PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(49)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :4月号

エンタテイメント論


第2部 エンタテイメント論の本質

3 笑い
●笑いの倍増効果、連鎖効果、コミュニケーション効果
 先月号に動物と人間が笑っている写真を掲載した。それを見て、笑って貰ったであろうか? まだ見ていない読者は、是非、見て、笑って欲しい。必ずや楽しい気分になるから。

 下記の大勢が笑っている「デザイン画」であっても、しばらく見ている内に自然に「笑み」が浮かんでくる。笑い顔が沢山集まると「不思議なパワー」が生まれてくることが分かる。

出典:Smile Allstuffpics Net 出典:Smile Allstuffpics Net

 また笑いには「レベル」がある。「涙」が出て止まらない様な、お腹が捻じれる様な「笑い」から、人を軽視したり、軽蔑したりする時の「薄笑い」まで様々である。

 一人で、自宅で面白いTV番組、ビデオ、You Tubeなどを見て笑う場合が誰しもあろう。しかし恋人、家族、友人と映画館、芝居などに一緒に行き、皆で笑ったり、見知らぬ観客と笑ったりする場合、何故かいつもより笑いが倍増されていることに気付かないか。またそれほど面白くないと感じていても、周囲が大笑いすると、不思議なことに大笑いしている自分に気付くこともある。涙を流し、ハンカチを目にあてて、大笑いしている人を見ているだけでも、笑いの渦に巻き込まれてしまう。

 一方、笑いと正反対の「悲しい」場面や状況を見て泣く場合、涙を流していることを周囲に悟られない様に堪える人、ハンカチで目を拭くことを躊躇する人などがいる。しかし「笑い」の場合は、ゲラゲラ笑うことを恥ずかしいと思う人はいるだろうが、涙を流して笑う人を見ると我慢に耐えられず大笑し、笑いの渦に巻き込まれる。前者は、「内に向けての精神状態」、後者は「外に向けての精神活動」と言えよう。泣くことは「心のカタルシス(精神の浄化の意味)」となると言われている。しかし筆者は笑うことこそ最強の「心のカタルシス」になると考えている。

 周囲が笑うと自分も笑う。笑いを通じて周囲と「一体化」する。まして知っている人と腹の底から笑う機会を重ねると、その人との一体化は現実のものに変化し、友人の関係が形成される。

 読者の中に現在、好きな女性や好きな男性とコミュニケーションを取り、交際し、親しい関係になりたいと望んでいる人がいるだろう。その事を成功させる技は簡単である。その女性又はその男性と一緒に「笑う」ことができる「場」に誘い、大笑いする機会を何度も作ることである。必ず成功する。そして「笑い」の威力をまざまざと認識することになるだけでなく、エンタテイメントの本質まで体感することになるだろう。
出典:大人気の「笑点」の公開放送風景と会場への行列「ぶらり東京23区めぐり」のWEB
出典:大人気の「笑点」の公開放送風景と会場への行列
「ぶらり東京23区めぐり」のWEB

●お笑いの常設館
 人気の「笑点」の公開放送を見るために多くの人が集まる。皆と一緒に「笑い」の倍増効果、連鎖効果、コミュニケーション効果を味わいたい為である。しかしこれほど多くの人が「笑い」を求めているにも拘わらず、東京都内ばかりか、全国の繁華街で、「笑い」を提供する「有料の常設館」は、次々と姿を消していった。不景気だけが原因ではない。この原因については別途に論述する。

 「笑点」の様な人気番組の実況中継を会場で見るためには、その会場までの「交通費」や応募して当選まで待つ「手間」が掛かる。しかし「高い観劇料」を払って「寄席」を観る様な「金」は一切かからない。

 しかし以前にも指摘したが、この「無料」であることが、真の「笑い」を生み出す力を演技者から奪っている様に思えてならない。現在の日本の「TVお笑い番組」の会場で観ている観客は、全て「無料」で観ている。その彼らが笑っている状況を、TV番組を通して自宅でTVを観ている視聴者に伝わり、その笑いに刺激されて、笑うのである。笑いの倍増効果や連鎖効果がTV媒体を通して発揮される。しかしコミュニケーション効果はない。TVは「マシン・エンタテイメント(筆者の造語)」で、生きたコミュニケーションを作り出す「ライブ・エンタテイメント」ではないからである。

 高いお金を払って「寄席の常設館」で観る場合、「金」を払う行動は、感性的判断の他に「観るだけの価値があるか」という理性的判断を必ず伴う。金を払って観たのだから「笑わなければ損だ」と思う観客は、既に理性的判断で観ていることになる。そう思わなくても、高い金を払った観客の前では演技者は真剣になる。ならない演技者は最低のセンスの持ち主である。もしつまらないダジャレや演技で会場が盛り上がらない場合は、その観客は二度と来なくなる。

 筆者は、東京都内のビルの中にひっそりと収納された往年の「寄席の常設館」を実際に見聞しているが、残念ながら、往時の活況はなく、寂しい限りである。現在の寄席の噺家は、TV番組の出演抜きで生きていけない。人気が出れば、寄席の常設館だけでなく、様々な会場で「名人会」などの名目で行われる寄席で「金」を稼ぐ。しかし観劇料を払わせて観客を集めるのは大変である。

 また彼らは、様々な地域で開催されるイベントに出演して「金」を稼ぐ。イベント主催者側が噺家のギャラを負担する場合が多い。いずれにしても、「無料」で観劇する観客相手にすると演技の質が落ちる。問題はTV出演ではなく、「無料」であることが問題なのである。しかも「有料の常設館」が少ないため、演技者は、食べていくため「手段」を選ばなくなり、どこでも出かけ、「演技」する。只見の観客は、真剣に演技を観ないし、つまらぬ演技で満足する。

●厳しくとも、笑いがあるライブ・エンタテイメントの現場
 以上の通り、寄席と噺家のことを中心で述べた。しかしこの状況は、「マジシャン」にも、「俳優」にも、「音楽演奏家」にも、ライブ・エンタテイメントの「現場」で生きる「人々」にも、共通することである。

 筆者は、ジャズ・トリオを編成(ピアノ担当)し、女性歌手を起用して、都内のジャズ・ライブハウス(ジャズ常設館)で「有料」で出演している。今年で約15年になる。筆者の場合は、本職を持つ所謂「兼業プロ」という範疇に入る。ギャラが少なくても生活には問題が起こらない。しかし夕方7時過ぎから12時近い深夜まで幾つものステージ演奏をしても、そのギャラは「客の入り」で決まる。多い時でもコンビニのアルバイト料並み。少ない時はその半分以下である。この現実を多くの人は全く知らない。
出典:演奏風景デザイン。マスタークリップ素材集
出典:演奏風景デザイン。マスタークリップ素材集

 昼間、アルバイトや臨時工の仕事をしながらの不安定な収入源と演奏による少ないギャラだけに頼る所謂「専業プロ」の人達は、本当に可哀そうである。超有名なジャズ演奏家や歌手にならない限り、彼らに生活の保障はない。一方高い金を払って「ジャズ常設館」で聞きにくるお客さんは、耳が肥え、極めて恐ろしい観客である。一方出演者のギャラは極端に少ない。

 裕福な家庭の子弟又は家計を犠牲にして音楽教育に金を注ぎ込んで貰った子弟は、楽器演奏技術や歌唱技術を音楽大学や海外留学で習得する。しかし音楽の現場で、下積みで、自らの力だけで腕を磨いて「音楽の常設館」で出演出来る様になるには、半端な自己鍛錬では不可能である。

 しかし海外留学までした演奏家も超有名にならない限り、専業プロでは生活が厳しい。この様な現状では日本から優れた演奏家や歌手が数多く生まれる期待は到底出来ない。一方多くの日本人は、マシン・エンタテイメントで満足している。

 しかし専業プロのジャズプレーヤー達、ジャズ歌手達、そして筆者は、ライブ・ハウスで大変明るい表情、楽しい気分で演奏し、唄い、笑う。何故なら演奏することが「好き」であり、唄うことが「楽しい」からである。筆者もギャラが幾ら少なくても、友人と演奏できること、観客に聴いて貰えることが何よりも「やり甲斐」を感じるからである。その結果、「笑い」が自然に生まれる。

 東京だけでなく、日本全国にあるジャズ・ライブハウスの現場は、共通して「笑い」が絶えない。噺家が引き起こす様な「爆笑」ではなく、ジャズを聞きながら、お酒や食事をしながら自然に起こる「笑い」である。しかし昔、存在した「クレージーキャツ」の様な「お笑いジャズバンド」も存在する様だ。その彼らが出演するお店は「爆笑」の渦であろう。

 観客が笑い、拍手し、プレーヤー側も「笑い」、楽しく演奏し、愉快に唄う時、お互いが「忘我」の境地になる。観客とプレーヤーが一体化した時、ライブ・エンタテイメントの「場」は、最高潮に盛り上がる。この瞬間を得たいため観客は「高い金」を払い、プレーヤーは「安い金」でも出演するのである。

●笑の多い職場
 厳しい日本のライブ・エンタテイメントの現実の一端を披露したため暗いムードを読者に与えたが、この笑いは、ライブ・エンタテイメントの「場」だけでなく、会社や役所などの「職場」でも重要な働きをしている。

 多くの調査が共通したある事実を伝えている。その調査とは、笑いが多い「職場」と笑いが少ない「職場」と「売上げ」との関係を分析したものである。その事実とは、前者の職場の人達が会社の全売上の7~8割を占め、後者は2~3割ということである。
出典:職場風景 ソニーエンジニアリングのHP 出典:職場風景
ソニーエンジニアリングのHP

 また社長、取締役、部長、課長、一般社員が共通して、いつも笑いを絶やさず、明るい職場を創り出している会社は、当然のことであるが、全員が生き生きしている。会社の業績は例外なく良い。

 しかし厳しいノルマを課し、笑がない暗い会社でも黒字になっている会社がある。しかしその様な会社は、業績が降下し、一度赤字になるとたちまち危機に瀕し、下手をすると倒産する。一方笑があり、明るい会社は、全員が危機に挑戦し、頑張る。その結果、黒字化させ、「災い転じて福となす」の譬え通り、以前に増して強固な会社を作り上げる。以上の事は、「古今東西の経営史」が証明している。言い換えれば「笑いの威力の歴史」でもある。
出典:会議風景 (株)トライのHP 出典:会議風景
(株)トライのHP

 最近、日本の政府は、「3年以内に退職する学卒・新入社員が全体の30%を超えた」と報じている。その原因は、本人が希望する会社でなかったこと、希望会社であっても望む仕事に就けなかったこと、将来への不安、期待と現実があまりにもギャップがあったことなどが原因と言われている。しかし本当は「笑い」が少ない暗い職場も重要な原因となっているのではないか。
つづく
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