今月のひとこと
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バリューチェーンモデルと戦略的アプローチ
Value Chain Model vs. Strategic Approach

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :11月号

概要
 前論にて、P2Mにおけるプロファイリングマネジメントとシステムズアプローチについて考察し、若干のインプリケーションを行いました。それは製造業のバリューチェーンモデルとして4つのモデルを提案するものでした。本論では、戦略の次元という概念を用いて、それらのモデルが戦略の次元と符合することを述べます。更に戦略的アプローチのための「戦略の地図 (Map for Strategic Approach)」を提案したいと思います。

1.製造業のVCM
 筆者が30年間在籍したコンスーマーエレクトロニクスメーカーのバリューチェーンモデル(Value Chain Model: VCM)を示します。

製造業のVCM  A.Dホールの学説に準拠したP2Mのライフサイクルに比べて、更に上流のフェーズと更に下流のフェーズが存在することが分かります。プログラム以前とプロジェクト以後のフェーズの存在です。これをそれぞれ価値創発モデルと価値維持モデルとして抽出します。つまりは、製造業のバリューチェーンは、①価値創発モデルとしてのプロファイリングモデル、②価値創造モデルとしてのシステムズプロファイリングモデル、③価値実現モデルとしてのシステムズエンジニアリングモデル、及び④価値維持モデルとしてのサービスエンジニアリングモデル、の4つのモデルから構成されると考えます。

2.戦略とは何か
 戦略(Strategy)とは、一般的に長期的視野、複合思考で特定の目的を達成すために力や資源を総合的に運用する技術・科学のことです。もともと軍事用語に由来します。
 不確実な外部環境に直面する組織を経営するにはどうすればよいか、経営戦略に関する思考は、まさにこの問いからスタートしました。環境を分析し、自社の強みを把握し、計画途中で生じた変化を常時監視して、その変化に合わせて適宜内容を見直せるような独特の計画が必要です。戦略で前提となっているのは、あくまでも目的の存在です。目的は企業が「達成しようとするパフォーマンスの水準を設定する」ものであり、戦略はそれを「達成するための事業の構造や活動に関する」ものです。戦略と目的は原因と結果の関係にあり、原因側に位置する「構造・活動の記述」が戦略です。企業が環境変化に対応しながら目的を達成するための「打ち手」のことをさします。P2Mでは、「あるべき姿(To-Be)」がパフォーマンスの水準であり目的となります。「あるがままの姿(As-Is)」との差分(Gap)が課題(What to do)であり、それを解決するためにどのようにすべきかの方法(How to do)が戦略です。そのためには、課題の定義(Redefining)からスタートしなければなりません。①何をやるか、②何をやらないか、③なぜやるか、④なぜやらないのか、を明確にする必要がある訳です。その後、その課題を解決するために、⑤ヒト、モノ、カネといった希少資源を選択し、どこに集中するかを決定します。ここで大事なことは、「何をやるか」「なぜやるか」だけではなく、「何をやらないか」「なぜやらないか」が重視することです。すなわち、ヒト、モノ、カネという有限な資源をどのように選択し、どこに集中するかという「選択と集中」が戦略の重要なキーワードとなります。

3.戦略の次元
 我々には自分が重要と感じることなら何もかも戦略と形容する習性があります。そのため何をもって戦略とするのかは、百家争鳴の状態に陥ります。それを整理し、議論を促す共通言語を提供するという観点から、「戦略の次元(Strategic Topology)」という概念が用いられます。(神戸大学教授 三品和弘)

戦略の次元

 そこでは戦略の次元として、①立地の選定、②構えの設計、③戦術の次元、④管理の次元、の4つに分けて論じられています。
 ①企業の利益ポテンシャル(潜在的な利益力)を大きく左右するという意味で、最も次元の高い戦略は「立地の選定」にあります。事業立地は誰に向かって、何を売るか、で定義され、新しい事業を創業することです。本論で述べるところの「創業者のP3M(プロファイリングマネジメント)」に相当します。
 ②次に次元の高い戦略は「構えの設計」です。これにはバリューチェーン(価値連鎖)の設計と製品ラインナップの設計が含まれます。どこまでを垂直統合するのか、どのチャネル経由で売るのか、どこまで幅広く製品展開するのか、どこに製造拠点を配するのか、どこで開発を進めるのか。このような設問に対し、立地を前提に順次答えていくと「構え」が自然に決まってきます。本論で述べるところの「発注者のP2M(プログラムマネジメント)」に相当します。
 ③いったん構えが定まると、そこに投入する製品群に関するもろもろの決定が待ち受けています。これが次の「戦術の次元」です。新製品の技術仕様や価格、デザイン、バリエーション構成、パッケージ、広告宣伝をどうするのか、また、企画台数、生産計画、工法などをどうするのか。こうした戦術についての数々の決定が「構え」を前提として下されます。本論で述べるところの「受注者のPM(プロジェクトマネジメント)」に相当します。
 ④次はそれを実行するための「管理の次元」となります。管理は時々刻々と行うもので、意思決定というより、瞬時の判断の積み重ねという性格を持ちます。製品、品質、労務、原価、資金など、多岐にわたる管理がここには含まれます。本論で述べるところの「顧客のP4M(プロセスマネジメント)」に相当します。

 「管理」にメスを入れるだけで済ますのか、「戦術」まで見直すのか、それとも「構え」を変えにいくのか、はたまた「立地」にまで手をつけるのか。これは外部環境や自社の内情をどう読むか次第であり、適切な戦略の次元を見極める決断は企業の命運まで左右します。既述したように、戦略には次元があります。そしてその次元は本論で述べるところのVCMと符合します。従って4つのモデルは「戦略の次元」のモデル化を試みたものと言えます。

 次号では、
4.5つの戦略観
戦略計画的アプローチ(Strategic Planning Approach)
ポジショニング・ビュー アプローチ(Positioning View Approach)
ゲーム理論的アプローチ(Game Theory Approach)
リソース・ベースト・ビューアプローチ(Resource Based View Approach)
創発戦略的アプローチ(Emergent Strategic Approach)
5.フレームワーク思考
6.戦略の地図(Map for Strategic Approach)
について言及します。

【引用・参考文献】
[1] 「システム工学方法論」A.D. ホール著/熊谷三郎監訳、共立出版、1969年
[2] 「P2M標準ガイドブック」小原重信編著/プロジェクトマネジメント資格認定センター企画、PHP研究所、2003年
[3] 「ソフトシステムズ方法論」P.チェックランド/ジム・スクールズ著/妹尾堅一郎監訳、有斐閣、2003年
[4] 「アジャイルプロジェクトマネジメント」ジム・ハイスミス著/平鍋健児、高嶋優子、小野剛訳、日経BP社、2005年
[5] 「新版P2M標準ガイドブック」日本プロジェクトマネジメント協会、日本能率協会マネジメントセンター、2007年
[6] 「アブダクション 仮説と発見の論理」米盛 裕二著 勁草書房 2007年
[7] 「新 共生の思想―世界の新秩序」黒川 紀章 徳間書店 1996年
[8] 「ソニーは甦るか」日経産業新聞(編集) 2009年
[9] 「超長期の企業戦略論」三品和弘著、日経新聞「やさしい経済学」、2009年
[10] 「経営戦略論の系譜と本質」沼上幹著、日経「やさしい経済学」、2009年
[11] 「戦略マネジメントで活用される主要な手法の紹介」山崎司、東京P2M研、2007年

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