「蜩ノ記」
(葉室麟著、祥伝社、2012年01月30日発行、第7刷、325ページ、1,600円+税)
デニマルさん: 5月号
この本は、2011年度の第146回直木賞の受賞作品である。直木賞といえば、このコーナーで池井戸潤著「下町ロケット」(2011年11月号)を紹介したばかりだった。どちらの本も時代背景は違うが、中身の濃いストーリで感動を呼ぶ作品である。今回の内容は後述するが、著者の葉室氏は、この賞を受賞する以前に幾つかの賞を獲得していて、数年前から注目されていた。2005年に「乾山晩愁」で歴史文学賞を受賞して作家デビューしている。この賞は、日本で唯一の歴史小説専門の文学賞で、雑誌「歴史読本」の発行元である新人物往来社が主宰している。著者は、2007年に松本清張賞を「銀漢の賦」で受賞し、山本周五郎賞や直木賞の候補にも挙げられていた実力者である。この直木賞の受賞インタビューで、歴史時代小説の先輩である藤沢周平氏について「大好きな作家です。二人の共通項は、小規模の新聞社で働いていた経験があり、ストーリは小さな組織内の濃密な人間関係を書いている」と語っている。その関係からか、この本は藤沢周平著「蝉しぐれ」を連想させる。
蜩ノ記(その1) ―― 何故、蜩(ひぐらし)なのか? ――
蜩は蝉の一種で、その鳴き声からカナカナ蝉などとも呼ばれている。漢字では蜩、茅蜩、秋蜩、日暮などがあり、秋の季語にもなっている。また夕方の日暮れ時に鳴くことから、「日を暮れさせるもの」としてヒグラシの和名がついたとも言われている。更に、蝉は長いこと地下に居て地上で羽化して1週間の命、その鳴き声は涼感や物悲しさを感じさせる。その短命の蜩の鳴き声は、余命の訴えの様で、主人公が見た戸田秋谷の人生に被せている。
蜩ノ記(その2) ―― 時代小説で人の生き様を表現する? ――
この本に書かれた豊後・羽根藩や、主人公の壇野庄三郎、元郡奉行・戸田秋谷等は架空のものである。この物語は、庄三郎が城内で刃傷沙汰を起こし、切腹を免れた代わりに城外に幽閉中の秋谷の監視を命じられたことから始まる。秋谷は、前藩主の側室と不義密通を犯した廉で10年後に切腹を通告されていた。庄三郎は、当時の事件に疑問を抱き真実究明に動く反面、秋谷の清廉な人柄や人としての優しさに触れ、無実を信じる様になっていく。
蜩ノ記(その3) ―― 著者が語るこの本の狙い? ――
著者は、切腹を宣告されて死を覚悟した人間がどう生きるかを描きたかったという。秋谷が「人は誰しも必ず死に申す。されば日々を大切に過ごすだけでござる」とサラリと言い切る。現在の癌等の病で余命を宣告されたに等しい心境である。それを「武士の矜持と覚悟」として、蜩が命の尽きるまで鳴き続ける光景に重ねて書いている。果たして事件の真相は暴かれるのか、庄三郎や秋谷の運命や如何に等、この結末は読んでのお楽しみである。
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