今月のひとこと
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コーポレートコックピットとしてのPMO (その2)
(PMO as a Corporate Cockpit)

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :4月号

 グローバル競争の下で環境変化が常態化し、全ての組織にとって、日常的に「変化」をマネジメントすることが求められています。このような中にあって、所謂PMO(Program Management Office)が注目されています。本論では、中流PMO、上流PMO、源流PMOの観点から、コーポレートコックピット(Corporate Cockpit)としてのPMOについて考察します。前号では、PMOとは、PMOとP2M、PMOの業務、P2Mのフレームワーク、について述べました。今号では、マーケティング指向PMO、2つの基本機能、マーケティングとイノベーション、マーケティング指向プロファイリング、コーポレートコックピットとしてのPMO、源流PMO、3つのPMO、について述べます。

3.マーケティング指向PMO
 これまでのPMOの機能を概観すると、どちらかと言えば、内部環境における全体最適化を指向する構図になっています。しかし、昨今の「変化」は、外部環境における変動要因の影響がより大きいと言えます。この観点から、マーケティング指向のPMOについて考えてみたいと思います。
3.1 2つの基本機能
 P.F.ドラッカーは、日本のマネジメントに大きな影響を与えた経営学者(哲学者)です。多くの示唆に富むコンセプトを残していますが、最もポピュラーなものに下記があります。
企業の目的は「顧客の創造」である
そのために2つの基本機能をもつ
マーケティングとイノベーションである
マーケティングとは、「顧客は何を買いたいかを問う」ことである
イノベーションとは、「顧客の新しい満足を生み出す」ことである
 伝統的なPM体系のスコープでは、この2つの基本機能の中で、イノベーションの概念は取り込まれていますが、マーケティングの概念が含まれていません。このことが日本企業の体質を著しく「イノベーション偏重」にしてしまったのではないかと考えます。米国の後追いモデルで成長できたという時代背景もあって、この体質はいつの間にかしっかりと日本の組織風土にインプリメントされてしまったようです。会社に入れば自動的に、OJTまたは社内教育を通じて、イノベーションのプロセスは学ぶことができます。しかしマーケティングについて体系的に学ぶ機会はありません。組織対応もイノベーション指向であり、マーケティングに配慮した組織編成は少ないと思います。欧米企業では、R&D部門の中にマーケティングやビジネスディベロップメント機能を持つことは普通ですが、日本企業で研究開発部門の中にマーケティング機能を併存させているところがどれだけあるでしょうか。併せて、日本人の意識全般としても、イノベーションに高い価値観を置きがちです。これはこれで重要なことではありますが、それもバランスを欠くと、片肺飛行となり、ドラッカーの教示と異なってしまいます。その間隙を突いてきたのが、昨今の韓国企業等の動きだと思います。韓国企業は「ものづくり」より「売れるものづくり」を徹底した結果、新興国市場で大きな存在感を示すようになりました。われわれも再度「マーケティング」に注力し、「顧客視点」に戻るべきではないでしょうか!?
3.2 マーケティングとイノベーション
 マーケティングもイノベーションもよく使われる言葉ですが、その定義が共有されているかというと疑問です。そこで下記のように整理してみました。このように2つの機能は全く逆の視点を持ちます。
 ドラッカーの言うマーケティングとは、顧客の欲求を満足させる商品・サービスを作り、それが顧客の買いたいという気持ちによって、自然と売れるようにすることです。そのためには、「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う必要があるとします。真のマーケティングは「顧客から出発」し、自分たちが注力する「集中の目標」と「市場地位の目標」を決め、「われわれの事業は何か」を問えと言っています。
 一方のイノベーションとは、今までなかった顧客の欲求を創り出して、満足させることです。新しい技術を発明してやろう、新しい技術を使ってやろうという気持ちだけではなく、自分たちで人々の行動を変えてやろう、社会を変えてやろう、という視点から「新しい満足を生み出す」ことだといいます。
 そのために、3つの「イノベーションの目標」があるとします。
製品とサービスにおけるイノベーション
製品を市場に持っていくまでの間におけるイノベーション
市場におけるイノベーションと消費者の行動や価値観におけるイノベーション
この観点に照らすと、日本企業のイノベーションの目標が、①製品とサービスにおけるイノベーション、に留まっているのではないかと危惧します。その理由のひとつに、マーケティング指向の弱さがあると思います。スコープの定義において、マーケティングの視点が欠落しているという主旨です。結果、狭い範囲での思い込みによるイノベーション指向となり、成果に結び付きません。詰まりは、部分最適のシナリオに終わるわけです。
3.3マーケティング指向プロファイリング
 因果律の下では、「正しいことを、正しく行う(Do the right things right)」場合にのみ、「正しい成果(The right result)」を得ることができます。従って、マネジメントとは、「正しい成果を得るために、正しいことを、正しく行うこと」と定義できます。この場合、「正しい成果とは何か?」ということが問題になります。「成果」とは、さまざまな場面で、さまざまな表現がなされます。目的・目標、アウトプット、ゴール、To-Be、ミッション、・・・
ドラッカーの指摘に従うと「企業の正しい成果(目的)」とは「顧客の創造」ということになります。「正しい成果」を得るための「顧客の価値」を炙り出し、「顧客を創造」するのがプロファイリングマネジメント(Profiling Management)の役割ですが、それは3つの視点から構成されるべきと考えます。
MOP(Marketing Oriented Profiling):マーケティング指向プロファイリング
IOP(Innovation Oriented Profiling):イノベーション指向プロファイリング
POP(Program Oriented Profiling):プログラム指向プロファイリング
の3つです。
 MOP(マーケティング指向プロファイリング)はニーズ指向であり、顧客からスタートします。「顧客の欲しいもの」を問います。一方、IOP(イノベーション指向プロファイリング)はシーズ指向であり、技術からスタートします。「新しい満足を生み出すこと」に注力する訳です。既に述べたように、MOPとIOPは真逆の視点を持ちますから、そのままでは二律背反に反発し合うだけで、両立させることはできません。これを止揚統合(アウフヘーベン)するのがPOP(プログラム指向プロファイリング)です。ビジネス指向であり、全体最適からスタートします。
この3つがうまくバランスするときに、リスクマネジメントを伴う、正しい価値の炙り出しと顧客の創造が可能になります。これを行うのが、源流PMOとしての、プロファイリングマネジメントオフィス(Profiling Management Office)です。

4.コーポレートコックピットとしてのPMO
4.1 源流PMO

 これまでの日本企業のプロファイリングにおいて、MOPの視点が弱く、IOPに偏重した結果、いびつなプログラムしか描けなかったのではないでしょうか。この弱点を除去するには、MOP能力を強化する以外にないと考えます。市場動向を迅速に把握し、自社の優位性が発揮出来る、特定の地域セグメントやその地域に即した商品セグメントに、素早くリソースを集中させ、自社が勝てる土俵で徹底的に戦うプログラム戦略が必要です。 併せて、グローバル競争に於いては、顧客のニーズのみならず、地政学的なリスクや地球環境の保全や生物多様性への配慮など、ドラッカーの時代より更に複雑に絡む要因に対処していかなければなりません。この観点からも、マーケティング指向プロファイリング(MOP)の再構築は、喫緊の課題としてクローズアップされている訳です。従ってPMO機能にも、上流PMOとしてのプログラムマネジメントオフィス(Program Management Office)の機能に加えて、源流PMOとしてのプロファイリングマネジメントオフィス(Profiling Management Office)機能を最上位に取り込み、環境変化に対応しなければならないと考えます。
 源流PMOとしてのプロファイリングマネジメントオフィスの機能としては、下記のようなものがあります。


  1. リスクマネジメント
      外部環境における変動要因を分析し、自社にとってのリスク(好機と危機)を予見し、抽出する。そのスコープには、狭い意味でのマーケティング分析(Who is Customer? Where is Market? What is Need?)のみならず、地政学的リスクやサステナビリティの課題も対象の広義のリスク分析も行う。併せて、新規投資案件の発掘やパートナーの発掘等もテーマになる。
  2. プログラムミッションの炙り出し
      リスクマネジメントを通じて、自社が将来的に取り組むべきテーマを、プログラムミッションとして炙り出す。これには、社内のプログラムのみでなく、異業種パートナーとのアライアンスプログラムも対象になる。
その組成のための、交渉窓口としても機能する。
  3. プログラムオーナのアサインメント
      プログラムミッションが抽出されたら、その案件を担当する、プログラムオーナーがアサインされる。プログラムオーナは、通常役員クラスから任免され、プログラムに対し全権が付与される。そのオーナーの下で、プログラムマネジャーがアサインされ、公式なプログラムのミッションプロファイリングの作業がスタートする。
4.2 3つのPMO
 コーポレートコックピット(Corporate Cockpit)とは、激しく変動する環境動向を予見し、企業を生き残りへと導く、コックピット(操縦席)の機能を果たします。乱気流の中で、機体をサバイバルへと導く、パイロットの役割と同じです。
 その機能は、3つのPMOから構成されると考えます。
中流PMOとしての、プロジェクトマネジメントオフィス
上流PMOとしての、プログラムマネジメントオフィス
源流PMOとしての、プロファイリングマネジメントオフィス

 これらの3つのPMO機能が、うまくリンクし、整合性を持って、ステアリング(舵取り)される場合にのみ、組織の生存率(サステナビリティ)は高まると考えます。その場合の、コアとなるコミュニケーションメディアが、「共創メディア」です。「共創メディア」とは、中流・上流・源流PMOのフレームワークを体現する、組織の標準言語体系のことです。これが整備されると、組織内の情報が一元化され、見えるようになりますので、情報伝達上の遅延や誤謬の無い、一気通貫したコミュニケーションが可能になります。従って、環境変化に伴う意思決定がタイムリーになされ、組織の末端まで瞬時に伝達され、必要な行動も即実行される体制が整う訳です。
 近年、日本企業の意思決定の遅さや行動力の無さが指摘されますが、その原因の多くは、組織の劣化にあると考えます。詰まりは、古い既得権益構造が動脈瘤のように温存され、情報が分断されることにより、タイムリーに意思決定し行動に移すことが阻害されているという主旨です。
 先ず中流PMOを品質管理部門に、次に上流PMOを経営企画部門に、そして源流PMOを経営会議体の中にと、組織成熟度に照らしながら、ステップを踏んで組織化します。その上で、これら3つのPMOをシームレスに連携させたコーポレートコックピットを構築することで、俊敏な組織体を復活させることが可能であると考えます。

5.まとめ
 PMOに多様な位相があることを指摘しました。先ず、中流域のプロジェクト、上流域のプログラムを対象にしたPMO機能について述べました。これらは、組織内での全体最適化を図るものです。詰まりは、「内向きのPMO」であるといえます。本論では、更に、源流域のプロファイリングを対象にしたPMO機能について述べました。これは外部環境に対応して全体最適化を図るものです。詰まりは、「外向きのPMO」であるといえます。
 これらの3つのPMOの組み合わせにより、内外環境に適合し、源流から末端まで一気通貫した、新しい組織体が構築できると考えます。詰まりは、コーポレートコックピットによる「エンタープライズPM」の実現です。

以上

【引用・参考文献】
「新版 P2Mプロジェクト & プログラムマネジメント標準ガイドブック」日本プロジェクトマネジメント協会、日本能率協会マネジメントセンター、2007年
「PMOガイドブック」経済産業省、2006年
「もしドラ(もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)」岩崎夏海著、ダイヤモンド社、2010年
「マネジメント(management)とは・・・P3M!?」PMAJオンラインジャーナル、2010年9月号
「マーケティング指向プロファイリング(Marketing Oriented Profiling)」PMAJオンラインジャーナル、2011年2月号

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