東京P2M研究部会
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イーストタスク株式会社 渡部 寿春: 10月号

 大学などの学術機関で研究論文を作成する場合、参照文献の厳格な記載が必要となる。文献から引用した考えを自分で考えたことの様に書いてしまえば盗作(Plagiarism)となる。ビジネススクールなどでは一般的にハーバードスタイル(The Harvard reference system)と言う形式が使われる。PMAJで会員活動を始めてから幾つかのエッセーや論文を書いて来たが特に厳格なスタイルを気にしたことはない。執筆の目的が学位や出版を目的としている訳ではなく考えを整理し仕事に関連することで役に立つことを意識しているためだ。PMの知識体系は’Body of Knowledge’の言葉に表現されるように考え方の枠組みだけで中身はない。中身が具体的な仕事の作業であるとするとそれを整理して体系付ける本棚のようなものである。即ち知識体系だけを覚えても具体的な現象と結びつかないと何の意味もない。しかし、普段の生活で実際に経験出来る範囲と言うのは限られている。この経験の限界を超えて知識を開発する方法が研究である。そして、この研究の質を決めるのが参照する能力である。参照元となる知識資源と研究の目的から結論に至る過程で如何に有効な参照を行うかが鍵となる。この参照する能力について検討してみたい。

1.   知らないことは参照出来ない。
  何処を見れば解るのか?今はインターネットが普及し何でも検索出来るようになった。しかし、前に読んで頭の隅に入っているものなら探して引きだすことが出来るが、存在すら知らないことは検索しようがない。PMシンポジウムと言うイベントがあるが、その存在すら知らない人は決して検索しない。仕事でも或る資料を参照すれば解るのに、その存在を知らないために抜けることがある。「そう言うのあったんだ!」を防ぐためには、網羅的な知識の場が必要である。

2.   参照文献を理解する能力がないと使えない。
  この資料に必要なことが書かれていることが解っていても、理解する能力がないと引用出来ない。新しいプロジェクトに参画する場合、殆どの場合これまでと違う資料を理解する必要に迫られる。例えば外国語で仕事を行う場合や新しい業務分野に参画する場合、或いは新しい技術を使う場合などは理解力が必要となる。この理解力を助けるのが教養とも言われる基礎知識ではないかと思う。

3.   参照文献が間違っていると結果も間違う。
  参照先は何でも良いと言う訳ではない。学術論文でも参照元として新聞や雑誌の記事を引用することがある。しかし、新聞や雑誌に掲載された記事を正として引用することが正しいとは限らない。情報システムであれば、正しく動いた結果があることが確認されていれば正のデータとして扱うことが出来る。テストが終わっていないプログラムを正として扱うことはしない。インターネットで検索して該当した資料を何でも参照資料として使える訳ではない。参照文献には妥当性が必要である。

4.   普段から知識資源を開拓していないと急には増えない。
  知識は文献でのみ開拓出来るものではない。経験を通じて開拓される知識も多い。例えばIT関係で仕事をしている人が福祉や自然環境のことについて考える必要に迫られた場合、見当がつかないと言うことに遭遇する。仕事で直接必要となる知識は狭くて済む。長く同じことをやっていれば狭い知識のままで済む。しかし、見当のつかない状況を回避するために必要となる前から知識の空白地帯を開拓することが必要である。例えば様々なボランティア活動に参加するとか変化しそうな場所を見ておくとかである。これが後々何処かで役に立つ。

5.   自分と違う仲間が増えると知識が増える。
  自分と違う生活をしている人は、自分とは違う知識を持っている。異業種間交流の良い点がここにあるのだが、ただ会話をしているだけでは知識は増えない。プレゼンや論文の執筆など課題を共にし、知識を表すことで共有が可能となり他者の知識を吸収出来る。

6.   PMの仕事は参照能力に依存する。
  P2Mガイドブックに企業価値の解説があり知的資産と会計的資産の2種類が示されている。ここでは企業価値だが、個人の価値としても、知識が市場価値として評価される傾向が強まっている。プロジェクト間を渡り歩くには業務経歴書(スキルシート)が評価の基準となる。そこには、業務経験や資格、最終学歴などが記載されている。この書類は知識を評価するためのシートであり市場を通じて知的資産を会計的資産に変換するものとなる。プロジェクト活動は常に参照を通じて推進される。この参照能力が知的資産を形成する基となる。

 現在、東京P2M研究会の活動としてPMシンポジウム2013に向けたワークショップを制作中だが、水道事業の課題を事例としたプログラム統合マネジメントのシナリオ作りをテーマとしている。この中で価値基準を選択することで4種類のシナリオを検討する設定としているのだが、このアイディアは、放送大学大学院の科目「環境工学'07」を参照すると伴に、多くの水に関わる資料をいたる所から参照することで実現した。参照能力の向上で、仕事の質は高まると思う。


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