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プロファイリングマネジメントとシステムズアプローチ (その2)

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :5月号

概要
 本論では、P2Mにおけるプロファイリングマネジメントにおいて、「あるべき姿(To be)」を描くための外部環境分析を行う手法としてのシステムズアプローチについて、ハードシステムズアプローチ、ソフトシステムズアプローチ、およびアジャイルシステムズアプローチについて考察し、若干のインプリケーションを行う。
前号では、ハードシステムズアプローチ、ソフトシステムズアプローチについて述べた。今号では、アジャイルシステムズアプローチについて述べ、P2Mへのインプリケーションを行う。

4.アジャイルシステムズアプローチ
 最近は激変するビジネス環境において利益を生み出すために、変化に対応すると同時に、変化を創りだすという観点から、アジャイル(Agile:俊敏さ)という概念が提案されている。アジャイルな開発とは、俊敏な開発を行なうことを意味する。それに対して、アジャイル開発手法とは、アジャイルな開発を実践するための価値、原則、プラクティスなどの指針を提供する。アジャイル手法にモットーがあるとしたら、それは「変化を受け入れる」ことである。特に民間企業の製品開発プロジェクトでは厳格なフェーズコントロールはスケジュール短縮や環境変化への対応という観点からは現実に則さなくなっている。一方コンピューターシミュレーションを前提とした実験コストは驚異的に低下し、プロジェクトの不確実性に対し多様な事前検証が可能な状況にある。このような環境を反映し、プロジェクトマネジメントにおいても、従来のウォータフォール型から、環境変化に伴う「イテレーション(iteration:繰り返し)」は当然と受けとめ、その変化への適応プロセスを組み込んだ、アジャイルプロジェクトマネジメント(APM)が提唱されている。

4.1 APM(アジャイルプロジェクトマネジメント)モデル
 従来の「計画‐実行型(Plan-Do)」のアプローチでは、計画からのずれに着目して実行を修正していく。これは計画が正しいという前提に基づいており、計画策定時に正しい仕様定義ができるという仮定にたっている。しかし、製品開発のようなイノベーション領域では、「計画時」ではなく「リリース時」に、その時点でのビジネス環境で競争力のあるプロダクトを市場に投入する必要がある。このためには「計画時」から「リリース時」至る間の環境変化にも対応しなければならない。また、ソフトウエアの開発においては、顧客側が明確な要求仕様を提示できないという現実もある。そのような不確定性や不確実性に対応するために、コンピューターシミュレーションやプロトタイピングによる機能提案を小刻みに行い、顧客の評価を受けながら、適応していくという開発手法が模索されている。この提案―反応―適応というループを、思索―探索―適応という、イテレーションプロセスとして組み込んでプロジェクトマネジメントを行う。「計画―実行」型に対して、「構想―探索(Envision-Explore)」型のプロジェクトマネジメントの枠組である。「計画に対して修正する」ではなく、「環境に対して適応する」ことを重視する。
APM(アジャイルプロジェクトマネジメント)のフレームワーク

 第一に構想フェーズでは、プロジェクトのビジョン(vision)を生み出す。製品ビジョンやプロジェクトスコープ、プロジェクトコミュニティ、チームでの作業方法を決定する。さらに、伝統的なフェーズである、立ち上げ(Initiate)、計画(Plan)、管理(Manage)、コントロール(Control)というフレームワークからの離脱を目指す。伝統的な「立ち上げ」に代わり、「構想(envision)」がビジョンの重要性を示している。第二に計画フェーズの代わりに、思索フェーズがある。思索フェーズでは、ビジョンに沿った、機能ベースのリリース、マイルストーン、イテレーション計画を作成する。伝統的な「計画」という言葉は、予測と、それに付随する確定性を想起させる。一方、「思索(speculate)」には、将来が不確定であるという意味合いがある。不確定性を「計画と構築」によって払拭するのではなく、「思索と適応」で対応しようとする。第三にAPMモデルでは一般的な管理フェーズを探索フェーズに置き換える。探索フェーズでは、テスト済みの機能を短いタイムフレームで提供し、その一方でプロジェクトのリスクや不確実性を継続的に軽減する。探索とその反復的な提供方式は、非直線的かつコンカレントな、非ウォータフォール方式のモデルである。思索フェーズで出てきた疑問は「探索(explore)」される。思索するだけでは、完全には結果を予測できないために、探索による柔軟性が必要であるということを示している。APMモデルでは、実行することと成果は、「決まっているのではなく、見つけ出すものである」という事実を重視している。第四に「適応(adapt)」フェーズである。APMを実践するチームは、つねにビジョンを視野に入れ、情報を監視し、現状に適応する。すなわち提供された成果や現在の状況、チームのパフォーマンスをレビューし、必要に応じて適応する。最後にAPMモデルを締めくくるのは「終結(close)」フェーズである。終結フェーズではプロジェクトを締めくくり、重要な学習内容を伝達し、そして打ち上げパーティを行う。終結フェーズや、各イテレーションの終わりの「ミニ終結」には、重要な目的がある。それは学習すること、そして、その学習した内容を次のイテレーションの作業に組み込み、次のプロジェクトチームに引き継ぐことである

4.2 APMの中核価値
 アジャイルなソフトウエア開発の概念を普及, 発展させるための NPO であるアジャイル・アライアンスがまとめたアジャイル宣言では、APMの中核価値として、下記の4項目を掲げている。
プロセスやツールよりも、個人との対話を優先する
包括的なドキュメントよりも、動作する製品を優先する
契約の交渉よりも、顧客との協調を優先する
計画に従うよりも、変化への対応を優先する
 これは顧客のニーズの変化に即応するためには、一定の作業内容や作業手順に従うだけでは不充分であり、俊敏さに富んだチームと個人の自律性が必要であることを示している。 このような中核価値を実現していくために、アジャイルプロジェクトマネジメントのテーマとなるのは、管理の権限をマネジャーではなく、チーム全体に委譲することである。マネジャーがチームの役割やタスクを割り当てるのではなく、WBSやネットワーク図などもチーム全員で作成し、見積りを行う。より自立的なチームの創発的な振舞いが要求されるし、それを促進するために最低限の管理のみを行う。
 またアジャイルの最優先条項である「変化を受け入れる」ことに続くのが、「プロセスやツールよりも、個人との相互作用」を重要視する。特に直接の会話を増やすことを求めている。これはコミュニケーションの重要性に加えて、プロジェクトはあくまで人間の作業であり、「人が人のために行っている」という原点回帰への視点が含まれていると言える。

5. P2Mへのインプリケーション
 我々が直面する問題状況はますます高度化し、複雑化し、変化が激しくなっている。このような現実に対し、硬直化した従来型のウォータフォール型フェーズドアプローチでは対応が難しくなっている。今回のスタディーを通じて浮かび上がった二つの潮流(SSM+APM)から、P2Mへの若干のインプリケーションを行う。

P2Mへのインプリケーション

 上記の(SSM+APM)モデルは、最上流の構想フェーズでSSMモデルを使用したトップダウン型のプロファイリングマネジメントを行い、そこで抽出された「変革案(あるべき姿)」をプロジェクトビジョンとして、APMの構想フェーズに受け渡す概念を示したコンバインモデルである。受けたプロジェクトビジョンを実現するために、APMモデルではイテレーションプロセスで環境適応を行う。これは実行フェーズにおける、ボトムアップ型のプロファイリングマネジメントと位置づけることができる。これにより構想段階での「正しい目的(What)」への合意(アコモデーション)の獲得と、実行段階での環境変化に対する「正しい対応(How)」を実施することで、プログラムライフサイクルを通じての環境適応が可能になると考える。極めて日本的なカルチャーに近い概念である。

6. 結論
 現行のP2Mはプラント系プロジェクトマネジメントを発祥にしており、基本的にトップダウン型のハードシステムズアプローチでの「計画―修正」モデルである。これではソフト開発や製品開発のような変化の激しい、定義しづらい、見えにくいプロジェクトでは使えない。これがP2M普及の足枷になっていると考える。したがってソフトシステムズアプローチの「構想―適応」の必要な大規模、複雑な問題状況に対しては、「構想フェーズ」でのSSMを、「適応フェーズ」でのAPMを組み込んだ、P2Mの次世代バージョンの開発が期待されていると考える。
 しかし変化適応ということでアジャイル性のみを求めたアプローチは、ある面で不確実性を内部に取り込むことを意味するので、プロジェクトマネジメントは更に不安定になる。従って、その前提としては「高い規律(discipline)」に基づくアジリティの追求が必要になる。伝統的なフェーズドアプローチによる組織成熟度を高め、そのインフラの上でアジャイル性を取り込むべきである。つまりは、(PPM*→SSM*→APM*)という流れの中で、「高い規律性と柔軟性」を両立する方策を模索すべきであると考える。正に「急がば回れ!」である
現在このインプリケーションに対する実証研究に取り組んでいる。
PPM* : Phased Project Management
SSM* : Soft Systems Methodology
APM* : Agile Project Management

以上

【引用・参考文献】
[1] 「システム工学方法論」A.D. ホール著/熊谷三郎監訳、共立出版、1969年
[2] 「P2M標準ガイドブック」小原重信編著/プロジェクトマネジメント資格認定センター企画、PHP研究所、2003年
[3] 「ソフトシステムズ方法論」P.チェックランド/ジム・スクールズ著/妹尾堅一郎監訳、有斐閣、2003年
[4] 「システム思考とシステム技術」五百井 清右衛門・平野雅章・黒須誠治、白桃書房、1997年
[5] 「アジャイルプロジェクトマネジメント」ジム・ハイスミス著/平鍋健児、高嶋優子、小野剛 訳、日経BP社、2005年
[6] 参考サイト「アジャイルモデリングへの道」
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