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トヨタウェイとアジャイル

竹腰 重徳 [プロフィール] 
  Email : こちら :12月号

 「モノづくりは人づくり」は、創業以来連綿と受けつがれてきたトヨタの基本パラダイムといわれています。「モノづくり」とは、社会貢献のための高い付加価値(製品・サービス)を創造することですが、付加価値を創造し高めるのは、すべて人の働きによるものです。人は、こうした付加価値の創造すること、すなわち働くことによって自分の能力を高めて成長すると同時に、生きがいや喜びを感じ達成感を味わい、豊かな生活を獲得します。モノづくりが人を成長させ、成長した人がさらに良いモノづくりを行います。モノづくりと人の本質と両者の好循環を表したものが、「モノづくりは人づくり」パラダイムです。こうしたプロセスによって、人と組織が成長し、同時に社会も豊かになるという考え方です。

 トヨタでは、グローバル展開に当たってこの基本パラダイムを文化の違う全世界の現地の人々に理解してもらうために、トヨタの経営方針、企業理念などを標語や文章にして「トヨタウェイ2001」をまとめました。これは、世界中のトヨタで働く多様な人々が、安心、誇り、愛着を持って持てる能力を十二分に発揮して働くことを通じ、自らも成長することを念頭に作られています。

 トヨタウェイは、「知恵と改善」(Continuous Improvement)、「人間性尊重」(Respect for People)の2つの柱に、「チャレンジ(Challenge)」、「改善(Kaizen)」、「現地現物(GenchiGenbutu)」、「リスペクト(Respect)」、「チームワーク(Teamwork)」の5つのキーワードでまとめられています(1)

 「チャレンジ」とは、夢の実現に向けて、ビジョンを掲げ、勇気と創造力をもって挑戦することで、「モノづくりを核とした付加価値の創造」「挑戦のスピリット」「長期指向」「熟慮と決断」から構成されています。

 「改善」とは、常に進化、革新を追求し、絶え間なく改善に取り組むことで、「改善、革新の追求」「リーンなシステムの構築」「組織的学習の徹底」から構成されています。

 「現地現物」とは、現地現物で本質を見極め、素早く合意、決断し、全力で実行することで、「現地現物主義」「効果的合意形成」「実践主義、達成志向」から構成されています。

 「リスペクト」とは、他を尊重し、誠実に相互理解に努め、お互いの責任をはたすことで、「ステークホルダーの尊重」「会社と社員の相互信頼と相互責任」「誠実なコミュニケーション」から構成されています。

 「チームワーク」とは、人材を育成し、個の力を結集して総合力を発揮することで、「人材育成の重視」「個人の人間性尊重とチームの総合力発揮」から構成されています。

 アジャイルマニフェスト(2)と原則(3)に対してトヨタウェイのどの5つのキーワードが反映されているかを見ていきますと、アジャイルには、「モノづくりは人づくり」のパラダイムが大きく盛り込まれていることがわかります。アジャイルは「人と組織が成長し、同時に社会も豊かになる」ための一つのツールといえるでしょう。

 マニフェスト「個人との相互作用を」は、お互いが尊敬・尊重し合い、誠実なコミュニケーションにより相互理解を努め、創意工夫をして問題解決と価値のあるソフトウェアを創り出します。・・・(チャレンジ、改善、リスペクト、チームワーク)

 マニフェスト「動くソフトウェアを」は、動くソフトウェアが顧客の実質的に要求するモノ(実物)であり、それによって進捗を測り、最終的に受入をします。・・・(現地現物)

 マニフェスト「顧客との協調を」は、顧客と一緒にチームを組み、チームの総合力を発揮して顧客の要求する価値の創造を行います。・・・(リスペクト、チームワーク)

 マニフェスト「変化への対応を」は、高い顧客価値を創造していくために、顧客からのフィードバックを得ながら、常に進化、革新を追求し、変化に対応していきます。・・・(チャレンジ、改善、チームワーク)

 原則 1 「我々の最優先事項は早期に連続的に価値のあるソフトウェアを提供することを通じて顧客を満足させることである」は、価値のあるソフトウェア早い段階から創意工夫をして提供できるようにすることを実現し、顧客満足を得ます。・・・(チャレンジ、改善)

 原則 2 「要求事項に対する変更は、開発局面の後半でも歓迎する。アジャイルプロセスでは、顧客の競争優位のための変更は容易に対応する」は、顧客にとって価値のあるソフトウェアを提供するために、顧客からのフィードバックを反映させ変更に対応していきます。・・・(チャレンジ、改善)

 原則 3 「動くソフトウェアを数週間から数カ月のような短い期間にたびたび出荷する」は、動くソフトウェアという顧客の要求する実物のソフトウェアを短期間にたびたび出荷し、顧客からのフィードバックを反映させることができるので、リスクの軽減と価値のあるソフトウェアを提供できます。・・・(改善、現地現場、リスペクト)

 原則 4 「プロジェクト期間を通して、ユーザーと開発者は毎日共同して作業をする必要がある」は、ユーザーと開発者は毎日共同して作業をすることによって両者がいつもコミュニケーションすることができ、共通認識した価値あるソフトウェアを実現できます。・・・(リスペクト、チームワーク)

 原則 5 「意欲に満ちた人達を集めてプロジェクトを組織化する。彼らが必要とする環境と支援をし、仕事が無事終わるまで彼らを信頼する」は、細かく指示を出す統制型マネジメントでなく、チームが自律的に行動できるような環境づくりを支援する支援型リーダーシップが必要です。・・・(リスペクト、チームワーク)

 原則 6 「情報を伝える最も効率的かつ効果的な方法は、フェースツーフェースのコミュニケーションである」は、ドキュメントを詳細に書いて伝えるより、フェースツーフェースのコミュニケーションの方が、より効率よく効果的に情報を伝えることができます。・・・(リスペクト)

 原則 7 「動くソフトウェアが進捗の基本的な尺度である」は、動くソフトウェアの状況(何ができ、どのような品質か、期待通りに動くか)をその完成した実物で進捗を確認することが進捗状況を知るもっと良い方法です。・・・(現場現物)

 原則 8 「アジャイル開発プロセスは持続可能な開発を促進する。スポンサー、開発者、ユーザーはずっと一定のペースで仕事ができるようにする」は、チームが一定のペースを保ちオーバーワークにならない働き方を自律的にできることは、クオリティライフに重要であるだけでなく、高い品質の動くソフトウェアの開発につながります。・・・(リスペクト、チームワーク)

 原則 9 「技術的卓越性や優れた設計に継続的に注目することにより俊敏性を高める」は、新しい優れた技術や方法を取り入れ設計を改善していくことが、品質の高い価値のあるソフトウェアの開発につながります。・・・(改善)

 原則 10 「シンプルさ(ムダの排除)が重要である」は、価値のないソフトウェアの開発や余分なドキュメントなどのようなムダを監視し、ムダが発生しないようにする必要があります。・・・(改善)

 原則 11 「最良のアーキテクチャ、要求事項、設計は自己組織的チームから生み出される」は、自己組織的チームは、お互いの尊敬・尊重や誠実なコミュニケーション、チームワークにより価値のあるソフトウェアを自律的に開発します。・・・(リスペクト、チームワーク)

 原則 12 「プロセスをもっと有効にすることはできないかを定期的に振り返りを行い、それに基づいて自分達のやり方を調整し、継続的プロセス改善を追求する」は、チームは顧客にとって高い価値を生み出すようなプロセスを創り出し、それを継続的に改善していきます。・・・(改善)
以上

参考資料
(1) 梶原一明,トヨタウェイ・進化する最強の経営術,ビジネス社(2002)
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