PMプロの知恵コーナー
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「原発事故」 (13) 日本の原発運転管理者

仲 俊二郎/小石原 健介 [プロフィール] :1月号

20 日本の原発運転管理者のあるべき姿とは何ですか

 技術者は一般的に2つに大別できます。原子力のような特定のテーマを追求する研究者と、一方、原発に限らずさまざまの分野の技術の結集である各種プラントや船舶、航空機、鉄道などの設計、製作、建設、さらにこれらを適正に運用する運転管理技術者です。
 原発大国といわれるアメリカ、フランス、カナダでは国家としての人材育成システムが構築されています。これに比べわが国では、原発の人材育成についても縦割り省庁の一つである経済産業省の所管となっています。人材育成システムや資格認定制度についても同様で、本来なら文部科学省の所管である大学等の学校教育と連携すべきですが、実態は極めて希薄な関係で、ほとんど独立的に縦割りで運営されています。
 その希薄な1例をあげましょう。文部科学省所管で、1972年に開設され1993年に廃止された、原子力船の運行管理要員育成を対象とした、神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)原子動力学科というのがあります。この講座では徹底した原子力の人材育成をしているのですが、それと経済産業省の育成策との連携はまったくありませんでした。
 わが国の原発では、原子炉主任技術で代表される原子炉技術に特化した技術者が、ほとんど例外なく原子力安全管理技術者として、原発の安全管理の責務を担っています。原子炉主任技術者は資格が必要ですが、肝心の原子力安全管理技術者には資格は要求されず、ましてや責任重大な原発所長についても、資格は求められていません。こんなことで果たして日本の原発は大丈夫なのでしょうか。カナダのような人材育成システムと厳しい国家資格の法整備を急ぐべきだと考えるのは、筆者だけではないでしょう。
 原発の場合、原子力安全管理技術者、原子炉運転技術者、核燃料技術者、核融合専門技術者、などの原子力のプロが集まって、巨大システムを運転しています。そのうち国家資格としては、原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者の3種類があります。以下、この3種類の資格について述べてみましょう。

■ 原子力安全管理技術者
 原子力安全管理技術者は、原発で安全管理を行う技術者のことを指します。原子力全般に関する専門知識や原子力の人体と環境に及ぼす影響などを充分に熟知しており、それらの知識を踏まえた上で安全に作業を行うことが求められます。原子力廃棄物の管理や放射線の防護対策などを行うのも、原子力管理技術者の仕事です。
 原子力安全管理技術者になるためには、特に必要な資格はありません。社内で研修を受け、そのレベルに達したと認められれば任命されるのです。
 この点、カナダでは根本的に異なります。カナダでは、事故時や緊急時のとっさの適切な対応が求められるので、一種のストレステストに合格しなければ、いくら専門知識や学力、経験が豊富でも、不適正として資格の取得ができません。この厳しい国家資格に比べ、わが国の原発の安全管理技術者は、必要な要件を満たしていないと言っても過言ではないでしょう。これは致命的な欠陥です。

原子炉主任技術者
 原子炉主任技術者免状は、環境省原子力規制委員会が主管する国家資格です。核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律(以下、原子炉等規制法)に基づき原子炉の運転に関して保安の監督を行うため、炉ごとに炉主任の専任が義務付けられています。
 原子炉規制法でいう原子炉とは、原子力基本法で定める核燃料物資を燃料として使用する装置を言います。ただし政令で定めるものは除かれる。

受験資格
 筆記試験には受験資格はないが、口述試験には受験資格が必要です。
(1次)筆記試験
(2次)口述試験
 筆記試験合格者で、かつ次のいずれかに該当する者。
  1 原子炉の運転に関する業務に6カ月以上従事した者。
  2 指定された講習を次の四機関を含む10機関のいずれかで、講習課程を修了した者。
    a 日本原子力研究所国際原子力総合技術センター原子炉一般課程。
    b 日本原子力発電株式会社東海研究所の運転研修課程。
    c アメリカペンシルべニア州・シッピングポート原発訓練課程。
    d アメリカテネシー州・オークリッジ国立研究所原子炉技術学校運転管理課程。

核燃料取扱主任者
 核燃料取扱主任者免状は、環境省原子力規制委員会が主管する国家資格です。
 核燃料取扱主任者は核原料物質、核燃料物質、および原子炉の規制に関する法律に基づき、核燃料の加工、使用済核燃料の再処理を行うところで、核燃料物資に関して保安の監督を行います。

受験資格
 誰でも受けられる。第1種放射線取扱主任者試験に合格した者は、次の放射線の測定および放射線障害の防止に関する技術の試験科目が免除される。

試験科目
  1- 核燃料物資の化学的性質および物理的性質
  2- 核燃料物資の取り扱いに関する技術
  3- 放射線の測定および放射線障害の防止に関する技術
  4- 核燃料物資に関する法令

放射線取扱主任者
 放射線取扱主任者免状は、環境省原子力規制委員会が与える国家資格です。試験は誰でも受けられ、第1種および第2種があります。
1 主任者は単なる放射線管理担当者でなく、放射線障害防止法に事づき、監督者として誠実に職務を遂行しなければならない。
2 使用施設に立ち入る者は主任者が放射線障害防止に基づく命令または放射線障害予防規定の実施を確保するための指示に従わなければならない。
  主任の主な職務
a 放射線障害予防規定の制定及び改廃への参画
b 放射線障害予防上重要計画作成への参画
c 法令に基づく官辺手続の審査
d 立ち入り検査等の立会
e 異常及び事故原因の調査への参画
f 事業者に対する意見具申
g 使用状況、施設、帳簿及び書類等の審査
h その他放射線障害予防に関する事項
  注 官辺手続とは政府や役所などの関係方面をいう。

21 神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)では職業人の育成、危機管理トレーニングをしていたと聞いていますが、実態を教えて下さい

 原発事故を検証して明らかになってきた抜本的な問題の一つは、「原子力ムラ」で象徴される現場を知らない原子力の権威者により、原発のあらゆることが主導され、ゆがめられてきた点です。つまり現場の技術者の知恵や経験が生かされて来なかったことであります。「安全神話」が信奉され、それに基づき、送電線の復旧又は非常用発電設備の修復が期待できるので、長期間にわたる全電源喪失は考慮する必要はない、とする「安全指針」が下されました。取り返しのつかないこの重大な誤りは、現場の実態を知らない原子炉工学の学者を中心とした原子力の権威者たちにより作られてきたのです。
 アメリカ、フランス、カナダの原発先進国における徹底した現場主義と訓練を重視した人材の育成に比べ、わが国の原子力施策は現場の実態を知らない権威の力により推進されてきました。そこに致命的な問題が存在しています。例えばこの事実は原子力安全委員会、原子力委員会、原発事故調査委員会の人選を見ても明らかです。
 しかしこれが日本の慣習であり風土であると片付けるのは早計です。わが国でも現場主義を最優先とする優秀な現場の技術者・職業人を育成し、社会に貢献してきた教育機関があるからです。その事例をここで紹介したいと思います。神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)は将来の海運を担う人材、近代化にともなう船員法、船舶職員法に基づき必要な船舶運航管理の人材育成に努めてきたのです。
 この大学は異例の議員立法によって誕生しました。ある教授がこう語っています。
 「船というものは、元来沈むべきはずのものが、かろうじて浮かんでいるのだから、しょっちゅう危険にさらされているとみなければならない。
 したがって、非常事態に即応し得る心がまえと訓練が必要だ。そして伝統といえば、戦災でゼロから再出発した施設の中で学生寮がずば抜けて立派であった。海員養成にとって全寮制度は不可欠、という当事者たちの強烈な信念の所産によるものであつた。寮の建設のために、校舎や事務室の施設費を上回る経費が当てられ、その額は諸施設整備のための総経費の4割近くに達した。
 ある教授が、海上での非常事態に対処しうる根性の養成を強調したとき、そのためにどんな教育が必要なのかの問いに対し『正式に単位として盛り込むことはできないが、やはり全寮制はそうした心の支えになるのではないか』と答えた。その言葉は、自らの寮生活と海上生活に裏打ちされた確信にみちていた」

 教育カリキュラム
 教育カリキュラムは船舶運航管理技術者の国家資格取得を視野に入れたもので、特徴としては、専門基礎科目は工学のすべての分野に及んでいます。技術者として必要な機械、電気を含むすべての専門基礎に加え、専門教科の修得が必須でした。また乗船実習、工場実習を通して現場の技術者として実体験を修得することや、練習船による訓練教育を重視していることが良く分ります。
   また全寮制は船員国家資格を受ける条件である長期乗船実習の要件の一部とみなされていました。そして寮では原則、各学年1人の1室4人相部屋での共同生活により、全人教育が行われました。その時のお互いの絆は強く、非常事態に対処した全寮制の寮生活躍の事例は阪神大震災で発揮されました。寮生が一丸となり、自らの危険をかえりみず、被災者の救助、救援活動をすることができたのです。当時の学生生活を振り返ると、船乗りのチームワークをはじめ、過酷な船上生活、24時間緊急事態であるといったシーマンシップの教育が基礎になっていました。
 神戸商船大学原子動力学科の開設と廃止
 近い将来、原子力商船の就航は必至であろうとの認識は国内外の関係者で一致していました。国際競争力強化のため先進各国は等しく国策として原子力船の開発に取り組み、原子力船の運航管理要員の養成および陸上支援体制の確立を急いでいました。このような背景の下に1972年4月に原子動力学科が新設されたのです。
 当時文部省から莫大な予算を与えられ、独立の原子力研究棟を作り、核エネルギー変換工学実験装置まで持った国立大学8番目、唯一の原子力船舶の研究設備を持った大学となりました。
 神戸商船大学原子動力学科の教育カリキュラム
 3級海技士{機関}免許と原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者の資格を同時に取得できるカリキュラム体系にすべく、対策を講じ、授業を進めてきました。
 大学にとって残念なことに、原子力船「むつ」の廃船を契機に商船教育の意義が失われてしまいました。その結果、原子動力学科は1993年、新設からわずか19年でその幕を閉じたのです。ここでさらに残念なことは、神戸商船大学と、原発運転要員育成を図る機関との連携がまったくなかったことです。戦後わが国の再建には海運の発展は欠かせないとし、国を上げてその人材育成に取り組み、原子動力を学ぶ学生を多数輩出しました。ところが彼らを原発の運転管理者へ振り向けるという人材育成へ生かすことが出来なかったのです。先人たちの情熱は実らないまま終わりました。これは、国としての全体観を欠く、省庁の縦割行政の弊害であったと思われ、誠に残念でなりません。

 しかし神戸商船大学が、かつて原子力に関し、かくも広範で高度な知識を教え、全寮生活でチームワークを醸成し、船上で危機管理を体験させてきたという人材育成策は、今、日本が緊急に取りかからねばならない原発プラントの運転者育成にとって、やれば出来るのだという勇気ある示唆を与えてくれるのです。

 「神戸商船大学原子動力学科カリキュラム概要」
 数字は開設単位数、この原子動力学科専門科目に加えて原子力商船の運行管理技術者として必要な専門科目としてボイラー、タービンなどの蒸気機関学、内燃機関学、補助機関学、燃焼・潤滑論、船舶工学、電子工学、制御理論などの25科目が必須となっていた。
原子動力学科専門科目
原子炉工学4、原子炉熱学2、原子炉運転2、保健物理2、
原子力計測2、原子炉計装2、原子炉材料2、原子炉燃料2、
放射化学2、原子炉機関学2、原子力法規2、原子力演習2、
第一専門科目
量子力学、応用微分幾何、原子力構造学、原子力化学工学、原子力特別講義、原子力演習C,原子力実験A,B
第二専門科目
電力工学、特別研究B,原子力エネルギー学、量子エネルギー学、
物理学、サブアトミック基礎科学、マリンエンニアリング実験
エコエネルギー工学演習、エネルギープラント工学
 また上記以外に一般教養科目としての外国語科目、人文科学、社会科学、特別研究、短期・長期乗船実習、工場実習などが必須となっていた。卒業までの所要単位数は160単位であった。

図表18 「原子動力学科卒業生(709名)の進路」
原子動力学科卒業生709名、原発関係会社の就職者数21名
図表18 「原子動力学科卒業生(709名)の進路」

 原子動力学科卒業生709名の就職先ですが、原発関係会社の就職者数216名(30.5%)そのうち東電は18年間でわずか4名に過ぎません。関電は機関学科卒業生を毎年1名、火力発電所の技術要員として採用したのみです。その他の原発関連の就職先は検査協会、原子力公社、一般企業の原子力関係部門などです。
 アメリカ、フランス、カナダに負けない原子力技術者育成のカリキュラム、教育システムを持ちながら、本命たる原発事業に生かせなかったことは、国家として原発技術者を育てる視点が欠けていたためと言わざるを得ません。
 さらに文部科学省の指導による「ゆとり教育」の結果、他の大学に合わせ修業年限は4年6ヶ月から4年に短縮され、加えて船舶実習や大学で指定する造船会社で3ヶ月間行う学外工場実習は、1987年に廃止されました。まだあります。卒業までの所要単位数も160単位から130単位に削減されたのです。半世紀前には所要単位数160単位に対して、170単位程度を取得するのが一般的でした。当時に比べ、現在の修得単位数は75%ほどに削減され、大学生の学力低下に拍車をかけました。もはや職業人を育成するかつての使命を失いつつあると言えるでしょう。
 また開学以来40年間続けられてきた伝統の全寮制度ですが、全人教育に効果を発揮したこの制度は、1993年、時代の流れに適合しなくなり廃止されました。危機管理の訓練や現場の技術者として技術の習得に重要な役割を果していた練習船による乗船実習ですが、これも1987年に廃止され、大学教育は大きく変貇してきたのです。
 このように大学レベルの学力が大きく低下してきている中で、原発プラントの運転という超難関の仕事をするプラント技術者を、どういうふうに育成していくのか。これまでのような下請け孫受け任せではなく、国民に対する責任ある運転をする上で、国として早急に取り組まねばならない課題なのです。そしてこの課題を遂行するにあたり、神戸商船大学原子動力学科が行った育成訓練は、少なからずヒントを与えてくれるのではないかと思っています。

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