今月のひとこと
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「減点主義」と「加点主義」

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :2月号

 「シャープ、人事制度見直し」(日経1月7日)という記事が出ていました。「人事評価制度について、従来の減点主義から加点主義に改める。社員がリスクをとれるような加点制度にしたい。上司と相談して目標を定める現行制度では、目標が低くなるうえ、減点主義になる傾向が見られた。社員がより高い目標を設定し、リスクをとって、新製品の開発等につなげることが再建の近道だ・・」(高橋社長)というものです。そこで減点主義と加点主義について改めて考えてみたいと思います。

減点主義 vs. 加点主義 1.減点主義
 日本の学校教育は減点主義です。
100点(満点)をとって当たり前、それ以上は評価されず、ひたすら減点されるのみです。自分の尺度(期待値)に照らして、あそこがダメ、ここもダメ、と相手のあら探しばかりをやります。小さい頃からこのような環境で育つ日本人は、気付かないうちに減点主義の体質となり、出る杭を叩き、互いの足を引っ張り合う集団になりがちです。このような風土では、自分の弱い部分、減点部分を補強する方向にのみ意識が向かい、リスクをとってチャレンジする者はいなくなります。手堅く、間違いなく、そつ無く、抜け目なく、・・・というふうにリスクを避けるようになります。そして、無気力、前例主義、事なかれ主義が蔓延するようになり、低い目標設定の安定志向に向かいがちです。これが日本経済低迷の一因と思います。

2.加点主義
 一方、加点主義では先入観を持たず、0点(ゼロ)を起点に、ひたすら加点していきます。相手の立場に立って、あそこがいい、ここもいい、と良いところだけをみていきます。
短所やできない部分に目を向けるのではなく、個性や才能、その人の持っているすばらしい部分に注目し、それを引き出し伸ばすように支援します。所謂「ほめて育てる」やりかたです。このような風土では、自己肯定の下に、各自が自信を持って、高い目標にチャレンジするようになります。それが前向き、チャレンジスピリット、出る杭を伸ばす風土を醸成し、独創的な発明やイノベーションに繋がる訳です。

3.減点主義から加点主義へ
 日本の減点主義のルーツは、戦後のキャッチアップ政策にあったといわれます。欧米に追いつき追い越せという流れの中で、欧米で確認された成功モデルに追随し、生産効率で追い抜くというフォロワー型の経済体制を確立します。結果、80年代後半には世界のフロントランナーとなりました。フロントランナーとなり模倣すべきモデルが無くなり、自ら構想力・想像力を発揮しなければならない事態になると、従来型の減点主義では通用しなくなります。コピー文化を前提としたキャッチャップ型では、変化に対応できず、さまざまな分野で競争力を失っていきます。これが失われた20年の真実ではないでしょうか。日本の産業競争力の再強化を図る上では、1990年代に減点主義から加点主義に転換し、イノベーション文化を前提としたリーダー育成が必要だったにも拘わらず、逆に、目標管理の導入で減点主義を強化する方向に舵を切ってしまいました。これにより日本企業のマネジメントの体質改善が進まず、今現在も漂流し続けているというのが現実だと思います。
 組織の評価制度は、放っておけば減点主義に向かいます。学校教育で減点主義を叩き込まれた人材が毎年入ってきますし、その方が評価者・被評価者双方にとって楽だからです。予めの期待値(目標)に照らしてマイナス部分のみをチェックするだけですから、希薄な人間関係の机上マネジメントでも通用します。しかし、加点主義での評価はこうはいきません。被評価者の立場に立って、同じレベルで、その動機や背景まで踏み込んで理解する必要があります。良いところを見つけてそこに焦点を当て、それを率直に伝え、ねぎらいの言葉や適切なフィードバックでやる気を引き出し、モチベーションアップにつなげる必要があります。濃密な信頼関係に基づく真の意味での人材育成をやり遂げる現場マネジメントが必要になります。

4.プロジェクト指向からプログラム指向へ
 欧米で確認された成功モデルに追随し、生産効率で追い抜くというフォロワー型の経済体制はプロセス(How to do)に磨きをかけるプロジェクト指向といえます。従って、減点主義はプロジェクトマネジメントと親和性があります。一方、自ら構想力・想像力を発揮しイノベーションを追求するフロントランナー型の経済体制はプロダクト(What to do)に磨きをかけるプログラム指向といえます。従って、プログラムマネジメントは加点主義と親和性があります。これまで、さまざまなアプローチでプログラムマネジメントの導入普及を図ってきましたが、なかなか定着させるには至りませんでした。その原因の一つは、人事評価制度としての減点主義を温存したままでのプログラムアプローチにあったように考えます。リスクをとって、失敗を許す加点主義という評価制度の下でなければ、プログラムマネジメントによるイノベーションの追求は難しいといえます。新成長戦略の下、さまざまな企業でイノベーションが求められている現在、企業側も評価システムを減点主義から加点主義に転換して、本格的にプログラム指向の文化を醸成していくべき時ではないでしょうか。“Project & Program Management For Enterprise Innovation”を標榜するP2Mへの期待は大きいと思います。

(参照サイト)
1   参照
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