関西P2M研究会コーナー
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プロジェクトマネジメントにおける論理思考のすすめ

小藪 康 [プロフィール] :4月号

 最近、書店の店頭に「ロジカルシンキング」や「ロジカルプレゼンテーション」などといった論理思考を関連テーマとした本がたくさん平積みされています。また、巷の論理思考に関するセミナーなども盛況なようで、多くの社会人の方々が論理思考の理解やスキルの向上をもとめて参加されているようです。私自身も社内人材向けに論理思考研修を講師として担当させていただき、毎回多くの方に参加いただいております。
 今回は、この論理思考ブームに肖るわけではないですが、プロジェクトマネジメントに論理思考をもっとうまく使えないでしょうかということをテーマに書かせていただきたいと思います。もちろん、巷のPM諸氏が物事を論理的に考えることが出来ていないなどと言うつもりはないのですが、論理思考の基本的な活用方法を再確認していただくだけで、プロジェクトマネジメントへの取り組み方がより効率的になったり、使用するツールがもっとうまく活用できるようになると考えられます。
 この論理的な思考力をもっとも簡単にかつ効果的に活用できるのが、「WBS作成」のプロセスです。この文書では、その点に関して少し書かせていただきたいと思います。プロジェクトをマネジメントする上で、WBSを作成することは基本中の基本ですが、逆にいうとWBSの作り方を失敗すると後々、苦労することが多いことも事実です。たとえば、WBSで定義されたワークパッケージの内容に漏れている作業が多いと、頻繁にワークパッケージの見直しが発生し、そのたびに担当作業の割り振りの変更が必要になったり、ワークパッケージの内容に重複しているアクティビティが多いと、ワークパッケージを割り振られた担当者の間で作業の重複が起こったりするなどです。
 こういった項目の「漏れ」や「重複のない」状態のことをMECE(ミッシー)と呼びます。(よく知られた言葉なのでご存じの方も多いとはおもいますが)論理思考では、論理の整合性を高めるための論拠(理由)の整理として、このMECEな状態を作りあげることが大変重要と考えられています。MECEな状態を作りあげるためには、いくつか大切な要素がありますが、その一つとして最も基本的なことは、WBSを作成する際に「段階的に分解」していくことです。プロジェクトマネジメントの研修の演習問題などで、WBSを作成していただくといきなりワークパッケージレベルの詳細さで、作業を分解し始める方が時々いらっしゃいますが、このようなWBSの作成方法は、論理思考的な観点でみると大変危なっかしいです。人間の脳は、大きな塊の概念をいきなり詳細なレベルに分解した場合に、漏れや重複が起こってもなかなか気づくことが出来ない構造になっています。ある程度の大きさの塊の作業に分解し、それをもう少し小さいレベルに分解するということを繰り返すことで、大きな概念のものを詳細化していっても漏れや重複が起こることを防げます。
 また、ワークパッケージに対応するレベルの作業をブレーンストーミング的に検討して、その後、WBSの形にまとめようとする方も時々いらっしゃいますが、この方法を十分注意して進めないとやはり問題です。
もちろん、経験の少ないプロジェクトを担当したときに、WBSの分解の切り口を見つけ出すためにブレーンストーミング的にアイデア出しをすることはあると思いますし、有効なやり方だと思いますが、ワークパッケージレベルの項目をすべてこれでやってしまうと、WBS作成が単にブレーンストーミングで洗い出した項目を階層的に並べるだけの作業になってしまい漏れや重複のない作業分解リストを作るという本来の目的を逸脱してしまいます。やはり、WBSを作成する時には、上位の階層から段階的に各階層がMECEな状態であることを確認しながら、分解していく作成方法をお勧めします。また、それが同時に人間の論理的な発想をうまく引き出す方法でもあるといえます。
 一方で、段階的にMECEな状態を維持しながら各段階の分解を進めようとすると、分解の「切り口」(分解の基準)の確かさが重要になります。ただ、正直に言って、WBSを作成する際に、適切な切り口を定義するのは大変難しいことです。経験の少ないプロジェクトを担当したときに、計画を作成する作業が立ち往生しているのは、このことが原因となっていることが多いです。
 一般的な手法として、WBSを作成する際の分解の切り口として、成果物をパーツに分解していくような観点を使ったり、成果物を作成するためのプロセスを基準に分解したりする方法などが多く用いられると思いますが、具体的に、どのような単位で分解するのか、また、どのように切れば、漏れや重複を防ぐことができるのかは、やはり一定以上の経験値が必要になります。
 このときに役立つロジカルシンキングでの思考方法としては、フレームワーク思考というものがあります。
 このフレームワークというは、MECEに要因を分析する際に、素早く、精度よく分析を進めるための「定番の切り口」のことを意味します。フレームワーク思考というのは、切り口を定番化することで、ある事象を分析する際に出来るだけ早く精度よくMECEに分類できるようにしようというものです。WBSを作成する際に、私はよく研修の講義のなかで、母体組織で使われているテンプレートや過去の事例を積極的に活用することをお勧めしていますが、これは、まさに過去の事例をフレームワークとしてそれぞれの業種や業界に応じた形で適用できるようにするということを意味しています。プロジェクトの終結時に経験値を総括して、次のプロジェクトに活用することが、プロジェクトマネジメントの遂行能力のレベルを高めていくことにつながります。これをWBS作成の観点からいうと、過去のWBSを整理して、再利用が可能な形にしておくことで、WBSの分解の切り口をフレームワーク化するということにつながり、次のプロジェクトのWBS作成のプロセスの効率化や作成されたWBSの精度の向上につながるでしょう。
 よく、ロジカルシンキングや論理思考などというと、非常に難しいことを考えたり、難しい手法を駆使して考えたりすることのように、考えている人がいますが、根本的にいうと論理的な思考とは、複雑な事柄を分類したり、整理したりしながら、誰が見たり、聞いたりしてもわかりやすくなるように体系化することです。
 論理思考を活用して、「誰が見てもわかりやすいWBS」を作ることで、プロジェクトの混乱を出来るだけ防いでいただきたいと思います。

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