例会部会
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「第171回例会」報告

例会部会 中前 正 :4月号

 日頃、プロジェクトマネジメントに携わっておられる皆様、いかがお過ごしでしょうか。今回は、2013年2月に開催された第171回例会についてレポートいたします。

【データ】
開催日時: 2013年2月22日(金) 19:00~20:30
テーマ: 「納品のない受託開発」にみるソフトウェア受託開発の未来
  ~IT投資に対するソフトウェアの価値を最大化できるビジネスモデルとは~
講師: 株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長
倉貫義人氏

  はじめに

 今回お招きしたのは、株式会社ソニックガーデンの代表取締役をつとめる倉貫義人氏(以下、講師)です。TIS(旧・東洋情報システム)に入社後、同社の基盤技術センターの立ち上げや、社内SNS「SKIP」の開発などに従事。そのSKIP事業を社内ベンチャー「SonicGarden」として展開したのち、TISからのMBOにより株式会社として設立した経歴を持ちます。例会では、多くの問題を抱える昨今のソフトウェア開発環境を目の当たりにして、講師がたどり着いた斬新なビジネスモデルを紹介していただきました。

  講義の概要

1. ソフトウェア開発の課題と、解決への手掛かり

 IT・ソフトウェアの受託開発におけるこれまでのビジネスモデルは、はじめに入念に要件定義を行い、開発を行い、製品を一括納入する、という手法が主流でした。しかしこの手法では、当初に決めた要件に縛られ、たとえ市場環境が変わっても最後まで完成させないといけない、あるいは、わずかな改修に多額の費用がかかり、結果的に全体コストが増大する、という問題を生み出してきました。

 そうした現状の中、台頭してきたのがアジャイル開発です。講師は、アジャイルの手法と、同じく最近のトレンドであるクラウドの技術、そしてプログラム言語のRubyを最大限活用し、「IT投資に対するソフトウェアの価値を最大化する」ことに取り組んできました。

 講師は、ソフトウェア開発において、以下の4つの価値を重要と考えています。
プロセスやツールよりも、個人との対話を
包括的なドキュメントよりも、動くソフトウェアを
契約交渉よりも、顧客との協調を
計画に従うことよりも、変化への対応を

 そして、これらの価値を実現するためにたどり着いた方法が、「納品しない受託開発」という新しいビジネスモデルです。

2. 「納品しない受託開発」とは

 講師の企業では、受託開発において、「ソフトウェアそのもの」を売るのではなく、「ソフトウェアが使えること」を売っている、とのことです。そのための方法である「納品しない受託開発」の特徴は、以下の3点に集約されます。

①  「定額モデル」を採用
 開発内容に応じて費用を見積もりする従来のスタイルを捨て、月あたりの金額を提示する定額モデルを採用。金額を固定化することによって、追加料金を気にせず、いつでも要求を変更することができる、あるいは要件定義すらしなくてもいい状況で、素早く開発に入ることができます。将来のビジネス環境が不明確で、スモールスタートをしたい場合に適したモデルといえます。

②  チームを固定
 案件に応じて、担当のプログラマをアサインするチーム制を採用。この担当者が最後まで面倒を見ることにしています。その結果、ライフサイクルすべてを受け持つ内製部隊として、顧客の立場に立った提案と稼働が可能になっています。これまでのシステム開発においては、属人性を排除しようとする考えが支配的でしたが、逆に属人性を大いに活用する、弁護士や税理士のような顧問ビジネスに近い方法といえるでしょう。

③  クラウドを活用
 提供するのは、クラウドで動くウェブアプリケーションのみ。そしてエンドユーザ用の本番環境とは別に、顧客の仕様責任者用の環境もクラウド上に用意することで、実際に動くサービスを使って、いつでも仕様の確認ができるようにしています。また、②で述べたような内製部隊として動きながらも、顧客との対話はSkypeなどのコミュニケーションツールを用いるので、結果として交通費の削減にも一役買います。

 これらの結果、「納品」の概念を取り払うことができ、ひいては、IT投資のコストパフォーマンスの悪さを解消することにつながります。さらに、事業開始のハードルを下げ、リスクを取らないで守りに入ってしまう悪循環からの脱却も可能になる、と講師は説明します。

3. 「所有」から「利用」へ、「完成」から「持続」へ

 では、「納品しない受託開発」を拡げることを通じて、講師が目指す方向性は、どのようなものでしょうか。

 ひとつは、「Point of Sales」から「Point of Use」への転換です。通常の製品は「Point of Sales」、つまり売買した時点が最高の品質であり、そこからユーザが使っていくことによって年々、陳腐化が進んでいくものです。しかし「Point of Use」の視点では、常にアップグレードが施されるので、利用中いつでも最高品質を保つことができます。

 ふたつ目は、「完成指向」から、「持続可能」へのパラダイムシフトです。たとえば、バグをなるべく出さないようにするという視点から、バグが出てもいいので、すぐに直せるようにする視点への転換、あるいは、当初のビジネスプランを重視して製品が完成することを目指す姿勢から、ユーザのフィードバックを通じて製品自体も変えるという姿勢への転換を促します。

 つまり、講師が目指す方向性は、以下の2つに集約されます。

「所有」から、「利用」へ
「完成」から、「持続」へ

 講師は、この2点を重視した新しい「ソフトウェアパートナーシップモデル」を実現することによって、「IT業界における産業革命」を成し遂げたい、と力強く述べて講義を締めくくりました。

  講義を聞き終えて

 筆者はインターネットメディア企業に勤務し、ウェブサイトの開発・運用に携わっています。あいまいな要件定義によって開発現場が振り回されたり、担当者が頻繁に代わることによって運用の引き継ぎがうまくいかなかったり、という悩みを日々抱いていますが、講義を聞き終えて、多くのヒントをもらったような気がしました。

 筆者の企業では開発の受発注の機会はそれほど多くなく、社内で利用するものは、社内の開発者が内製することが多い環境にありますが、それでも、「定額制」という発想が、要件定義のハードルを下げ、さらにスモールスタートにつながっていくというのは、非常にユニークなアプローチ方法だと感じました。運用面では、「属人性を活用する」というのは、現在の筆者の環境とは正反対ですが、一考の価値があるように思いました。

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