有意義な講演ありがとうございました。

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