例会部会
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「第161回例会」レポート

例会部会 中前 正: 6月号

 日頃、プロジェクトマネジメントの実践、研究、検証などに携わっておられる皆様、いかがお過ごしでしょうか。今回は、4月に開催された第161回例会についてレポートいたします。

【データ】
開催日時: 2012年4月27日(金) 19:00~20:30
テーマ: 「サービスプロフィットチェーンへのビジネスエスノグラフィの応用」
講師: 富士通株式会社(品質マネージャー)、法政大学(客員准教授) 平田貞代氏

 今回の例会は、富士通株式会社でアルゴリズム設計、品質管理などを担当しながら、要求工学、社会システムを研究。現在は品質マネージャーとして活躍しつつ、法政大学大学院の客員准教授として、イノベーションマネジメントに関する指導を行っている平田貞代氏(以下、講師)をお招きしました。

 冒頭で、まず、私たちにはあまり聞き慣れない「エスノグラフィ」についての説明がありました。元来は文化人類学、社会学の領域でよく用いられる用語であり、長期的に事象を「観察」する研究手法とのこと。そしてそれによって得られるエッセンスを、実施可能な形式にデザインすることを「ビジネスエスノグラフィ」と言います。

 また、「観察」には、調査範囲を絞り、対象を囲い込んで調べる手法と、自ら現場に赴き、生の情報を得る「参与観察」の手法があります。エスノグラフィで活用されるのは後者であり、ユーザーや顧客と同じ目線で、製品やサービスを体感することが重要と講師は言います。

 さて、ビジネスエスノグラフィのおもな用途としては、「マーケティング」、そして「プロセス改善」があげられます。製造からサービスに至るまで、多くの産業に応用可能な事例が紹介されました。そのうちの2例をピックアップします。

携帯電話メーカーの事例
  方法: インドの街頭で、携帯電話の利用について観察した
    参与観察
      砂埃が多く、携帯がザラザラする
      ラップにくるんだまま通話している
    新製品開発
      防塵機能付き携帯を開発した
    顧客や企業における効果
      心地良い
      シェア獲得

スーパー銭湯の事例
  方法: スーパー銭湯内(入口、飲食販売付き休憩室、浴場・サウナ)で、顧客の購買について観察した
    参与観察
      休憩室を通過し、浴場・サウナへ入り汗を出す
      シャワーを浴びる
      扇風機にあたりながら着替える
    改善
      休憩室に貼っていたビールのポスターをサウナへ移動した
    顧客や企業における効果
      快適
      リピーター獲得
      購買額増加

 1つ目は、その土地の気候や風土など、環境を考慮することによって成功した新製品の事例であり、2つ目は、あまり印象に残らなかったポスターの場所を変えることによって効果を生み出した事例です。これらのように、積極的な参与観察を行うことにより、オフィス内でのデスクワークや会議では発案しづらいアイデアが得られることがあります。

 このようなビジネスエスノグラフィの手法は、どんな場面で、より有効となるのでしょうか。上記の例では、ラップでくるんだ携帯は、顧客が半分、課題を解決した状態といえます。このような状況では、顧客にとって、メーカーにわざわざ新機能の要望を伝える必要性が薄れます。あるいは、スーパー銭湯内の例では、顧客は一連の流れで無意識に行動(休憩室を通過)しており、そのためアンケートなどを実施しても、顧客の本当の要望を拾いにくい状況にあります。このような場面では、深い観察が非常に有効です。

 ただし、観察ばかりではビジネス上の課題解決につながらず、あたかも観察することが目的化してしまう可能性もあります。そこで、「参与観察」と「仮説検証」を併用することが重要と講師は言います。ビジネスのサイクルに適した期間(文化人類学では数年に及ぶが、ビジネスに適用する場合は数日程度)での情報収集と、優先順位をつけ仮説を立て、それを検証すること。このハイブリッドな使い分けが、企業としての目的達成につながっていきます。

 講義の後半は、「サービスプロフィットチェーン」の説明と、それに対するビジネスエスノグラフィの適用について、説明がなされました。「サービスプロフィットチェーン」は人間の満足を先行重視するマーケティングの構想の1つであり、従業員満足→生産性向上→サービス向上→顧客満足→利益拡大→従業員満足…と、各要素が互いに関係性を持ちながら循環する構図を指します。

 ともすれば局所最適になりがちなマネジメントにおいて、ニーズの多様性に対して何らかの「気付き」を与えるエスノグラフィを活用すること、そして、エスノグラフィによってイノベーションを加速させ、上記のチェーンを構築すること。これら一連の取り組みが、めざましく変化する昨今の市場において、ビジネスを継続させさらなる発展に結びつけるカギとなるのではないでしょうか。

 最後に、エスノグラフィを学ぶ上で参考になる図書や映画が紹介されました。興味をもたれた方は、協会ホームページの「PMAJライブラリ(例会・関西例会)」のページに、発表資料をアップロードしていますのでご参照いただければと思います。
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